表紙を見たときの感想は忘れもしません。うわっ、彩度低っ。白地バックの画面両端に配置されたタイトルは、あくまでデザイン優先、可読性は押さえられ、背景に引っ込んでしまっています。表紙で一番目立つ位置、すなわち画面中央を陣取るアリスにしても、これでもかの黒仕様。めっちゃくちゃ彩度の低い、極限まで色味の押さえられた衣装は、それこそ濃淡の美の世界。そして、これが白背景に映えるのですよ。って、当たり前ですが。なんてったって極端なハイコントラストですもの。むしろ攻撃的といっていいくらいの印象をふりまいて、そしてそれはアリスも同様です。傘のうちから肩越しに見返るその雰囲気も婉然として、金髪ツインテール、大きな黒リボン、クマも濃いつり目に覗く虹彩は赤! そう、赤がこの彩度の低い表紙において非常に効果的であるのです。タイトル一文字目の赤は背景に追いやられたタイトルに注意を向かわせ、アリスの目は射すくめるかのような熱を帯びてこちらに向かってきます。いや、それにしてもいい表紙だわ。私が無類のハイコントラスト好きであることをさっ引いたとしても、売り場にて目を引くことにかけてはなかなかのものでありました。ただこのインパクトの強さが、四コマ漫画を好む読者にどう働き掛けるかなんですが、 — いい方向に向かわしてくれたら嬉しいなあって思うんですが、このへん実際どうでしょう。
さてさて、思わず表紙について熱くしゃべってしまったわけですが、中身もなかなかに悪くない漫画なのですよ。ヒロインは二人、吸血鬼を自称するアリスに敏腕探偵助手を自称するショコラ。この二人、われ鍋にとじ蓋というか、実にいい塩梅のコンビでありまして、アリスとラブラブのハードボイルド神父や生活力とやる気に欠けた探偵所所長を加えての、ナンセンスなコメディが実に楽しいわけですよ。
この楽しさ、面白さは一体なにに起因するのだろう。そんなことを考えてみたのですが、やっぱりそれはアリスの可愛さなんじゃないかと。正直、この漫画が始まったとき、クマも濃厚なきつめヒロインを好きになれるものだろうかなんて思ったものでしたが(私は、一部のロリィタの人が施すクマメイクをいいと思ったことがありません)、連載を追っていくうちに、なんてこともなく受け入れてしまっていました。して、それは一体どうしてなんだろうと考えてみれば、それはいわゆるギャップによる効果が働いたゆえなのではないかと思うのです。
アリス、わがままで尊大な自称吸血鬼。けれどそんな彼女は意外に親切で、家庭的で、有能で、怖がりの甘えん坊で、神父様大好きの、吸血鬼らしからぬ吸血鬼であるのです。この漫画においては、一事が万事そうだと思ってよいと思うのですが、いわゆるパターