2009年4月15日水曜日

えきすとら以蔵

 『えきすとら以蔵』は役者の漫画。撮影の現場、役者としての以蔵が描かれ、そして妻小冬との生活、家庭人としての以蔵が描かれて、それが面白くてですね、実にいいんです。売れない役者です。だからチョイ役、斬られ役とか死人の役とか、台詞なんてまったくといっていいほどないし、カットされてるのもたびたびだし、だからタイトルも『えきすとら以蔵』。でも、そうした、決して望ましいとは思えない生活、稼ぎも薄いし、生活を支えるためにバイトで食い繋いだりしましてね、そんな生活を送っているというのに、なんだか楽しそうに思えてしまうのは、以蔵が自分の夢をぶれることなく追っているからなのでしょう。けれどそれだけじゃない。それ以上に大きいと感じられるもの、それは、以蔵を理解し側にいてくれる人がいる、小冬ですね、そして以蔵をあたたかく見守っている大家さんはじめ町の人があって、そして役者のみながあって、彼は愛されているなあということが伝わってくる、その温度がとてもよいのだと思っています。

しかし、長く続いている連載です。私はいったいいつごろから読んでいたんだろう。初出一覧を見れば、始まったのは2001年の6月。私が『えきすとら以蔵』の連載されている雑誌、『まんがタイムオリジナル』の購読を始めたのはそれよりちょっと前だと思うので、だから多分最初から読んでるのだと思います。けれど、最初のころの話はほとんど覚えておらず、それが途中からじわじわと、あ、この話覚えている、などと思うようになってくるのは、そのぐらいの時期から、この漫画がたくさんあるなかのひとつではなく、まぎれもない『えきすとら以蔵』として認知されるようになった、ということだと思うのですね。

地味な漫画だと思います。もとより地味好みの私でありますが、その私が見てもなお地味だと思う。登場人物は多いのだけど、レギュラーといえる人間は以蔵、小冬、途中から蝶子、最近では研修生。あとは監督とか御大とか社長とか、申し訳ないけれど、ぱっとしないといえばぱっとしない人たち。主役はおっさん、ヒロインは妊婦。けど、この一見地味な漫画が、読んでいるうちに特別なものになっていくんですね。それは、顔も名前も売れていない役者、以蔵が、そのまわりの人からは認められている、愛されている、そんな感覚に近いんだと思います。よく知れば、そのよさ、魅力がわかる。伝わるものがある、豊かに表現されているものがある。そうした漫画であるのです。

私がこの漫画を好きなのは、漫画としてよくできている、ということもあるのだと思うんですが、それ以上に、以蔵になにか共感するところがあるからなのだと思います。私は音楽をやっていますが、全然仕事がないので、違う仕事で生活を繋いでいます。こんなことしてるからか、同じような境遇にある友人知人も多いんです。音楽やっている人間はたくさんいる。役者もいます、最近連絡とってないけど、舞台中心の人とか、あとは芸能事務所に所属して、エキストラをやってる人とか。本業で食っていけている人、とうてい食っていけない人、いろいろいて、けれどみんな自分のやりたいことがあって、そのやりたいことをあきらめなかった人なんですね。私は一度あきらめたから、みんなより何歩も遅れているのだけれども、好きなことにあきらめがつかない人、そうした人のがんばって食い下がっているところ、なんかね、いろいろ思っちゃうところがあるのよさ。

そうした気持ちが、以蔵を見ていても同じように浮んできて、もう、じんとする。ああ、頑張ってと、そうした気持ちになって、そして自分も頑張ろうって思えてくる。それはひとえに、この以蔵というキャラクターの確かさのためなんだろうなって思って、人好きのする性格、そしてむくわれないってところ。なんだか、放っておけない感じで、しかしそれは哀れみやなんかではなくって、目指す先は違うけれど、一緒に頑張る仲間であるというような、そんな近しさ。本当に、いいキャラクターであると思い、そして気付けば、漫画の中の以蔵を支える人たち、見守っている人たちに連なっているかのような思いがするのですね。

  • こだま学『えきすとら以蔵』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

2009年4月14日火曜日

いきなり☆ねこキック

 これはなんと可愛い眼鏡なのだろう。いやしかし、第1話を読んだときにはまったくそうした感想ではなく、実は途方に暮れた、冗談抜きで暮れた。また幼女か、しかもそのうえ裸か。くらくらと眩暈がするように感じて、もう本当に勘弁していただきたい、そんなことを思ったことも懐かしく思い出されます。第一印象は最悪といってもいい、そんな具合でしたから、当初の数回は好意的になど読んではおらず、まさしくそれはアウェイゲームといった様相を見せて、だからこうして単行本でもう一度、今度は違った目で、印象で、読み直すことができたことはよかった、そのように思っています。そして、そうした心境の変化をもたらしたのは、この漫画の内容の、私の思いもしていなかった方向に進んで、その与える印象がよかったということに尽きます。そうなんですね。当初、短絡して見限ろうかと思った、それが本当に見込み違いであったということなのですね。

私の印象を変えたのは、第4話でしたっけね。主人公、優の姉由羽が、優に迫る女の子、神坂さんに嫉妬したあまりに対抗して料理を作る。そんな回です。殺人的な料理を作ってしまう、そんなベタな展開にはじまった話は、段々にシリアスの色を強めていって — 。この回くらいからでした。わけありの姉弟、その背景があきらかにされていったのは。そして由羽の優に向ける屈折した思いというものも掘り下げられていく。その情景にいたっては、もう切なさがこみあげてくるようで、たまらない。思っている。しかしその思いを明らかにしてはいけない。そう思い込んでいる由羽の眼差しがたまらない。この漫画は優が、ネコミミの少女ちゃろを拾ってきてしまった、そうした突飛な設定をもって始まったけれど、その中心となる軸は、由羽の心の、思いの、ふるえている、そう思ってしまうほどに繊細に揺れ動いている、そうした模様にこそあるというのです。

読み始めたころは、一歩しりぞいて、遠巻きにするように眺めていた。けれど、今、もう一度、今度はそんな意地悪な気持ちなんて抜きにして、近しい気持ちで読んでみれば、由羽の位置、そして優との距離、そうしたものもよくわかる、ちゃんとわかるように描かれているのですね。また、ちゃろとはなにものなのか、そうしたものもおぼろげにほのめかされていて、物語の仕掛けというものもそれとなくわかるように作られていて、実に丁寧な仕事であります。そして、その物語のすべては、由羽と優の関係を、本来ならこうであったろうという関係に向かわせるのではなかろうか、そのように感じさせて、それはつまりは今の状況を望ましいとは思っていない誰かの意思があるということなのだろう。ふたりの関係がこのようになってしまっていること、それをすまなく思っている誰かがあるということなのではないだろうか。そのように思い、はたして先はどのようになるのか、覚悟しつつ、期待しつつ、読んでいるのであります。

上に書いたことは、あくまでも私の予想、そして私の予想ははずれると相場が決まっています。物語が私の予想を軽々と越えて展開される。それがなによりの楽しみであるから、そのはずれる時を思うとわくわくするものがある、ええ、わくわくとする気持ちを押さえながら読んでいるのです。

  • むつきつとむ『いきなり☆ねこキック』第1巻 (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

2009年4月13日月曜日

『まんがタイムラブリー』2009年5月号

私が四コマ誌を読むときは、朝の通勤電車の行きで半分、職場は昼食時に数本、帰りに残りを読む、そんな段取りであるのですが、今日発売の『まんがタイムラブリー』は様子が違いました。なんと、行きの車内、まだ乗り換え駅につかないという段階で、ほとんど読み終わろうとしていた。なんと、ものすごいいきおいで読めているぞ、いったいなにがどうしたんだと我ながら驚いていたら、なんてことはない、電車が遅れていただけでした。それも、五分十分なんてレベルではない。淡路到着時点で25分の遅れというアナウンス。ええーっ!? 遅刻確定じゃんか! というか、電車に一時間乗ってたわけで、そりゃ『ラブリー』も読み終わるってもんです。しかし、朝からまいりました。

『まんがタイムラブリー』は、私の四コマ誌の入り口となった雑誌で、もしこれを知らなかったら、今の私の四コマライフはなかったであろう、そういってもいいような雑誌。ちょっと特別なのです。ですが、その雑誌は今まさに誌面を刷新しようとしている最中で、はたしてどうなるのだろう。そんな不安におののいておるところです。ですが、こうしたことは以前にもあって、それは『サクラ町さいず』の記事にて書いたこと、かつてはあんなに好きだったはずの雑誌が今ではそれほどでもないと思う、そんな状況を思い起こさせます。けど、あの時も乗り越えられたんだ、きっと今回もいけるはず。だから、徐々に親しんでいければよいかなと思いながら読んでいます。

『天使な小悪魔』、私も反省からスタートです。実際、ちょっと金銭感覚がマヒしているところがある。っていっても、マリリンほどではないですけど、でも段々に酷くなっていっていて、反省しないといけない。まあ、外食しない、缶やペットボトルも買わない、だから贅沢しているわけではないんですけど、そのぶん本買ってるからなあ。もともとの稼ぎが薄いところに、本という道楽。しかも今日はBlu-ray Discとやらを予約してきてしまった……。ズボラーにはズボラーな金しか残らんのやで。はい、反省しました。

しかし、こうしたホステス稼業している人は、稼げる期間の限られていることを考慮にいれて、がっちり堅実に貯金している人があれば、逆に日頃のお勤めでどかどか溜るストレスを発散させるべく、無茶な買い物してみたりする人もあるなど、いろいろタイプがあるとか聞き及びます。でもって、マリリンは後者なんでしょうなあ。そういえば、先日もストレスの溜りそうな同伴のあとで、高いお寿司を食べていらっしゃいました。しかし、この倹約生活の破綻は、次回に持ち越されて、いったいどういう風に決着するのか。きっと、いい方向に向かうんだろうな、そんな風に思うのですが、だからこそその筋道がどう描かれるか、楽しみです。

『だんつま』は、ひなよさんの夫婦ゲンカから馴初めにまで話が膨らんで、しかし、あれは普通は成り立たんよな。まさしく割れ鍋に綴じ蓋的カップルであるということが描かれて、変は変でも変だからこその縁がある、そんな話が面白かったです。しかし、学生時分より主婦になってからのほうがひなよさんは可愛いな。

千里唱子の『Making OF 結婚式』が終わり。まさか、女性スタッフの誰も結婚に漕ぎ着かなかった、実に衝撃で、しかし実にらしいと思えるラストに、なんだか安心したというか。ほんと、最後までいつものテイストで、ほっとしつつも本当は実は寂しい。千里唱子や九月乃梨子の漫画が読めたころの『ラブリー』、あの頃の雰囲気はどんどん薄れていって、それはしかたがないのかとも思いながら、好きだった時代の終わっていく、それが本当に寂しくてたまりません。

『リカってば!』が掲載されて、実に久しぶり、けどこれは嬉しいなあ。好きな漫画です。今は亡き増刊誌『まんがタイムポップ』に連載された漫画で、人気があったんですよね、こうして今も残って、しかし本当にリカと塚田の間は埋まらないな。好きな人とのデートにどきどきして、あれこれ思い悩んだり、当日失敗してみたり、そうした不器用さ、慣れない感じ、それが見ていてもどかしく、そしてそのもどかしいところがよいんだなあと思ったり。しかし、慣れず、落ち着かない安曇に対して、それとなくリラックスできるような雰囲気を作ってあげる、本当に塚田はいい男だなあ。なんか駄目なところも散々描かれてる男だけど、トータルで見るといい男だと思う。それはやっぱり姉と妹によってしつけられた結果なんでしょうか。

『ただいま勉強中』は学校図書室の様子を描いて、しかしとんでもない生徒にとんでもない教師。しかしそれを見てほほ笑ましい、あるいは可愛いと思わせるのは辻灯子の持ち味ゆえであろうと思います。個性的、一筋縄ではいかない、そして人間臭い。それが魅力的で大好きです。あ、今号で『ラブリー』での連載は終了。『オリジナル』に移るんだそうです。『オリジナル』が実に素敵な状況になっていく、そんな状況にくらくらします。

『ネコキャバ!』は、まだはじまったところであるけれど、そんなに嫌いではない感じであります。キャバクラからネコ喫茶ならぬネコキャバクラに鞍替えした、そんな話なんですが、基本は気ままな猫に翻弄されるオーナーの様子を楽しもうという漫画のようです。しかし、あの寿司ネタを食べた猫ですが、山葵は平気なんだろうか。

『先生はお兄ちゃん。』は、身体測定を巡るあれこれ。背の高さにコンプレックスがあったりする人にとっては、なんともいわれん嫌なイベントなんでしょうな。しかし、夜は早く寝る、そんな妹があえて昼寝ても、きっとそんなに違いは出ないはずで、それでも試さずにはおられない、その必死な頑張りが健気でよいんですね。

『パニクリぐらし☆』は携帯電話事情が描かれて、あの電話を探す描写、わかります。今、本当に公衆電話は少なくなってしまって、もう携帯があるのが当然な時代になってんだなあと痛感させられることも多くなってきました。けれどそれでも私が携帯電話を持たないのは、いつでも呼び出される、その縛られる不快のためでして、だからみつきの選択はしてやったりでした。

『たたかえ!WACちゃん』は、以前レディーズコミック『You』に掲載された漫画を思い出したりして、それは自衛隊を除隊後、予備自衛官として訓練に参加する女性を描いた漫画で、結構面白かったんです。知らない世界のことを知るというのは面白いことだと思います。だから、この漫画が私のよく知らない世界を知らせてくれるのだとしたら、それはすごく楽しみかも知れない。などと思っています。でも、あのヒロインには共感しにくいなあ。

『ミニっきえにっき』は、今回も実に飛ばしていて、ミニ様かっこいいなあ。ああいう凛々しく健気に振る舞う少年、大好きです。しかし、そうしたミニ様をふりまわすエリス嬢のパワフルというか、自分を中心に据えた世界形成力、実にすばらしい。実際女の子の方が早熟だっていいますが、こういうませた女の子は実際にいくらでもいそうで、それで男の子は太刀打ちできないのもよくある話で、こうしたリアルをファンタジー込みで描く漫画の面白いことったらもうないですね。さっぱり噛み合わん! ミニ様の心の叫びには笑わずにはおられない。もう素晴しすぎ。大好きです。

『縁側ごはん』は、どうにもマイペースな青年のごはんに関する興味? 関心? を描いた漫画で、エッセイっぽいのかも知れない、ちょっと懐古趣味的であるのかも知れない、そうした趣味は嫌いではない。強烈には働きかけてはこないけれど、じわじわとくる、そんな味わい、素朴な風味は結構気にいっています。

『ココロノミカタ』はちょっと気になる漫画で、それはヒロインの造形がためなのか。そうかも知れません。華奢な人形的体型、リボン、金髪、眼鏡、疑懐古趣味。嫌いではないけれど、腹にたまるようななにかのある漫画ではなく、それはスフレが舌の上にふわりと融けて消えるような、そんな雰囲気に似ています。甘さを残してほろりと崩れて消える。がつんとはこない。それが物足りないかも知れない。けれど、それがよいのかも知れない。ストーリーさえも添えもので、中心には雰囲気を演出する仕掛けがある、その仕掛けが嫌いでなければ、悪くない。そんな漫画だと思います。

『MISHIMAデパートメンズ館』は、この漫画のおかげで、阪急百貨店のメンズ館を見て笑うようになってしまった……。

Information about men's palace

デパートの若社長の傍若無人、行き当りばったり、自分の趣味を満足させることしか考えていない馬鹿さ加減が持ち味の漫画ですが、松山花子らしいシニカルさがたっぷりとあって、それがもう面白くて、気にいっている漫画です。今回はフランスを扱って、しかもそれがいい加減な扱いで、それで迷子のフランス人もいいように扱われて、そのいい加減さ、ひねた感じ、やっぱり面白い。私にはどうも松山花子は合うようです。この漫画も雑誌を移ります。『スペシャル』にいくそうです。

『スタミナ天使』はもう佳境。実際、次号が最終回で、だから今回は次回に向けての繋ぎという印象が強かったです。とはいえ、天河の酷さ、ろくでもなさは健在で、彼は本当にいいキャラクターだったなと思います。そして、緑。彼女の真実が垣間見えて、そしてそれは次号、どのように広がっていくのだろう。馬鹿な話に、馬鹿にできない話が浮き上がってくる。そんなところがあなどれません。

『カフェらった!』は、オーナーとの復縁を迫る元夫の話。実はこのふたりの関係、好きなんです。片や変態、片やそんな変態を毛嫌いして、寄せ付けず、酷いあしらいかたして、けど実のところはそんなに嫌いでもなさそうな感じもある。そうしたふたりの微妙な距離感の感じられるところが面白いです。

『エナポゥ』のコラム、私はこれが好きで、今回はなんか無茶な酒の飲み方して……、ひどい話でしたが、まあ若いということは無茶をするってことなんだなあって思いました。この人の苦労時代であるとかの話、それからレコーディングやステージの裏話、ちょっといい話なんかもあって、毎号楽しみにしています。

そして、山田まりおの目次漫画。毎回タイトルが変わる漫画ですが、というかタイトルがなくて、サブタイトルがついてるのか、これが面白くて、個性的な友人知人家族、身の周辺におこる珍奇なこと、もう面白くて、大好きです。しかし今回の英会話、これはやな例文だけど、覚えておくと役立つこともある? というか、これが役立ちそうなシチュエーションに身を置いた時点で、すでに旅は失敗のような気がします。

『サクラ町さいず』、この漫画が雑誌の最後を守っていてくれる。それが嬉しい。実際、今の『ラブリー』もそんなに嫌いではないけれど、状況が安定して私自身も馴染むまでは、こうして馴染みの漫画があってくれるということが、とても安心させてくれます。

  • 『まんがタイムラブリー』第16巻第5号(2009年5月号)

引用

  • こととねお試しBlog: サクラ町さいず
  • 芳原のぞみ「天使な小悪魔」,『まんがタイムラブリー』第16巻第5号(2009年5月号),11頁。
  • ナントカ「ミニっきえにっき」,『まんがタイムラブリー』第16巻第5号(2009年5月号),116頁。

2009年4月12日日曜日

天秤は花と遊ぶ

 『天秤は花と遊ぶ』は『まんがタイムきららフォワード』に連載されている漫画。気を抜くと、『コミックエール』掲載作と思ってしまう、そんな雰囲気もある漫画です。名門ロータス女学院を舞台に、春日野謡子と琴乃緒愁の不思議な関係が描かれる。華やかで、女の子たちの心のさざめきに目を細めたくなるようなことさえある、そうした漫画で、だからなおさら『エール』掲載と思ってしまうのでしょう。ですが、これは紛れもない『フォワード』掲載作で、そして人気もあるのでしょうか。単行本化されるにあたり、2009年5月号の表紙を飾ったのは『天秤は花と遊ぶ』でありました。その表紙がですね、よかったんですよ。ヒロイン謡子の元気さが飛び出してきそうに思うほど。場をぱっと明るくさせるような、そんな笑顔が素敵でして、また制服の赤、それも鮮かで、いい絵じゃないですか。単行本表紙の落ち着いた絵もいいと思ったけれど、私には『フォワード』表紙がすごくいいと思われたのでした。

 というわけで、『フォワード』の表紙も引っぱってみました。ほら、とってもいい表紙。

さて、『天秤は花と遊ぶ』、先日の『きらら』感想においては吸血ものと表現していましたが、琴乃緒愁が吸血症と呼ばれる体質で、定期的に血を必要とする、そうした設定を持っています。さらに加えて、現在の愁は男でも女でもない、というのは、吸血症の人間は、18歳までに摂取した血の量、その男女の比率で性を決定する、すなわち18歳に満たない愁は、まだ性別を持っていないというわけです。ゆえに、表題の天秤は彼女、いや彼なのか? にかかるのでしょう。ということは、謡子が花なのか。いや、不満なんてありません、可愛い娘だと思いますから。

愁はもうひとつ秘密を持っているみたいなのですが、そしてそれはおそらく今後の展開において、重要なピースとなるのだろう、そのように思うのですが、それがなにかは今はまだわかりません。血を摂取する必要があり、摂取した血液の男女の比率により性が決定される。愁はこれまでは血液パックと愁の秘密を知る養護教諭蓮宮の血を摂取して、これら秘密に繋がれた閉じた関係を守ってきたわけですが、そこに謡子という人間が新たに加わることで、少しずつ愁の周辺も変化していって、また愁の心も揺れ動きはじめて — 。そうした心の機微、そして学園におけるアイドルである愁を取り巻く人間関係の変化、そこに生じる人の思いのもろもろも、なかなかに魅力的でありまして、結構好きなんです。というか、かなり好きです。

血液を必要とする愁、その設定が状況に大きな影響を及ぼして、まあそれはこの漫画の最大のギミックなんですから当然としても、話の展開がこの吸血がらみばかりで動くということもまたありません。そこには、普通の学園もの、というか、女子校ものとでもいったらいいのでしょうか、そうした展開があって、愁に謡子に憧れる女学生が出てきたり、またライバルという女生徒も出てきたり。それはコメディタッチであったり、またシリアスというほど深刻ではなくとも、しっとりと心に跡を残すようなそうした筆致で描かれたりして、バラエティ豊か、読んでいて楽しい。深刻すぎることがない、それがいいのかも知れないですね。ええ、本当に楽しいです。

けれど、多分、話が進んでいくうちに、深刻の度合いも増していくのだろうな、そんな予感もして、まあ、それも一緒に楽しんでみせるさ、そんな気でいます。そう思わせてくれるのは、謡子のあっけらかんとした明るさ、常に元気であって、困った状況があったとしても、くじけることなんてきっとなさそうな、立ち止まりそうな人があっても、その手をとってぐいぐいと引っ張っていってくれそうな、そんな力強さ、まあ迷惑っちゃあ迷惑かも知らんけど、が表現されているからだろうと思うんですね。私が『フォワード』表紙が好きといったのも、そうした謡子の気風が表現されていて嬉しくなるから、そんな理由であったのです。

さて、愁が吸血症により、血が必要なこと、摂取した血によって性が決定されることは、何度も書きました。その上で、好きな相手の血をおいしく感じるようになる、そうした設定もありまして、いまや愁は謡子の血をおいしいと感じるようになっています。ということは、これからの数年で謡子の血を多く摂取するようになる? そうなれば、愁は女性になる? こうしたことから、もしかしたら蓮宮は愁を自分の妻として迎え入れるために、女性の血液を必要とした、そのために謡子が選ばれた? なんて思ったりもしたんだけれど、これはどうも無理筋っぽいです。蓮宮先生はどうも結婚してるらしい。でもって、愁と兄妹らしい。

ここでこうも考えた。愁と兄妹っつうことは、蓮宮も吸血症だった可能性が出てくる。結婚して姓が変わったといっている。ここから導き出されるのは、かつて男でも女でもなかった蓮宮(旧姓はやはり琴乃緒でいいのかな?)は、近しくあった男性の血を摂取してきた、しかもおいしいと感じられるそんな男性の血を多く摂取してきた。その結果、男性になった。愛した相手と同じ性になるという運命のいたずらに悩むふたり。なぜふたりかって? そりゃ自分の血をあたえるんだもの、好意でもなきゃやってられんでしょう? ふたりは悩み苦しみ、そしてついにはその苦境を乗り越えたのか? 戸籍は女性にして結婚。故に琴乃緒から蓮宮姓になった。性だけでなく、姓も一緒になってめでたしめでたしだったのか!?

馬鹿なこといってますが、愁が謡子に好意を持って、そして同性になるんだとしたら、吸血症とはなんとも因果なものでございますな。こうした因果も含めて、今後の展開がなされるのか。愁の好意は、友情であるのか愛であるのか。それを謡子はどう受け止めるのか。そうしたところに発するであろう劇的な展開、あるんだとしたら実に楽しみなのであります。

あ、そうだ。ロータス女学院では、敬いと親愛をこめて呼び合うときは名前に「さま」をつける習慣があります。なのになぜ愁はみそらに限ってはみそらさんと呼ぶのだろう。

さらなる謎を残して、皆様、ごきげんよう。

  • 卯花つかさ『天秤は花と遊ぶ』第1巻 (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

引用

2009年4月11日土曜日

けいおん!

 『けいおん!』はTVアニメ絶賛放映CHU!!。けど、放送日を勘違いするという痛恨のミステイク。でも、HDレコーダーが録画しておいてくれました。探して予約が働くかどうかが鍵でした。一度NHKの方で番組の検索を経験したとはいえ、民放のアニメは難しかったでしょう。いや、もう、本当にありがたいことで、『けいおん!』第1話、本日見ましたよ。そうしたら、16:9で録画されてて、しかしアニメは4:3なのね。うちのテレビは4:3だから、画面の中央に小さくアニメが写し出されて、うううう、なんという欲求不満的状況でしょう。しかし、いいんだ。ちゃんと見られたから。ストーリーも追えたし、それに動いている絵も見られたからいいんだ。

しかし、こうしてアニメを通しで見るのは本当に久しぶりです。『カードキャプターさくら』以来? とにかく、本当に久しぶりで、もう右も左もわからん感じで、しかしアニメもいいものね。しかも、これ、京都アニメーション? あきらかに京都市内と思しい場所が散見されて、うわあ、なんだかそれだけで興奮してしまったり。ほら、例えばさ、OPで飛び石渡ってる場面があるでしょう。あれ、鴨川ですよ。ああした飛び石は数ヶ所あるから、具体的にどこかまではわからないんだけど、百万遍のところ? ほら、この写真。

Play in the River

これ、私の撮ったのじゃなくて、友人が撮った写真なんだけど、京阪出町柳をおりたところ。近くに京都大学がある。そこにこうした飛び石があって、ほら、手前にみっつ、ふたつと外れてる飛び石なんか、実にそんな感じじゃないですか? 他にわかったのは煉瓦造りのアーチ、あれはインクライン。あとは、なんか見たおぼえがあるけどわかんない。わかりそうで、すごくもやもやしてる。それくらい、見たような気がするんですよね。意識にのぼらないくらいの記憶が、かたちになりそうでならずにうずうずしている感じなんです。

こんなことで興奮してしまうところ。口ではなんだかんだといいながら、私にも郷土愛があるってことがわかって、ちょっと苦笑します。

そして、ちょっと先取り。ええと、関東ではもう放送されてるんよね。第2話で唯が楽器を買いにいく楽器屋が三条の十字屋だって話ですけど、あー、うー、

Sanjo Street

河原町通りから三条に入ってちょっと歩くと、左手にBig Bossがあって、

Guitar shop

もうちょっと歩くと、JEUGIA三条本店があります。ここの地下一階がギター売り場で、エスカレーターおりたところはこんな感じ。

Musical instrument store

アニメでこのギターヘッドのオブジェが出てたらおもしろいけど、さすがにないよね。でもって、ここの五階で私はソプラノサックスを買った。そして、三条通りに戻ってさらに先に進むと、かつて師走冬子さんも前を通ったかに道楽が!

crab signboard

私がアニメ『けいおん!』を見ようと思ったのは、たまたまですね、その予告編を見ましてね、ええと、動画サイトでね、掲示板で紹介されていたものですから、そのふらっとね。ところで、ダウンロード違法化ってもう施行されてましたっけ?

A. まだです。2009年4月11日現在、衆議院で審議中。(法案)

ふう、助かった。厳密にいうと、キャッシュの生成は問題にならないんだそうで、だからYouTubeとかニコニコ動画は大丈夫なんだそうですが、まあ、あんまりえらそうに胸はっていえる話じゃない。モラル、信義の問題です。

さて、問題のトレーラー。これを見まして、俄然、アニメも見たくなった。しかし一体なにが決め手となったのか。さわ子先生の正確には廃部寸前ね、この一言の自然で、またやわらかく響いた、その声音。わお、いわゆるアニメ声とかそんなんじゃない! 安心したところに重ねて飛び込んできた、あのー、見学したいんですけど、紬の一言。素朴、可憐、そして可愛いこと。これは見ないといけない。決め付けて、HDRに予約をいれて、そういうわけで、あれは実に優れたトレーラーであったっていうんですね。少なくともひとりは牽引しましたよ。

そして本編、よかったよ、結構面白いね。というか、紬が可愛いな。あんなに可愛いだなんて、原作では気付かなかった。ファストフード店に入って、ご一緒にポテトもいかがですかのフレーズに喜ぶ紬。トレイにポテトをあけた律を見て、自分のポテトを加えて山を作る紬。もう可愛すぎではないかね。エンディングでのグリッサンド、大きく結い上げた髪、紹介の止め絵に、右手をゆるやかに差し上げた立ち姿も美しければ、クローズアップに目をつむっている表情も麗しい。もうどうすりゃいい?(どうもしないでください)

対してオープニングでは、唯が可愛くて、足を肩幅より心持ち大きめに立って、ギターかき鳴らす、その姿、全身でノリを表現するというね。そしてそこに差し挟まれる紬のカット、ああ、もう、可愛いなあ。

すみません。私は音楽も楽器も好きだけど、可愛い女の子はもっと好きなんです。

Blu-ray Discとやらが出るみたいですね。はー、もう時代はBlu-rayなのか。調べてみれば、DVDも出るそうだけど、Blu-rayにはオーディオコメンタリーが入ってる。正直、ポスターやらきせかえやらステッカーやらピックやらには興味ないけど(いや、Vol. 1が唯だからそういうんじゃなくってね)、コメンタリーが好きなんですよ。とりわけスタッフのコメンタリーが面白そう。これは、Blu-ray買っちまうか? Blu-ray版、価格は7,600円。安くもないけど、高いかといわれれば、まあ買えない値段ではない。危険だなあ。これでまた脱したはずのアニメの世界に逆戻りか? はらはらさせるものがありますが、とりあえず主題歌シングルだけでも押さえておこう。しかし、この限定限定の商法は嫌いなんですよ。もう、なんというか消耗戦に放り込まれたような、絶望的な気分になります。

ところで、どうでもいいことだけど、唯の声、というかしゃべり方、ちびまる子ちゃんに似てませんか? ああ、もう、あほの子も可愛いなあ。

アニメは、原作をベースにまた違った世界を描いている、例えばそれは『母をたずねて三千里』が『クオレ』に収録された小エピソードを膨らませたものであったように、というのはいい過ぎか。関係としては、『魔女の宅急便』とジブリアニメの関係に近いかも知れません。『耳をすませば』ほどに隔たってはいない、けど原作どおりとも違う。そんな感じ。で、私は原作もいいけど、アニメもいいなと思いはじめています。

だから、Blu-ray版、予約しとく? 気付いたら市場から消えてなくなってました。そうなってから後悔はしたくないしなあ。と、こんな風になるから、もうアニメには関わりたくなかったんです。ところで、Blu-ray Discって普通のDVDプレーヤーでも再生できるの? いや、わかってます。答えは求めていません。PLAYSTATION 3の買い時かなあ。つうか、アニメにBlu-rayって、圧倒的にオーバースペックじゃないですか?

Blu-ray Disc

DVD

原作

  • かきふらい『けいおん!』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。
  • かきふらい『けいおん!』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2009年。
  • 以下続刊

引用

  • 『まんがタイムきらら』第7巻第5号(2009年5月号),表紙。
  • 他の引用は、アニメ『けいおん!』第1話「廃部!」から。

2009年4月10日金曜日

新校本 宮澤賢治全集

  新聞に気になる記事が載っていまして、タイトルは「宮沢賢治、地図の裏に未発表詩 三十数年ぶりの新作」。ちょいと引用しますとこんな感じ:

 今もファンの多い詩人・作家宮沢賢治(1896〜1933)が書いた未発表詩の草稿が見つかった。賢治の作品はこれまでの研究・調査でほぼ出尽くしたとされており、新たな詩が発見されたのは三十数年ぶりという。

 昨年、岩手県花巻市にある賢治の生家の蔵を解体しようとした際に、はりの上に置かれていた書類の中から見つかった。5万分の1地図の裏面に鉛筆で書かれていた。筑摩書房から刊行中の賢治の全集の編纂(へんさん)委員が確認したところ、未発表の草稿と判明した。

これは実に興味深い、そう思わせるニュースであり、しかしまた私にとってはちょっと困ったような気分にもなる、そんなニュースでした。なぜか? それは単純な話。自分の持っている全集が、ついに過去のものになったのだと思ったからでありました。

そう、無駄に全集を持っています。『宮澤賢治全集』。いったいなにがきっかけだったんだろう。もう思い出せないくらい昔のこととなってしまいました。第一回配本、第8巻の出たのは1995年5月22日。私がちょうど大学に3年次編入をはたした年ですね。はあ、もう14年にもなるのか。年いくはずだよ。

この全集が刊行されたのは、1996年という記念年、宮澤賢治生誕100年が多少とも関係していたのではないかと思われて、当時、宮澤賢治に関係する本や企画、たくさんたくさん出てきて、それで私もその気になってしまったんでしょうね。決して安くない本を、毎月毎月買おうと思ったわけです。けれど経済的な事情から途中で買えなくなってしまいまして、なんだかずっと心残りにしていたのですが、数年の後、大学を出て、図書館で働くことになって、そしたらなんと本が一割引で買えるという。今この時を逃したらもう揃わない、そう思ったものだから、外商さんにお願いして、毎月一冊二冊というペースで買って、そしてようやく揃えたんですね。

しかし、謎があったんです。索引巻が出とらんのです。第16巻下、補遺・資料には、確かに次に別巻索引を出すという案内があったのに、それが出た形跡がまったくといっていいくらいありません。なにぶん、毎回の配本をリアルタイムで追っていたわけじゃありませんからね、もう全然状況が掴めないわけです。もしかしたら、また筑摩書房が潰れたのかなあ。そこまで思った。けど、ちゃんと会社はあるみたいだからなあ。本当に謎で、企画が潰れたのか? しかしここまで出しておいて、しかもろくに売れそうになさそうな雑纂やらまで出して、最後の索引を出さないなんて話はないだろう。というか、研究者なら総索引こそを欲しているはず。しかしそれが出ていないのはなんでなのだろう。ずっと謎でした。

私にとって謎であった『新校本 宮澤賢治全集』別巻 補遺・索引、これがついに出ました。冒頭にて紹介した新聞記事、新発見の詩はこの補遺に収録されています。補遺は詩にかぎらず、書簡や雑纂、断片的な資料にも及んで、賢治全集はただ停滞していたのではなく、これら十年の研究成果を収録すべく、時を待っていたのかも知れない。実に感慨深いものがあります。全集の完結したのは2009年3月2日。私がこのことを知ったのは2009年4月9日。そして買ったのは今日、2009年4月10日。ついに完結しました。感無量です。だから、あとは読むだけ。それが一番大変で、けれど一番豊かな作業です。

  • 宮澤賢治『新校本 宮澤賢治全集』全16巻+別巻1(全19冊) 宮沢清六,天沢退二郎編集 東京:筑摩書房,2009年。

引用

2009年4月9日木曜日

『まんがタイムきらら』2009年5月号

毎月9日は『まんがタイムきらら』の発売日。突然思い立って、雑誌感想を書き始めたあの日から、もうひと月が過ぎてしまいました。思い返せば、ブログに書くことが思いつかないの、じゃなくて、『ゆゆ式』表紙が思いがけず魅力的だったのがきっかけだったんでしたっけね。今月の表紙は『けいおん!』。TVアニメ絶賛放映CHU!! の煽りも誇らしく、しかし、関西では今夜からだ。って、あれ? 4月9日(木)深夜1時55分よりって、もしかしたら今朝? というか、昨日? ぎゃーっ! 何年かぶりに見ようかなって思ったアニメだったのにーっ! いや、大丈夫。録画予約してたはずだ。だから、大丈夫。後で確かめます。

しかし、『けいおん!』、なにごともなく、みな無事に進級して、唯たちも3年生になりました。正直なところをいいますと、びっくりしました。当然のように進級なんてしないと思っていたものですから、って、落第とか原級留置とかじゃなくって、物語上の時間が留め置きされると思っていたんですね。ですが、あっさりと、普通に時間を進ませて、そうかあ、進んでいっちゃうのんか。光陰矢のごとしだなあ。なんだか寂しいです。

物語上の時間が進むのはいいとして、そうなると夏くらいで3年生は引退するのかな。そうなったときに、ひとり残される梓はちょっとかわいそうかも。そんなこと思ったりして、まあそれはこれから先の楽しみとして、きっとなにか一悶着用意されることだろうと思って期待しておきたいと思います。

あ、これどうでもいいことだけど、なんでヒロインのギターがレス・ポールなのに、ロゴのバックはストラトなんだろう。いや、あれ、ムスタング? まあ、いいか。次にいきましょう、次。

『ゆゆ式』、コ、コメントしづらいな……。先生の大きなおっぱいが羨ましい三人です。けれど、そうしたもろもろよりも、先生に抱きつこうとしたり、ムネを触ろうとしたり、甘えようとしたりするのに、いざ本人を前にすると恥ずかしくなってしまってできない。そういう気持ちのもやもや、どきどきが面映ゆくって、なんか妙な面白さがありました。これがどこぞの家庭教師なら、躊躇なくやっちゃってるな。それと、ゆずこ、縁を苦手にする同級生が登場。これがまたいい感じに微妙な距離保っていて、積極的に嫌うわけではないんだけど、どう対応したらいいかわかんないって風で、いやもう面白いなあ。キャラクターのたてかたが、すごくよいとことさらに思った回でした。

『あっちこっち』は、相変らずの高高度空中戦を見せる展開で、舞台は調理室。いつもの面々に、ゲストなの? を加えて、彼らは普通の領域に暮らす、普通の人たち。対比がものすごいな……。しかし、目潰しは惨い。それから京谷の扱いは少々かわいそう。だけど、いいポジションだなあ。

『棺担ぎのクロ』は、ちょっと『赤毛のアン』などを思わせる出だし。やってきた子供は、望まれなかった子供。しかし、時間がだんだんと関係を変えていって、そして仕合わせのかすかに射し込みはじめたと思われたその時に、物語は一気に暗転して — 、本当にこの人は格別の人だと思った。この人のあり場所というものは、この世界のどこにもなくて、ただこの人のあるそこのみが、この人のあり場所なのかも知れない。以前、児童文学作家の角野栄子がいっていた、塀の上の人を思い出します。境界線上にあって、広く遠くに世界を見渡す、そんな視界を持った人。そして、どこにも安住しない人。十二世紀のスコラ哲学者サン・ヴィクトールのフーゴーがいう完全な人 — 全世界が流謫の地であると思う人は完全な人である — 、私はこの人に、そうしたイメージを重ねて見たいと思っているようです。迷惑ですね。ごめんなさい。

『ネズ巫女ちゅー』は、なんともいえんゆるいテンションで進行する漫画。ゲスト掲載されていたときに、その不思議で微妙な魅力にやられてから、気になり続けています。だから、こうして連載が決まったのは嬉しいことで、神社の狛ネズミのふたりの傍若無人に振る舞う、そのわがままっぷり、小狡さ、それをこれからもまた見られるのかと思うと、ありがたいなあ、そう思います。そして、似たテンションで突入する『おまもりごさん』は、最初漫画が切り替わっているのに気付かなかったくらいで、けれどこちらの方がずっと意味不明感が強くて、その意味不明っていうのは、非言語的な領域に笑いを求めているっていったらいいのかな。言葉で書かれた部分はある、説明的な部分もあるけれど、そこに面白さが発しているわけじゃない。考えたらとりこぼしてしまう、そんな漫画だと思います。

『ふおんコネクト!』は、上記ふたつとは実に対照的で、こちらはギミック多め、高密度で濃厚で、構成もしっかりと組み立てられて、本当に圧倒されます。メモ帳ペン立てがエヴァ初号機の頭で、ペンがエントリープラグ? 細部に凝るという点においては、他の追随を許さない、そんなところがあって、けれどそれでメインになるストーリーは別にちゃんと組んである。サービス過剰で、人情派で、この人もまた異質な立ち位置、独自の場を築いている人だと思います。

『こどもすまいる!』、そもさんせっぱ、私はうどん派です。素うどん、最高。具も薬味もないほうが、うどんそのものを楽しめます。信号の黄色について、注意ではなく止まると答える、それは道交法的にも正解だなあ。素晴しい。『三者三葉』は西山さん人気強化月間? しかし彼女は友人に恵まれてないような気がします。しかし、そういうところもまた魅力であると思います。『まーぶるインスパイア』はちょっとカルチャーショック。表計算ソフトなんて、普通の生活してたらいらんだろ、と思ってたら、ネトゲ内市場調査に使うのか。というか、ネトゲする人って、そこまでやるものなのか。カルチャーショックでした。ゲームにはまって廃人っていったらイメージ悪いけれど、市場の動向を把握する、その訓練をしてるんだとしたら、それも中学生でしてるんだとしたら、下手な学校の授業よりもずっと有用な勉強になるんじゃないのか? そんなこと思ったんですが、真に受けすぎですか? パソ魂力に関しては、私も実はよくわかりません。パソコンに詳しい人って、本当、すごいと思います。

『境界線上のリンボ』は、まさかのアポジーさん再登場。ロボットの園丁さん。ラジオを通して話すというのがなんか面白いなと思って、ちょっと気にいってたから、再登場が嬉しいです。今後も積極的に登場してくるのかどうなのか。半レギュラーになるといいなと思っています。『二丁目路地裏探偵奇譚』は、多分この人、ショコラの身内ですよね。『天秤は花と遊ぶ』は、いつもとはずいぶん違った風合いで、こういうのも軽くて面白いけど、番外編といった趣。『フォワード』掲載のはもっと面白い、そんな風に思います。こういう四コマが、単行本巻末とかに入ってくると、目先がかわって、きっといいと思います。そういえば、吸血ものが続きました。

『きつねさんに化かされたい!』はラスト一回前。これまでのメインキャストが集まって、花見、酒も入っていつも以上に異常なテンションが見られて、それはそれは面白かったです。こうした、長く続いてきた漫画が終わるとなると、万感胸にせまるものがありますね。私はこの人の漫画の、シニカルな味がとりわけ好きで、それから自己主張のやたらと強い個性的な人たち。そして、そうした影にかくれて、田中の立ち直りなんてストーリーもあったんでしたっけね。振り返れば本当に充実した時間であったのだな。そんな風に思えて、だからやっぱり寂しいです。

『メロ3!』は、木ノ子の本音がちょっと切ない。でも、なんかわかる気もするんですね。人付き合いがちょっと苦手、そういう人にはおそらく共有される感情もあるのではないか、なんて思えて、ええ、私もたしかにそんなだったと思います。今は、コミュニケーションとれなくっても平気になったけど……。退化だな、うん、私は退化してる。漫画に戻って、たとえ名前を覚えられてなくても、そうして頑張りが認められていたっていうのは、やっぱり嬉しいことなのではなくって? と思うものだから、福田がなんかかっこよかった。そういえば、扉が眼鏡女子の二連続、なんだかハッピーです。

『そら』が完結。なんだか手紙を書きたくなる、そんなラストは、単行本にて、ひとつらなりの一番最後に読んで、その余韻を味わいたいと思う、そんな風情でありました。手紙として綴られる、エンドロールですね。RPGで、ラスボス倒した後で、町という町をまわりながら、これまでに出会った人たちの消息を訊ねて歩く。そうしたことが楽しかった私には、感じるところのある終わりでありました。

My Private D☆Vは『ラジオでGO!』のなぐも。さんでした。メガネ、マフラー、身長差! 素晴しいな。でもって、とあるメガネゲームってなんなんでしょう。私、『鬼畜眼鏡』しか思い浮かばなかったんですが、これ、絶対違いますよね……。そのゲームがなにか、おわかりの方いらっしゃったら、そっと教えてくださると嬉しいです。

アクティブ!

  • 『まんがタイムきらら』第7巻第5号(2009年5月号)

引用

  • 野々原ちき「メロ3!」,『まんがタイムきらら』第7巻第4号(2009年4月号),177頁。
  • 『まんがタイムきらら』第7巻第5号(2009年5月号),表紙。
  • サン=ヴィクトルのフーゴー「ディダスカリコン(学習論)」,上智大学中世思想研究所編訳『中世思想原典集成』第9巻 (東京:平凡社,1996年)所収【,104頁】。

2009年4月8日水曜日

『まんがタイム』2009年5月号

『まんがタイム』の発売日は、毎月7日です。ですが7日はまんがタイムコミックスの発売日でもあって、といったわけで一日遅れ。明日9日は『まんがタイムきらら』の発売日と、こうして雑誌の感想を書いているかぎり、毎月この数日はばたばたと立て込むのでしょうね。でもまあ、書くことがない、書きたいものがない、なにか書けそうなものはないかいなと、無駄に時間を過ごすことを思えば、こうして追い回されている方がずっといいように思います。やることが沢山ある、そんな状況で優先順を決め、次々こなしていく。予定を組み立て片付けていくというのは、また人の楽しみのひとつであると思うのです。といったわけで、今日は『まんがタイム』2009年5月号の感想を書きたいと思います。というか、私の場合、感想じゃなくて、関係ないこと書いている分量の方がはるかに多くて、読み返して苦笑するのですが、まあこのようにしか書けないもので、お読みくださってる方には本当に申し訳ない。最初に謝っておきます。

『おとぼけ課長』のモシモシ もれてますよというネタは、なんだかすごくわびしくて、そしてなんだか切なくて、心にひっかかりを残して、それは人の老いるということが描かれていたからなのかなあと。どうしても老いは避けられない、老いによって迷惑かけることもあろう。その迷惑かけてしまっているかもしれないということを、ことさらすまなく思う女性の心境が伝わるようで、切なかったです。そうしたものを伝えたいと思われたわけではないのだろうとは思うのですけど。

『ラディカル・ホスピタル』は爆発卵を扱って、電子レンジに卵を入れると爆発するという話ですが、あれが真に危険なのは、内圧は爆発寸前にまで高まっているのに、ぎりぎり爆発しないという状況ではないかと。『探偵ナイトスクープ』の視聴者ならご存じでしょう、爆発卵は本当にすごかった。一口かじると、熱々の卵が口中で爆発する。口から顔から、部屋中に卵がまきちらかされて、あまりの熱さにのたうちまわる男たち、あれは実に凶悪でありました。だから、卵が麻生さんの口中で爆発しなかったのは幸いなことであったのです。もし口中爆発を起こしてたら、全然違う漫画になってしまったろう。医療の病院のどうたらこうたらなんてふっとばして、阿鼻叫喚の地獄絵図が描かれたに違いあるまいと。さてさて、金属から火花が散るというのは、うちの職場の電子レンジでは起こりませんでした。石鹸がふくらむというのは知りませんでした。けど、自分で実験してみる勇気はありません。

『ニッポンのワカ奥さま』、和歌さんは今日も美しかった。『すいーとるーむ?』、ゆかりさんは今日も美しかった。さて、『ワカ奥さま』ではこの漫画最大の不思議、なぜ一郎さんが選ばれたのか? そうした疑念が提出されて、そうかやっぱりみんな不思議に思ってるんだ。和歌さんの主婦友だち、一緒にお茶したり、カラオケいったり、そうした生活における楽しみの断片がちらほら伺える、それもまた楽しいことでありました。しかし和歌さんはみんなからどう思われてるんだろう。そうした誤解も描きながら、けれどそれでもなんとなく理解されてるってのがわかるところがよかったです。マラカスの奥さんはちょっと好みです。

ゆかりさんは、常には見られない、驚いた顔、そして涙ぐんだりして、しかしそれでも強がって笑っちゃったりして、そんな表情がみられて、ちょっと得した気分になれる回でした。特異な状況が日常になっている、そんなゆかりさんの生活に、ちょっとした変化が加わって、緊急避難的生活、いつもどおりにすごせない中で、いかに時間を過ごすかという、そんなチャレンジの数々がゆかりさんのらしさを強調して面白かったです。しかし、誰も来ない部屋だから安心してたのにってことは、普段はあれでもちょっとは不安に思ってるのか。最後の足場、あれはまさしく職場の特徴最大限に発揮させて、しかし手際いいな、そうした設定が生きていると感じられるところ、素晴しかった。

『天子様が来る!』、共学でした。驚愕でした。珍念さんロボは、我々の求めるロボの理想形かも知れないなんて思って、しかしこんなの用意できるんだったら、いつぞやのメイドロボ(読者投稿)にもこれ出してあげたらよかったのに! なんでもできそうなくせして、微妙に狙いをはずして応える、その微妙なはずしっぷりが面白さの要です。

『ハコニワ』、コメントするのが難しい。新しいママは死神。それはいい。美人だし可愛いし、だからそうした特異な設定も受け入れようという気持ちになれる。だって、昔は、奥様が魔女だったりするドラマが平日昼間に流れてたんだ。けどその特異さを少し持てあましているようにも思えてしまって、死神っていうのが話に関係してくるわけでないってのはまあいいとしても、調理が基本丸ごとで生ってのもいいとしても、なんかしっくりしない。こうした飛び道具をとっぱらってしまった時に、いったいなにが残るんだろうって思ってしまうんです。この人の漫画は嫌いじゃないし、『ハコニワ』もうまく馴染んでくれたらいいと思うし、私も馴染もうとしているけれど、今はまだちょっと私自身持てあましているって感じです。

『アシスタント!!』は、これまでうまくいってた体制があるんだったら、それをあえて崩さなくってもなんて思いながら読んでたんだけど、けれどやっぱり崩してよかったのか。その時々の状況で、もっともいいやり方を各人が模索して、いい結果を得られるのだったら、プロセスが違うことがあってもかまわんのだろうなと思いました。とことん合わなかったら、それまでのような気もしますけどね。『夫婦な生活』、別に平均年齢65歳のメイド喫茶があってもいいじゃないか。女性には、十代には十代の、二十代には二十代の、飛んで、六十代には六十代の花があるんですよ。美しく年をへた女性には、それまで咲かせた花の積み重なって層をなし、そしてそれらは人に深みを、さらなる魅力を与えるものなんですよ。それを理解しないだんなはまだまだだな。『ウルトラ金ちゃん』、あれはあえてあーゆーヘンテコな生き物と思わせるように描かれているんだろうけど、それにしてもニワトリとは思われなかったです。目が3の奇妙な生物かと思いました。「観察」の、コマを部屋と見立てた5コマ、すごく新鮮な感じに思えて、しかも動き展開が面白くって、銀ちゃんならずとも見入ってしまう、そんなよさがありました。

『あさぎちゃんクライシス!』は、いつもどおりというか、河野先生が変態的。制服女子をためらいなしにベロってしまえるのはさすがです。あさぎちゃんでは、先生の変さに耐性ができてしまって、ちょっとくらいめくられても動じなくなっているので、それでターゲットが変わったのか? しかし、彼はめくる、さわるのが目的ではなくて、その後ボコられるのが楽しみなのではないのか。そういう特殊な性癖ではないのか? といっているやつがすでに変態的という気もします。ああ、私もたまにはあんな娘らにボコられてみたいものだ。

『みそララ』、梨絵さんは今日も美しかった。もーこのまま印刷しちゃってよ、感動するクライアントを前に、照れながらも呆然と、目を点にして口半開きにして、その様が最高に美しかった。しかしこの漫画は、仕事のプロセスを漫画のメインテーマにして、それを飽きさせることなく、楽しいもの、面白いものとして読ませてしまう。本当にうまい、いい漫画だと思います。仕事が楽しい、けれどそれは、ただただ楽しいだけでなく、苦しいこと、辛いこと、大変さや難しさもあるということが当然の前提としてあって、そしてこうしたいろいろを乗り越えていくから素晴しいんだといわんばかりで、もう感動するね。といっても、今号はまだプロセスの途中。はっきりしないクライアントに叩き台を提示して、そこでようやく始まったって感じ。乗り越えなければならないものはまだたくさんあって、それをどうするのか。プロとしての方法を考えよう。いかにして彼女らは、今の与えられた状況を乗り越えるんだろう、彼女らにとってのベストの地点を見出すのだろう。もう、今から来月が楽しみというほかなくて、しかしそんなクールな梨絵さんも美しいと思ったんだ。

第3回まんがタイム新人4コマまんが大賞結果発表!! ここからの数ページは、選ばれた漫画を読むのもいいけど、植田まさしによる選評が貴重であると思います。この人はこれらの漫画をこういう風に読んでいるのか。そしてその読みかたのあたたかいこと。とても真面目に、そして好意的に読もうとするその姿勢が感動的でした。きっと、いい人なんだろうなあ。そして、辛いコメントをつけるときも、ただ辛口にするのではなく、足りないところをどう補えばよくなるか、それを考えて、よりよくなるよう、よりよいアドバイスを贈ろうとされている。そうしたところが伝わるようでよかったです。漫画については、『KY!』は最初の一本はどうだろうと思ったけど、続く二本が面白くて、これはいけるかもって感じに思いました。人情派? ツンデレの極北? 『オトメ男子』については、語るほどに変態的になりそうなので自重。『笑って!外村さん』は、怖いと誤解されている女子もの。ある程度続くと理解者が出てきて、怖さがどんどんマイルドになっていって、なんだか可愛い人になってしまって — 、そういうパターンを辿るのか辿らないのか。いずれにしても、こうした前提を持つ漫画は、ヒロインのよさを知っているのは自分だけ、そうした気持ちを読者に起こさせやすく、そしてそうした特権を得ることでなおさら好きになるタイプの読者を獲得できれば、最初の足掛りをかためられるような気がします。『できる女には秘密がある』のヒロインは、たしかに美人だ。あの扉ゴマは素晴しい。弟を振り回すお姉さんものっぽいので、ある種の性癖を持った人には効きそうな気がします。ところで、私は引っ詰めピンどめのお嬢さんは結構嫌いじゃないんだ。だからどうしたって感じですが、連載されると結構地味に好きになる、そんな漫画なんではないかと思ってます。『まかないガール』は、ああしたタイプの冷蔵室は、必ず中から開けられるようになっているもので、なんていっちゃうのは無粋ですね。苦境においても、しれっとそれを受け流す、そんな面の皮の厚さ、動じなさが魅力になればよさそうだぞと思いますが、とりあえずタイトルを見るまで彼女がヒロイン、女の子とは気付きませんでした。たしかにマイって呼ばれているものなあ。工夫されたまかない料理が魅力的に表現されたら、それも持ち味、毎回の楽しみになりそうな気もしますが、まあそれは多分ないんだろうなあ。漫画本編よりも、どんな料理が描かれるのか、そちらの方が楽しみになっている、そんな漫画は実在します。

『プチタマ』は、先月はお母さんがたくさん出ていて嬉しかった。今月はちょっとだけ。この漫画は、たまりと仲良しのゆうたが、友だちの前では照れてしまう、そんなところも可愛くて、たまりの連なる高校女子の友人層と小学生男子、それぞれのよさがあって、気にいっています。今回は、「誰?」が面白かった。よくある話で、けれどそれを独特にしてしまう。たいそうよかったです。

『天然☆無農薬一家』、いくらなんでも自分家の鶏を食べるわけがなかろうって、じゃああれはペットなのか。きっと食用だと思ったんだけどな。『わさんぼん』はおじさんのきびしさがよろしいなあ。学校で教えられることなんて、はなっから期待していない。現場で通用するものは、現場で覚えさせる、そんなところがらしくていい。けど3年って数字は、大概昔はどこでもそんなだったらしいけど、草太が菓子作りに参加する日はくるんだろうか。洗いものから脱したとしても、次はひたすら下準備とか鍋のかきまぜとか、そんなんだったりするんだろうな。『木綿のえぷろん☆』、木綿さん… 好きです! 私はそうしたこと、わりと平気でいえちゃうタイプなので、信用されません。はきはきとして、お客さんとの距離も近いと感じられる、そんなヒロイン、木綿のキャラクターは見て読んでいて気持ちよく、そうした感じは漫画全体からも感じられて、すごく爽快な読後感が心地良いです。

『放課後のアインシュタイン』、もう大好き。理系女子だからじゃない。眼鏡だからでもない。ちょっとかわりものの先生と、先生に懐いている生徒と、その関係もなんだかよければ、皆のとりくむ理科の授業、クラブ活動のテーマ、もろもろ、とてもいい。雰囲気があるのだと思います。やわらかで優しげな雰囲気のなか、個性的な先生、生徒の立ち回る、そのやっていることがおかしい。飄々として、マイペースで、本当に理科が好きなんだなこの先生は、そんな感じが読んでて嬉しくさせてくれるのです。そうした気持ちの中には、昔親しんだ理科化学生物の知識、経験、楽しさもろもろが、懐しさとともに蘇えってくる、そんなノスタルジーめいたものもあるのかも知れません。小学中学高校と、授業、実験、観察、図鑑、学研の科学、ひみつシリーズ、などなど、好きだったものが思い出されて、そうした記憶の取り戻されるごとに、この漫画を好きになる気持ちも強くなっていく。そのように思われてなりません。

『あさかぜ君』の風船の、してやったりという表情と、納得できてるようには思われないター坊の表情と、こうしたネタはよいですね。不景気における春闘のわびしさは、社会においてもあるだろう、夢くらいは見たいものだという、そんな気分を反映させたか、そして勝手なおまけにその分給料をまけちゃう商店主、こういう話も嫌いじゃない。面白かったです。安堂友子の『生きてます日記』、すべてがそうとはいわないけれど、目次横の漫画には面白いものも多くて、ささやかな話、けどそのささやかな日常にもおかしみは溢れている、そうしたことを思い起こさせてくれるよさがあります。すごい ここまで違うとは。人でも鳥でも、一度生活のレベルが上がってしまったら、なかなか下げられないものだと思います。しかし、仕合せそうな鳥、その姿を見ているだけで心が豊かになりそうです。

そして『PEACH!!』。巻末に、必ず面白いと思える漫画のあることは、読み手にとって重要なことです。今月も面白かった。岩井のことが大好きすぎる広能の気持ちの浮き沈みは、もう常ならぬものがあって、可愛い娘っ子よのお。気分で開いたり閉じたりするというそれは、部活でやっている旅館ならではのナンセンスかも知れません。そういえば、ついさっきですが、工夫されたまかない料理が魅力的に表現されたら、それも持ち味、毎回の楽しみになりそうな気もしますなんていっていましたが、この漫画も料理の表現が魅力のひとつでありますね。けどただ料理が美味そうに描かれているだけではなくて、美味そうな料理がある、そこに理由や工夫がある、そしてそれをどうお客、というか岩井だな、に提供するか、広能のこだわってみせるところ、時にこだわりが空振りするところ、そうしたところが面白い。この人の漫画の必ず面白いというのは、絵の魅力があって、女の子の可愛いという魅力があって、登場人物の個性的なところ、キャラクターに魅力があって、そして見せ方に魅力があって、なんだよヲイ… オレ とんでもねえこと言っちゃったか…、狼狽する岩井も面白いけど、気を使う広能、武田、相原のかもす雰囲気がことさらに面白さを増さしめていて、こうしたところ、多様な魅力が相乗するところ、最高だと思います。ところで、この人の漫画って、女の人の一人称がオレであったりすることが多いのですが、その自然さがすごくよくって、大好きです。方言のよさなのか、自然体の勝利なのか。とにかく魅力的。身についている、そんな感じがすごくいいんですね。

  • 『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号)

引用

  • 植田まさし「おとぼけ課長」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),6頁。
  • 東屋めめ「すいーとるーむ?」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),30頁。
  • 安堂友子「天子様が来る!」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),32頁。
  • 宮原るり「みそララ」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),79頁。
  • 同前,82頁。
  • 筒井旭「天然☆無農薬一家」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),119頁。
  • 三国桃子「木綿のえぷろん☆」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),119頁。
  • 安堂友子「生きてます日記」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),194頁。
  • 川島よしお「PEACH!!」,『まんがタイム』第29巻第5号(2009年5月号),198頁。

2009年4月7日火曜日

おかあさんがいっしょ

 『ニッポンのワカ奥さま』が売れたんですかね。木村和昭のもうひとつの連載、『おかあさんがいっしょ』も単行本化されるとなって、これは実にいい感じであります。私は、最近の四コマ漫画も好きなのですが、オーソドックスなスタイルのものも同じく好きでありまして、だから木村和昭、とても気に入っているんですね。なにがいいといっても、シンプルでわかりやすいネタの取り回し。定番ネタの繰り返しをやるかと思えば、思いがけないナンセンスな笑いなんかも飛び出してきて、そのどれもがよく練られていて面白いとくるんだから、好きにならずにいられないってなものですよ。実力のある人っていうのはすごいなと思う。抜群に安定しているから、安心して身をまかせて読めるし、またそうしてゆったりと心を落ち着かせて読むからなんでしょうか、面白さもいっそう素直に伝わってくる、そんな風であるんですね。奇を衒うことなく、おそらくは誰が読んでも通じるだろう、そんな面白さを提供できるというのは、本当にすごいことであると思うのです。

今、芳文社で連載されている二本の漫画。『ニッポンのワカ奥さま』と『おかあさんがいっしょ』。そのどちらもが、夫婦ものというのもまた面白いことだと思います。前者は夫ひとり妻ひとり、後者は夫婦と姑の同居もの。前者は有能にして粋な奥さん、後者はぐーたらな奥さん。実に対照的、まったく違った個性が与えられて、それぞれに違った面白さが引き出されていると感じられます。

後者、すなわち『おかあさんがいっしょ』においては、タイトルにもあるように、おかあさんの存在が非常に大きいと感じられて、息子の妻みい子さんに張り合うようなところ、一般にあると伝えられる嫁姑の状況を描きながらも、実のところは妙に気があうところもあって、しかもそれが大いにあって、なんのかんのいって可愛がっている、そんな様子が見えるところがいいのです。それこそ、息子の玉男よりもみい子と一緒の方が楽しそうに思える。駄目だのなんだの口ではいいながらも、いないとさみしい、駄目なところも可愛い、そんな感じでありましてね、またみい子さんにしても、おかあさんに甘えているようなところがあって、なかなかにいいコンビであるのです。

けれど、連載の始まった当初は、少し状況が違っていたといいますか、ええと、みい子さんがやたら美人、いや今が美人じゃないとはいわない、いわないけれど、どんどん子供化しているというか、すましていれば美人だったのが、今やオールタイム自然体でリラックス。悪くいえば横着ですね。けど、それはそれだけ、あの家に馴染んでいるってことなのかも知れません。でもって、おかあさんも、当初はやけにぎすぎすした風であったのが、今ではどっしりとした風貌に。まあ、どちらも描き続けているうちにこなれたってことなんでしょうけど、そのこなれたって感じがですね、描いてこなれたってだけでなく、時間がふたりの仲をこなれさせたという感じもしないでもない。そうした、だんだんに変わっていく様子というのは、意図せざる面白さ、味わいを加えるものであったようにも思うのです。

このこなれていく感じというのは、おそらくは1巻に限ったお楽しみであろうかと思われて、それは1巻後半ではもうずいぶんとこなれてしまった、関係ができあがってしまったと感じさせるほどに安定してしまっているからなんですね。いや、2巻が出て、そのころの関係を見れば、またなにか思うところもあるのかも知れない。知れないんですが、でも1巻終盤の展開は、今の流れにばっちりと繋がる、それくらいにできあがっているんです。だから、初期の関係は妙に新鮮と感じられて、貴重だなあと思ったのでした。逆にいえば、そうしたぎすぎすとした雰囲気は、今となってはもはや希少も希少、あー、そんな関係であったっけかなあ、と、思い出そうにも思い出されないほどに薄れてしまっているってことなんですね。ほんと、おかあさんとみい子さん、いい関係を築いてしまっているのです。

2009年4月6日月曜日

プラチナ萬年筆 カーボンペン用カートリッジインク

 この土日はちょっと時間がとれたので、というか体調が悪かったり、寝違えなのか首がまわらなくなってしまったりして、練習どころではなかったっていうのが実際なのですが、しかし時間に余裕ができたのは事実。寝てしまいそうになる身を叱咤して、手紙なぞを認めたのでした。手紙、礼状であるのですが、以前から書こう書こうと思いながら、今の今まで延ばし延ばしにしてしまいまして、いや、これではいけない、これを機会だと一気に書きあげたのでした。しかし、手紙もなかなかいいものなのですよ。私は筆不精なわりには手紙好きでありまして、文机、引き出しには季節の柄の便箋、封筒、切手がストックされています。そして今、季節は春。まさしく桜の季節ではないかね。というわけで、とっておきの桜のレターセットを出してきたんですね。まあ、とっておきったって、桜だけで何種類も持ってるんですけど。けれど、何種類もある中から、どれにしようと選ぶのがまた楽しいものなんです。

さて、封筒端書の宛名を書く時には、水でにじまないインクを使いましょう。っていうのは、まさに以前、雨の日に端書の宛名が消えてですよ、すごく困ったことがあったんです。郵便局のお姉さんが電話してきてくださって、なぜってそれは懸賞の応募だったものですから、電話番号書いてあったんですね。それで宛先読み上げて、それがもう、なんというか、どきどき魔女神判2プレゼントときたものだ。いやあ、あんときは恥かしかった。というわけで、宛先書くときには、水で消えないペンを使いましょう。

宛先に使うペン、私の場合はカーボンインクと決めています。それはプラチナ万年筆のカーボンインク。カートリッジにて供給されるカーボンインクは、見事に真っ黒で、乾けば水などものともしない、抜群の耐久性を誇ります。水に強く、光に強く、退色することもなく、長期間の保存に耐える。そうした性質から、保存用文書に使う、にじんでは困るものに書く、あるいはスケッチなど、染料インクでは心許ない場面での活躍が期待できるのですね。

けれど、カーボンインクは万年筆で使うと詰まらせてしまうことがあるので、高価なペンに入れるのはためらわれます。なので、私はこれをプレピーに入れて、普段は絵を描く母に預けてあります。母には他に、極黒を入れたPelikano Juniorも使っていて、これは若干水ににじむとのこと。母はこれらをスケッチに使っているので、上から絵の具をのせる、その時に極黒だと濁る、プラチナはほとんどにじみが出ない、画風によって使いわけているそうです。また、手紙書いたりするときは、プラチナを使っているみたいです。

カーボンインクのいいところは、にじみにくいところ、といっていましたが、これは水に濡れてにじまないだけではなく、染料だとにじんでしまうような紙に書いても大丈夫という、そうしたところも心強いです。私の愛用する嵩山堂はし本の封筒に、どうしてもインクがにじんでしまうのがあるんですよ。裾があわく桜色に染められているのですが、そこに書かれた文字がぼやぼやとにじんでしまう。もう、困って困って、けれどカーボンインクだと平気でしてね、ああ、やっぱり和紙には墨なのだなあと思いましたよ。

和紙には墨の黒が似合って美しいというのはよくわかっているのですが、ペン字には青インクをあわせたいという趣味があるのもまた実際でして、なので私は同じくプラチナから出ている顔料ブルーに期待しているところです。これはまだボトルでしか売られていないようですが、もし今後カートリッジで出るようなことがあったら、絶対に買いますね。で、プレピーに入れる。今度プレピーに中字(0.5mm)が加わるという話ですから、そうなったら細字、中字、それぞれ持って使いますね。コンバータを使うという手もあるのかも知れませんけど、プレピーにコンバータは使いにくそうです。空カートリッジにストローで注入してPILOT ボーテックスで使うか? もしカートリッジが出ないようなら、空カートリッジで使うことを考えるのもありだなと思います。

と、こういった具合に、インクひとつで夢が広がっております。けど、顔料インクなんて持ったら、詰まらせないよう、つとめて手紙を書くようにしないといけなくなりそうです。

2009年4月5日日曜日

『まんがタウン』2009年5月号

『まんがタウン』の発売は毎月5日なのですが、今月5日は日曜日。そんなことから、一日前倒しでの発売です。といったわけで、『まんがタイムジャンボ』と同日発売となって、けれど四コマ漫画誌を買っているとこういうことは頻繁に起こります。別出版社のがかぶるどころか、同じ出版社から出ているものがかぶることもあって、来月なんかは連休があるものだから、『ホーム』と『ジャンボ』がぶつかりますね。さて、『まんがタウン』ですが、私の買っている四コマ誌のうち、これだけが別の出版社から出ているもので、双葉社ですね。あとはみんな芳文社。別に芳文社のファンだというわけではないのですが、結果的にそう思われても仕方がないような状況になってしまっています。

『そんな2人のMyホーム』は、おやじさんがひどいな。今回に限ったことじゃありませんけど。物語を進める際に少々シリアス、というか気重な展開になってしまっていて、早く問題が解決して、この状態から抜け出してほしいものだ、そんな気がします。

『だめよめにっき』は2色カラー。可愛いヨメ、可愛いツマコに、読んでる私もとにかくめろめろってなものですが、とりわけツマコが素晴しい。ツマコに関しては、3本で夫婦喧嘩の勃発から継続、収束までをきっちり描いて、そのまとまりのよさは特筆すべきものがあるかと思います。

『うちの大家族』は智佐のラジオにまつわる話。私も小学校から中学にかけてでしたっけ、ラジオ聞いていたものでした。KBS京都の『ハイヤングKYOTO』。月曜が日髙のり子、火曜が桂文珍、水曜がつボイノリオ、だったと思うんだけど、なんか調べるとちょっと記憶と食い違いがあって、よくわかんない。まあ、とにかくラジオ聞いていた時代があった、もう忘れかけていた、そんな時代を思い出してちょっと懐かしい。出した端書が読まれると、きっとそれだけでもうはまってしまうんでしょうね。私は端書を出したことがなかったから、その気持ちはわからないけど、勉強の合間の息抜きだったものが、いつしかそちらがメインになってしまう。そうした人はきっと多かったのでしょうね。

『中華なOLめいみん。』は好きな漫画なんだけど、コメントするのはむずかしい。そしてそれは『派遣戦士山田のり子』も同様に思います。あ、『山田のり子』定番のネタ、部長は山田のり子が大嫌いですが、あのあ行とわ行が聞こえない耳栓! ってのがどういうことかちょっとわかりませんでした。部長の台詞からあ行わ行を削ったりもしてみたんですが、それでもわかりませんでした。基本的にシンプルでわかりやすい漫画なので、こういうのはめずらしいように思います。

『天下無双!恋メガネ』は、連須君脱落? まあいいや。能力0ならどうがんばっても結果は0ですが、能力がマイナスなら、がんばるほどに損害が増えるような気がします。恋愛に限定するなら、天華さんの能力はマイナスなのではないか? だからこういう人は、がんばるのをやめると結果が出るのかも知れません。まあ、なにもしないでは、なにも出ないが相場でしょうけど。いやしぬいぐるみの豆おじさんは、なんだか妙に可愛くて、つよしの父など思い出します。

『OKAMI — おかみ』はいきなりのひどい展開に驚いて、いや、だって、プロポーズされるかなんかして、困って、なんだかんだあって、そんな風に進むのかと思っていたのが、それどころではなかった。でも、なんのかんのあって、ハッピーエンドに向かうんでしょうか。おかみに関してはハッピーエンドでもいいように思っています。

『70's 愛ライフ』は写真について。確かにうちにもカメラが一台あって、家族イベントなどあったときには、引っ張り出されて活躍していました。今ではデジカメ、携帯電話のカメラなど、随分身近になったと感じられるカメラですが、昔は貴重品で、また操作の簡単でない機械という印象があって、一種父親の威厳を演出するアイテムであったように思います。そうした状況が一気に変わったのは、写ルンですくらいからでしたかね。今では、道や広場で遊んでいる子供にカメラを向ければ、通報なぞされかねない、そんな時代でありますが、70年代80年代だと、むしろむこうから撮ってくれと寄ってくるような、またそうした子らを撮ったとしても、親からにらまれるということもなかったように思います。おおらかな時代でした。おおらかだけでは駄目なのかも知れないけれど、今の時代、そうしたおおらかさを懐かしく思うことはよくあります。

『ちはるさんの娘』、乳歯が話題になっていますが、私、乳歯が残っています。まれに、生えかわらない人っていうのがいるんです。出るはずだった永久歯は、顎の骨に吸収されてなくなるとか。制服の仕立てに関しては、以前も出てましたね。ああいう、きっちりとした服装の美しいシルエット描かせたら、この人はとてもうまいと思うのだけど、今回はボディに着せられたのしか出てきませんでした、残念。ロマンチストちはるさんと、現実派のちなつさんの対比が面白かったけれど、話の中心にあった娘さんの恋の行方はどうなるんだろう。今後描かれるのか、描かれないのか。描かれたらいいなあ。ちなつさんの予測のとおりと思ったりするんですが。

『光の大社員』の裃スーツですが、なんかこういうの見たことがある気がします。ロボット? アニメ? ちょっと思い出せませんが。忍者係長の懸念は、男子の寄り集まりでは女キャラ使いはさげすまれると決まってますから、友だち同士で遊ぶ時には係長が選ばれますよ、きっと。まあ、ひとりで遊ぶ時にはすずなを選ぶでしょうけど。3Dアクションのジャンプの難しさは確かにそのとおりで、『デュープリズム』では見え方の罠に苦しんだものでした。アクションとしては難しくないはずなのに、距離や位置関係が掴めないものだから、無闇に難度があがってしまっている場所がありまして。でも、サイドビューの2Dアクションは、見え方の罠はないかわりに、ぎりぎりを狙わせるような難しさがあったからなあ。今のぬるいゲームに慣れた身には、オールドゲームはことさら困難と感じられます。

『シスコなふたり』の姉のコンプレックスは、実際女性においては深いものであるようですね。以前、女性向けの漫画雑誌を買っていたとき、パッドやら吸引して大きく育てる器具やらの通販広告があって、これが少年誌ならブルワーカーだったり、おっさん向け雑誌だったらマカだったりするのかも知れませんね。しかし、人には好みというのがそれぞれにあるから、フラットでスムースでマイルドがいいっていう人は確実にあるわけで、だから金子みすずよろしく、みんなちがって、みんないいの精神でいくのがよいのだと思うのです。っていうけど、こと、この姉椎子においては、ターゲットの好みがそれと決まっている以上、多様性のうんぬんというような話ではないのですが。

『スペシャルお姑さま』は、ベタだけど、ベタだからこその面白さがあると思います。手先は器用でも心は不器用は、私においても大きなテーマのような気がします。私は器用貧乏、心は不器用といった具合でありますが。しかし、このお嫁さん、という表現は嫌いなんだけど、ここではそういわざるをえないからお嫁さん、いい人だなあ。こういう一途というか生真面目というか、ぎすぎすした気持ちを消してしまうような人柄はとてもいいと思っています。そして続く『田舎のトップモデル』もベタ枠なんだと思います。けど私はベタが好きなので、こういう漫画も好きです。でも、こういう漫画は面白いと思っても毎回毎回コメントするのは難しい、そんな風になるような気が非常にします。ところで、語尾にズラがつく方言ってほんとにあるんですか? 調べてみれば、あるのか。東海地方? たぶん、若いお嬢さんがそういうしゃべり方してたら、とても萌えるものがあると思う、きっと。方言は実際、魅力的なものであると思います。

『だらだら毎日のおでかけ日和』は東京の下町の商店街が舞台で、こういうのを見るといってみたくなるけれど、東京はあまりにも遠すぎます。鮎はちょっと食べてみたい。関西でも売ってるところはあるのかなあ。『節約家・カオルさん』は、白鳥さんがいい娘でなあ。カオルさん小清水くんにしても、トオル白鳥にしても、進展しそうでまったくしないという、まあカオルさんトオルの姉弟に問題があるんだけど、そうしたところが逆にいいと思っています。変に安定していて、その安定と感じられるところが気にいっています。『龍天寺夫妻の生活』、私はアンチということはないけれど、ケータイは持ってません。かける相手もいなければ、メールやりとりする相手もいない。そんな人間にケータイはそもそも不要なのであります。ちょっと悲しくなった。旅に出たい… イスタンブールに飛んで行きたい…。『三色だんご』、17歳のなでしこは、わりと好みかも知れない……。それは置いておいて、普通に読んで、なんか感慨深い、そんないい話でした。破壊的な行動のかげに情のしみじみと描かれるときがある。そしてそれが実にいい。今回はそんなめぐりの回だったようです。

『ほほかベーカリー』、可愛い店長は前回だけかと思っていたけれど、どうもそうではないようで、嬉しかったり、わくわくしたり。でも次回はもう通常営業なんだろうな。私は餃子は好きなので、たくさんあっても困らない口なので、餃子だらけのテーブルは別に平気、というか、むしろ嬉しいくらいかも知れません。ヒバリが鳴いてる、ひばりのおしゃべり、やめるはひるのつきといった春の風情が感じられます。『みねちゃんぷるー』は着せ替えで遊ぼうといった風情が感じられます。けれど、雅のかっちりとした服装、ああいうのは大変によいものです。でも、実際の話、こういうブラウス、セーター、ズボン、こういう組み合せでああも可愛くなるのはたいしたものだなあと思ったり。

  • 『まんがタウン』第10巻第5号(2009年5月号)

引用

  • たかの宗美「派遣戦士山田のり子」『まんがタウン』第10巻第5号(2009年5月号),57頁。
  • 山田まりお「三色だんご」『まんがタウン』第10巻第5号(2009年5月号),171頁。
  • ボマーン「ほほかベーカリー」『まんがタウン』第10巻第5号(2009年5月号),181頁。

2009年4月4日土曜日

『まんがタイムジャンボ』2009年5月号

毎月4日は『まんがタイムジャンボ』の発売日。なので、休日はひきこもりの私もコンビニに足を運んで、買ってきました『ジャンボ』2009年5月号。しかしこうして日中おもてに出ると、季節はもう春であるのだなあということを実感しないではおられませんね。桜が咲いている、コンビニのレジには新人と思しいお嬢さん。袋はいりません、ピタパで払います、というのがなかなか通じなくて困りました。でも、春のうきうきとどこか上の空で落ち着かない気分もじきに過ぎてしまいます。そう思えば、この春の気分も今だけのこととして、大切にしたくなってくるものですね。というか、毎年春になると私は体調が崩れてかなわないのですが……。まあそれはどうでもいい話。『ジャンボ』の表紙には菜の花畑がひろがって、かすかなるむぎぶえ、ひばりのおしゃべりといった風情にございます。

『あつむトイタウン』では、マスクヒーローについて、少しずつ設定があきらかになっていって、というか、モデルとなっている仮面ライダーですが、それぞれのヒーローに対応するライダーがいるんですか? 私はブラックRX以来見ていないので全然わからんのですが、666が555、天王は電王、あとはなに? で、調べてみたら、確かに対応してるんだ。すごいな。しかもデュプリケイドの設定もちゃんと元ネタを踏まえていて、驚きだわ。というか、その設定はかなり無茶と感じるのだけど、一般にはどううけとめられているんだろう。と、ラ、じゃないや、ヒーローばっかりじゃなくて漫画本編、再放送のありがたみについては確かにそのとおり。見たい番組を見たい時に見られるというのは、すごいことだと思います。というか、私にはレンタルやネットの配信という発想がないものだから、ちょっとしたカルチャーショックをうける一本でした。

『Boy’sたいむ』、状況が進みました。しかも、なかなかにいい感じにこんがらがりそうな三角関係が成立して、龍太郎は憧れの彼女に好かれるためにひろむを蹴落とさないといけないのだが、そうすると憧れの彼女からの評価もさがるという、うん、実にいい感じのわけのわからなさだ。置島のポジションもまた微妙で、ひろむに気のある女を排除するために龍太郎をけしかける、その行為が自らひろむを遠ざけることにつながるという、うん、いい感じにわけがわからない。しかし、ひろむに対するひろむの評価、気がきくし優しいし料理上手だし…。実際の話、ひろむのような男子を好む層は確実にあるように思います。私は料理が上手といわれますが(Wikipediaのアーリオ・オリオ・ペペロンチーノの写真、あれ作ったの私です。写真撮ってFlickrに公開したら、知らないうちに使われててびっくりしました)、気がきかないし優しくもないのでもてません。だから、粗雑な龍太郎、君もきっともてないと思うんだ。『Boy’sたいむ』はもしかしたら、ひろむと龍太郎のカップル成立で終わるのかも知れませんけど、そんな展開、おじさんは認めません。

『天使な小悪魔』の展開は、私の想像していたよりも酷いもので、蝶子さんに同情だ。きっと酷い目にあうんだろうなとは思ってたんですけどね、その予測があっても酷いなって思ったさ。ところで、ちょっと昔『ラブリー』に連載されていた漫画を思い出したりしたんですが、こういう人の気持ちを弄んで捨てる、しかも最初からゲーム感覚っていうの、ちょっとした定番展開みたいですね。定番で切り込んで、その収束をどのようにするのか。楽しみです。

『あおいちゃんとヤマトくん』、あの教授は実にいいキャラクターだなと、出てくるたびにそう思う。人の悪さを発揮して密やかに笑う、かっこいいじゃないか。で、蒔いた種は自分で刈り取ると。

『ますたぁDOG』は、だんだんに動きが出てきて、面白くなってきていると思います。可愛い勇ちゃんは前回だけかと思っていたけれど、どうもそうではないようで、嬉しかったり、残念だったり。それはそうと、うちもかくれ家的なBlogなので、お客さん、…きません。

『ひかるファンファーレ』は、黒田君の秘密がまたひとつ明らかになって、というか、母親の写真を持ち歩くにしても、高校の頃のをあえて選ぶというそこに、彼のなにか屈折した心理を見出したいと思う私は、どこか屈折しているのだと思います。けれど、そういうこじつけは楽しいもので、けれどここでは自重したいと思います。

『ちょー!えど幕末伝』、まずい、面白くなってきた……。いや、面白くて困ることはないんだけど、それにみずなともみはもともと好きですし。最初、この漫画が始まったころは、どうしたものかな、絵は可愛いしきらいじゃないけど、なんて思っていたのが、今ではもう面白い。というか、今回は特に面白かったように思います。しかし、ぺるりが可愛いなあ。

『なのはなフラワーズ』、私はこの漫画が好き。いや、モーリーが金髪だからじゃない。ヒロイン青ちゃんが眼鏡だからでもない。雰囲気がいいんです。人と人が関係するところにうまれる感情のさざめき、そいつが伝わってくるようで、もう大好き。で、今回。翔太はずいぶんとおっちょこちょいだな。気になる女性のために功をあせって、犯人逃がしそうになるってのは駄目だろう。駄目だけど、そんな駄目なところ、単純なところ、それがキャラクターの味なんだと思います。彼が今後も出てきて、憎めない人として定着したらよいなと思って、それからサンドラの意味深な一コマ — 。きっと今後に繋がっていくんだろうな。そういったわけで、私はサンドラを応援しています。

『白衣とリボン』、矩形波倶楽部とは懐かしい。けど、その含みには気付きませんでした。『あいにゆこう』、今はまだ以後の展開の準備期間なんだと思いますが、必要な要素がそろったら、どんな風に進んでいくんだろう。あんまり重くないといいな。『ボクの社長サマ』の花見から会議へ、会議から宴会への雪崩れ込み。こうした勢いはあろひろしらしいと感じさせてくれるもので、よかった。枠外のいやまずいだろそれはwというつっこみがなんか常識的すぎて意外で面白かった。『蝴蝶酒店の春祭』、後編でなんかいやな事実があきらかにされそうな予感がします。後編、楽しみにします。

『ハッピーカムカム』、女の子のコミュニティものなんだけれど、今回は生徒会長に焦点を合わせて、しかし、困った、かわいすぎる。副会長ポジションは、自分にとっては憧れともいえる位置で、しかし私のこの下僕志向はいったいなんなんだろう。私は女の子コミュニティものの漫画が好きで、だから当然『ハッピーカムカム』も好きなのですが、以前好きだった女の子コミュニティもの『くるくるコンチェルト』が終わった時、あれ? 私、少数派? そう思ったあの時に、なんとしても『ハッピーカムカム』は守り抜くぞと、これを最後の砦と思って支えると決めたのでした。実際、『ハッピーカムカム』は面白く、『ジャンボ』において楽しみにしている漫画の最上位層に入っている、そう思っているくらいです。

『ふかふか』も結構好きな漫画です。ひろくんが幼気で可愛いです。『乙姫各駅散歩』は、はたしてどんなおそろしいことが!? と思ってたけど、変わらず幸いさにあふれていて、ちょっと安心しました。けど、地上と時間の尺度が違う龍宮でもたもたしているのはまずくないのか? そんなことを思いながら、ひとり少し焦り気分です。乙姫の父親、なんかいいキャラクターだなあ。庭がぴかぴかじゃあ!! そうじ好きがまた到来じゃー!! って、どんなハイテンション!? 『江戸川スイートエージェンシー』、デリンジャーの威力については、自分の聞き及んだ話とちょっと違っているような。でも、まあ口径やらなんやらで、違うんでしょう。『ごちゃまぜMy Sister』は、こういう皆がまきこまれてなにか一緒にやるという話が好きなので楽しかった。けれど、髪が輪っかの娘さんが出なくて残念でしたね(っていうか、もしかして髪型かわってる?)。私は吉岡さんがいっぱい出たのでしあわせでした。

『虹色の食卓』は、コメントしないつもりだったのが、コメントしないではおられなかった。ポジティブどころじゃない、なんと表現したらよいかわからん、なんともいえない衝撃的ななにかを叩き込まれました。そもそもこの人の漫画に関しては度肝抜かれっぱなしで、私のはじめて買った『ジャンボ』においてもそうでした。なんか中国武術の稽古をつけられてる漫画のあまりの唐突さに目を丸くしたら、それが料理漫画だったというのでまた驚くというね。その感覚も懐かしい。

『ぼくらは魔法が使えない』は、かなり面白い、そう思っているのですが、その前にゲスト掲載されていたものはもっと面白かった。そのどちらも恋愛主軸の漫画。シビアで刺激的な恋愛模様をひねりを加えて描いて、それでもって思わずニヤリとさせる、そんな手腕は素晴しい。『子うさぎ月暦』は相も変わらず面白くて、テンポよく畳み込まれるサフォークの不幸に、もう笑いっぱなし。しかし、親方の写真には必ず一緒に写ろう…、なんてささやかな復讐! あまりのささやかさに、サフォークの人のよさがにじみでているようで、しかし親方、粋なはからいでした。『気分は上々』の大工さんたちのテキパキと動いて場を動かしていく、そのテンポが実にいい感じ。こういう仕事外のエピソードは、目先も変わって面白いので、たまにこうして描かれるとすごく嬉しく感じます。

『ただいま勉強中』は、可愛いといわれて頬あからめる妹が確かに可愛かった。しかし、伝説の姉なのか。こうして、描かれる人の範囲が広がることで、キャラクターの存在の確かさも増すと感じられて、大変によかったです。妹の笑顔の素敵であるところなどは、姉の素敵であるということを裏打ちします。

『狩人達の宴G』体験ルポ。このイベントについては、以前マイコミジャーナルでだったかなあ? 読んでちょっと知っていて、たしか肉もあったよな、なんて思ってたら、ちゃんと出てきました。しかし、この漫画を描いてるのが師走冬子だということに、最後のページになるまで気付かなかった。なんてこったい。

『ダブルパティシエール』は、この状況が次回どのように拾われるのだろう。けどまあ、実力社会ってのは、挫折と失敗と敗北の連続だから、これにくじけずお頑張りなさいよ、としかいえんような気もします。そうした厳しさにへこたれそうになりながらも、それでも好きで、離れがたくて、残る人がある。そうして残った人ってのが本物になっていくんだろうなと思います。だから、まあ、お頑張りなさいな。といいながら、そもそもこのかほという人は、そうした厳しさを受ける立場の人ではなかったような気がする。だから、なおさらショックを受けるいわれもないように思うんだけど、それをあえてこうしたということが、今後に繋がるなにかであるってことなのかも知れませんね。

  • 『まんがタイムジャンボ』第15巻第5号(2009年5月号)

引用

  • 藤凪かおる「Boy’sたいむ」,『まんがタイムジャンボ』第15巻第5号(2009年5月号),31頁。
  • あろひろし「ボクの社長サマ」,『まんがタイムジャンボ』第15巻第5号(2009年5月号),97頁。
  • 矢直ちなみ「乙姫各駅散歩」,『まんがタイムジャンボ』第15巻第5号(2009年5月号),126頁。
  • ナントカ「子うさぎ月暦」,『まんがタイムジャンボ』第15巻第5号(2009年5月号),169頁。

2009年4月3日金曜日

ビッグコミック×藤子・F・不二雄SF短編集

  世代世代、時代時代に、忘れることのできないヒーローってのがあるんだと思うんです。それは、架空の世界に活躍するヒーローであるかも知れないし、あるいは現実の、僕たちと同じ地平に生きている、そんなヒーローであるかも知れない。私にとっては、藤子不二雄でした。私が子供だった頃、両氏はまだコンビを解消していなくって、そして魅力的な作品を次から次へと生み出して、私にとってはじめての漫画となった『ドラえもん』。刷り込みでも起こさせたものか、もう大好きでしたね。当時を知らない人には、ちょっと想像ができないかも知れない。夜の七時台のテレビはみごとに藤子不二雄に占拠されていました。週の半分が藤子不二雄のアニメでした。藤子不二雄の名を関した番組まであった。80年代、それはまさに藤子不二雄にとっての黄金期であり、そして私にとっての豊穣の時代でありました。

藤子不二雄は、藤本弘と安孫子素雄のコンビでした。彼らは後にコンビを解消するのですが、前者は藤子・F・不二雄を名乗り、後者は藤子不二雄Aと名乗りました。それぞれに作風が違っていて、私はことFの漫画が好きでした。それは、やはり『ドラえもん』の刷り込みが効いていた。あるいは、こと子供向けであることを意識していたという、そうしたところが私にあっていたのでしょう。

以下は藤子不二雄と表記します。これは、やっぱり自分にとって一番しっくりくる呼び方だからで、本当なら藤子・F・不二雄、藤子不二雄A、きちんとすべきなんだろう、そうでないと両氏に失礼だ、そうは思うのですが、ちょっとわがままを許してください。

私が好きだった藤子不二雄。それは、限りないロマン。未来への可能性を夢見、人の可能性を信じた。そうした氏の世界観は、私の心の奥底に、しっかりと刻み込まれています。未知に憧れ、夢を語り、人間の善性を信じようとする。そうしたメッセージは氏の作品からも容易に感じとれることでしょう。しかし氏は、人間の危うさも同時によくわかっていた。科学の成果に対し、進歩というものに対し、盲目的な賛辞を送るような人ではありませんでした。科学技術の素晴しさが語られる反面、それは恐ろしい結果をも生みかねない、まさしく諸刃の剣であるのだぞ、そうしたことも語った人でした。人間の両面性が常に意識されていたように思います。技術には善悪がない。その使い方に善悪があるのだ。善にも悪にもなりうる技術、そのなりゆきは、私たちの人間性にゆだねられているのだと、子供向けのはずの漫画で、まじめに、真っ向から、伝えようとした人であったのですね。

先日、書店にて藤子不二雄のSF短編集を見付けて買ってしまいました。以前から読みたい、欲しいと思っていながら、持ってなかったのですね。それは、いつでも買えるという安心感や、なんか所有してしまうと駄目なような、なにかが終わってしまうような、そんな気がして、おいそれと手を出せないでいた。それから、多様に展開されていたSF短編です。なにを買ったらいいものか、見通しをたてることができずにいたという理由もあったのでしょう。だから、今度の購入は、ちょっとした冒険だったのです。私にとってはね。

収録されているのは、『ビッグコミック』に掲載された短編です。是非また読みたいと思っていた『ミノタウロスの皿』が収録されていました。けど、『ひとりぼっちの宇宙戦争』は入ってないのか。ちょっと残念。ということで、私の旅は終わらない。ちょっと安心したようにも思います。と、これは余談でした。

掲載誌の対象年齢の高さでしょう。ここには、子供向けの藤子不二雄が見せない側面も存在していました。人間の持つ不合理性、悪徳、出口のない迷い、郷愁、後悔、人生の苦さなどというものがたっぷりと含まれて、侘しさや切なさに泣き笑いのようになってしまったり、またそうした側面を打破しようとする健全に胸を打たれたり、もう読んでいて本当に心が気持ちが忙しい。これらの短編は、主に70年代80年代に描かれたもので、だからもう二十年三十年という年月がたっているのですが、だというのに、その時の隔たりを感じさせない鮮やかさ、輝きを今もなお変わらず保っていて、そこに藤子不二雄の凄まじさというものをまざまざと見るように思います。

私の生まれた年に描かれた漫画なんてのがある、私の生まれる前に発表されたのもある。しかしそれらが私の生きている今を貫かんばかりの現在性を持って迫ってくるのだからたまりません。それは私たちの抱える問題なんてものは、昔から変わらずあり続けていたんだということを示しているのかも知れません。結局人なんてちっとも変わりゃしないんだ。そういうことかも知れません。けれど事実は、人間の中にある、人の社会に変わらずあり続ける、普遍的なものを藤子不二雄がえぐっているということなのです。彼は無類のロマンチストで、その想像する力は並々ならぬものがあったわけだけれど、そこには同時にシビアな判断力、冷徹な視線が常に同居していたのだということもわかります。彼の描くユートピアは、ただの楽園ではありえない。理想が裏切られるということをわかっている。しかし、ただのディストピアにもなりえない。人の苦難を越えて進むことができる力を信じている。そうした両面のせめぎあうところを見つめていた人だったのでしょうね。

藤子不二雄は今もなお色褪せず、私にとってのヒーローであり続けている。そうした思いを再び新たにすることができたように思います。それは、ただの郷愁じゃない。読み、触れるたびに蘇えってくる、氏の精神の前に私の心がざわめいて、穏かではいられなくなるのです。青年の精神の不屈であろうとするように、強く、伸びやかである精神は、傷付きやすく、センチメンタルでもあって、しかし怖れに縮こまっているような意気地なしではないぞ。たかぶり、でも時にへこたれて、しかしくじけず再び歩み出す。わたしもそのようなものでありたい! そういう気持ちの湧いてくるその源には、私の心の奥に刻まれ、今もなお息衝くヒーローのメッセージがあります。そしてそのヒーローとは、藤子先生、これからも変わることなくあなたです。

2009年4月2日木曜日

『まんがホーム』2009年5月号

『まんがタイムきらら』三誌の感想を書いてみて、やってできないものでもないなあと思ったものだから、ちょっとその範囲を拡大させてみようかと思ったのでした。だったら、月の最初に出る四コマ漫画誌『まんがホーム』からはじめてみようか。ちょうど新年度もはじまったところできりがいいよね。ってわけで、きらら系列以外にも手を広げることにしたわけですが、これ、買ってる雑誌を全部扱おうとしたらもう大変です。だって、めちゃくちゃ出てるんだ。ホーム、ジャンボ、タイム、ラブリー、ファミリー、スペシャル、オリジナルってところですか? 私の場合、これにタウンが加わって、8誌。きらら系足して11誌。フォワード含めたら12誌。タイムはまんがタイムコミックスの発売日とバッティングしてるし、KRコミックスとはオリジナルがバッティングする。無理だな。うん、無理です。なので、気が向いたら。他に書くことが見付からない場合にかぎって雑誌を扱うことにしたいと思います。

と、冒頭でいつも本題に関係ない話を書くのは、これがネタばれ緩衝地帯も兼ねているからです。これより先は、ネタばれ飛び交う最前線、油断は命取りです。どうぞ未読の方はお気を付けください。

『まんがホーム』には、共感度の極めて高い連載があります。それはなにかといいますと、佐波まおの『物持ちがいいにも程がある』。ああ、ああ、あるある、あったあった。毎回そうした感想の出てくる、そんな漫画、というかエッセイです。今回のテーマは文房具。私は基本的にものを捨てない人間なので、カンペンケースやゲームの下じきも探せばちゃんと出てきます。しかも、その当時の状況がそのまま保存されていたりしましてね、けど、さすがに小学校時代の筆箱は残っていません。中学高校で使っていたものは、友人から貰ったカンペンで、迷彩塗装されていたものだから、気を抜くと周囲に紛れこんで見付からなくなるんですね、嘘ですけど。大学では、最初はカンペンだったかも知れないけど、途中からミスドクラブのポーチになって、そしてシステム手帳にさした万年筆に落ち着きます。消しゴムなんていらない。間違っても気にしない。のはいいとして、テストではどうしてたんだろう。さすがに鉛筆を使ってたと思うんだけどな。ミスドクラブか?

さて、漫画にうつりましては、『さくらんぼ。』に出てきたホステスさん、なんだかすごく気さくそうで、それに可愛い人だったなあ。きっと田舎からひとりで出てきて苦労したりしてるんだろうな。いや、高校のころの話からすると、田舎からは出てきてないのか。しかし、嫌な客が一発へこまされるところはなかなかの爽快感で、あのねっとりとした視線やら口調やらは、その一発のための布石だったんだねえ。思わずにやりとする、そんな一本でした。

『天子様が来る!』に出てきた惑星ニコチン(仮称)。実際、惑星レベルで住み分けができたら、双方平和であるのになあ、などと思ったり。私は煙草の煙が駄目なんですよ。のどが萎縮するのか、声が出なくなることさえあって、しかしやめられない人はやめられないみたいだし、それに煙草が合法であるかぎり、一方的にやめろともいえない。住み分けが一番いいんですが、関東では昨日からJRが全面禁煙ですか? 関西ではそんな風にはおそらくならない。本当、神奈川あたりがうらやましいです。って、これは漫画の感想じゃないな。正座している、眼鏡の女性が可愛かったです。って、またこのパターンか。

『てんたま。』がまさかの展開。あの人は、あの人はレギュラーになるのですか!? でも、毎回でてくるとバランスが崩れるような気がする。そんな強烈な個性に魅了されました。なお、2009年4月2日現在、Googleで「少年」「ノベルズ」「愛」をキーワードにして検索すると、トップが『花嫁は貴族の愛に奪われる』、次点が『ANGEL ― 見えない罪に少年は愛を捧げる』でした。あと、『マフィアの真摯な熔愛』なんてのも出た。実にいい感じです。

『ヨメけん — お嫁さん研究クラブ』では、どこかで見たような人たち、名前が散見されて、けれど本編も面白かった。本編はスタンダードなネタの数々が、『ヨメけん』らしいと思わせるシンプルさ素直さでもって組まれて、先月みたいな深く物思わせるようなものもいいですが、今月のようなスタイルもよいものです。あんたをビンタする、あー……夢中だったからは名言として記憶に留めたく思います。で、いつか使う。

『おかあさんがいっしょ』。実はうち、夕食がすき焼きだったんです。ちょっといい肉で、あぶらが濃厚にのってましてね、ええと、おなかこわしました。冒頭の肉、あれは私には無理。あの戦場では、きっと生き残ることはできません。あ、単行本は買います。

『お江戸とてシャン』は、好きな漫画です。江戸の火消し虎吉をめぐる恋の情景を描いて、今は過去編。きっと悲しい結末のくるとわかっているのだけれども、それだけに今の仕合せに夢を見たくなる。このところの数回は、まさにそうした思いにさせてくれるような流れにあって、そして、もしかしたら、今がふたりにとって最高に仕合せな時なのかも知れない。実際の話、すごくいい話、すごくしみる漫画であるのですが、むくわれないのはなぜですか。

『はなたま』はヒロインの眼鏡が好き。この人の描く絵の魅力的なことったらないです。『ちまさんちの小箱』、今回はしっとりと落ち着いた風で、あの小さな世界が作りあげられるところ、布のくだりなんてのもね、ちょっとわくわくさせてくれたりして、よかったです。うちは母が洋裁をしていたから、布屋さんとかつれられてよくいってたんです。そうした昔のこと、布のたてる匂いさえ思い出されるようで懐しい。

『ふぁみにゅ?』は、はじまった当初はどうしたものかと思ったものだけれど、今はもう素直に楽しんで、ちょっとナンセンス、ちょっとほろりとすることもあって、いい漫画。最近は、息子役きいろの恋をめぐって話が動いていますが、たしかになでしこさんは魅力的、彼はいい趣味をしておりますな。しかし、きいろ君はまだ幼なささえ残す若さ、対してなでしこさんは職業婦人であるわけで、この差を埋めるにはそうとう頑張らないといかんのではないか? 家族として、弟であるかのように応援されているうちは追い付けない、その上へたすりゃ横からかっさらわれることもあるわけで、だとしたら彼のすることは、悠長に自分を鍛えることよりも、なでしこさんを囲う防壁を築くことなのではないか。などと思う私はずいぶんと汚ない大人になってしまったものだ。きいろ君は素直なままでいてください。

『OHでりしゃす!!』は、回を重ねるごとに面白みも増しているように思います。自分が馴染んだだけ? お菓子の、食べ物のエピソード、まつわる知識を紹介するような漫画ですが、よりより、よりより、なによりの畳み掛けはちょっと面白かった。話の組み立てうんぬんよりも、キャラクター含め、そのかもし出される雰囲気に親しめるなら、きっと楽しい。そんな風に思います。といった具合に親しんできてるのかな。ほかには、思いのほか硬くて、のくだりもよかったけど、今冷静に読むと、具体的にどう面白いと思ったか説明できなさそうで、ちょっと困っています。考えるよりも、感じて読む。のって読む。そうするのがきっとよさそうです。この漫画で使われてる関西弁が好きだけど、違和感がないといえば嘘になる。自分の育った圏域からはずれた地域の言葉なのかな? 関西弁とひとくちにいいますが、決して一色ではないんですよ。まあ、たぬきの話からしても、あの子の使ったはるんは京都のことばやないでしょうけどね。

『トリもち』、好きです。鳥が好きなんです。けど、最近は鳥の漫画が少なくなって、だからこそ応援したいです。今回のエピソードはいい話。私はしゃべる鳥を飼ったことがないから、こういう発想はついぞ持ったことがなく、不意をつかれたようでした。

『カフェDEびじん』は、毎回低コストで気のきいた一品を作ろうという漫画。結構嫌いじゃないんです。作者も、その作風も嫌いじゃない。だから、これは作者が、漫画がというのではなく、一般に流布されているイメージについての文句なのですが、不況だからぜいたく厳禁という考えは、もうほんと、勘弁してください。お金を持ってない人が節約するのはいいんです。だって、振ろうにも袖がないんだもの。けど、お金を持っている人が使ってくれないことには、物が売れず、そのため企業は生産を縮小し、経済は停滞、結果まわりまわって末端の消費者である私たちの雇用や賃金の悪化を招くんです。もう昨年のことになりましたが、金融危機だとなって、不況となって、縮小しつつある経済状況を前に、なんとかして消費を拡大し、これを支えなければならない、そんな局面であったというのに、賢い節約術といったような愚かな特集組んでるやつらがいた。もう、なに考えてやがるんだと思った。破滅に向かいたいのかよ。私は自分のできる範囲で、破綻しない範囲での消費拡大を実施して、けどメディアが消費を縮小させましょうと煽ってんだから、もう打つ手はないやね。浸水している船にあって、修繕するでもなく、水掻き出すでもなく、なんとか船の沈まないようにしようとしている人間の足を引くような連中と一緒に私は沈んでいくのか……。あんたらをビンタする。このまま死んだら化けて出てやるからな、と思っても、恨むべき連中も一緒に水の底だよ。なんだかなあ。定額給付金がどんと十二万も出たらベースを買うんだがなあ。とにかく、打つ手、打てる手を考えない人は、せめて足を引っぱらないようにして欲しい。

話がそれた……。もう、終わりにします……。

うちの姪もかなり可愛い方だと思っているのですが、あやちゃんはもっと可愛い。そういっているのですが、家族は同意してくれません。彼らは目が曇ってるんだ、そうに違いありません。

  • 『まんがホーム』第23巻第5号(2009年5月号)

引用

  • ほへと丸「ヨメけん — お嫁さん研究クラブ」,『まんがホーム』第23巻第5号(2009年5月号),71頁。
  • 同前,74頁。

2009年4月1日水曜日

ちびでびっ!

  ずっと楽しみにしてきました漫画『ちびでびっ!』が終わってしまいまして、最終巻もめでたく発行されまして、なんかふと一息をついた、そんな気分になってしまっています。いやね、本当になにを書いたものかわからない。好きだったんですよ。『まんがタイムきららキャラット』に連載されていた漫画でした。ものごとはすべてひとつところには留まらないもので、それは漫画雑誌においても同様、刻々とその時々の時代の好みをうけて変化していくものでありますが、そうしたなか、以前の雰囲気を残す漫画が終わり、また終わり、その都度私はふうっと息をついてきたように思います。そして『ちびでびっ!』。時代が変わっていきます。もちろん今の時代を悲しむつもりはなくて、今の誌面、連載も好きなのだけれど、あの頃の誌面も好きだった。その好きだったという時代には、『ちびでびっ!』が確かにあったのですね。

私がこの漫画を好きだったのは、ヒロインのいい人っぷり、そしてまわりをかためる人たちの可愛くもひどい性格。それらがうまくかみあって、ひどくなりすぎず、けれど甘くなりすぎず、そのバランスが私の好みにあっていたからなのだと思うのです。よくも悪くも、みんな自由な気風を持っていて、その自由さが好きでした。それぞれに好きななにか、誰かがあって、その前ではすごく従順だったり健気に振る舞ったりしているのに、いざ場を離れるとすごく普通の対応だったりする、その妙にシビアというかクールというか、そういうところも好きでした。ヒロインリョウと、リリィに恋い焦がれながらもどうにも相手にされていない店長のコンビ、その侘しさあふれる掛け合いなんか最高に好きでしたよ。…あったんだ! から…まさか君も! の流れなんて、きっと一生忘れない。恋愛の思惑の、いろいろと裏で盛り上がったりしているところが、そしてその思いがむくわれることはきっとないんだろうなというところが、好きでした。いや、むくわれない恋が好きなわけじゃないんです。でも、この漫画におけるむくわれない恋に関しては、なんだかいいなと思えるところが多くって、それは何人かいる恋の主体、その人たちのタフなところ、そうした性質ゆえであったのかも知れません。

性質、つまりはキャラクター、その個性が好きだった、ということなんでしょうね。嫉妬深い人があっても、というか多かったよな、その嫉妬深さを不快と思ったことはありませんでした。ひどい人がいても、これも多かったよな、むしろそのひどさは魅力であったと思っています。リリィの店長にたいする扱いなどは、もう下僕と明言するほどであったというのに、その利用するための手口さえ魅力。宿題をその日のうちに終わらせるにはどういえばいいか、もうひとり手伝いを増やすにはどういえばいいか、その言動のうまさ。見事だったと思っています。けれど、そのうまさ、確かさは、ひどく身勝手であるにもかかわらず、やっぱり魅力でした。下手に描けば不愉快と感じさせてしまいかねない、そうした振る舞いであるのに、そうとは思わせない。面白かったし、むしろそうでなけりゃと思うほど。こうした感想に、この漫画のよさ、あるいは私との相性が感じとれる、そんな風に思うのですね。

そして、ラストについても触れておきたい。この漫画のラスト、一旦別れを描いて、そして帰ってくる。そこで描かれなかったプロセス。それが実にらしくてよかったのでした。そのらしさとは、登場人物、ここではリリィのタフさ、まっすぐで自由な彼女の気風でありましょう。自分の思いを通じさせるために、現実的な解法を持ち出して、解決してしまった。最後の数回をついやして、別れの光景をこれでもかと描いて、それは感情の機微の溢れんばかりの豊かさ。そうだ、私はこの人の描く感情の揺れ動きが好きなんだ。そう実感させるものがありました。別れは言わぬ またなリョー! 不意の穏やかな笑顔にどきりとさせられて、ああいい漫画だった、そう思った。そして、次のページの急展開。最初はそのあんまりさに苦笑して、けれどそれはあんまりなんかじゃないのですね。そうなるように働きかけた誰かがあって、それは数回をかけて積み上げられた感情を、さらに積み上げ、そして乗り越えるかのような、そういうものであったのですね。タフで、まっすぐで、自由で、気ままで、身勝手で、そして愛おしくさえ思わせるような心の揺れがあって、そうした気持ちいっぱいがたしかに手渡されたと感じられて、ああ、やっぱり好きだな — 。

私にとって『ちびでびっ!』は、そうした漫画であったのでした。

  • 寺本薫『ちびでびっ!』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2006年。
  • 寺本薫『ちびでびっ!』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2007年。
  • 寺本薫『ちびでびっ!』第3巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2009年。

引用

  • 寺本薫『ちびでびっ!』第2巻 (東京:芳文社,2007年),44頁。
  • 寺本薫『ちびでびっ!』第3巻 (東京:芳文社,2009年),116頁。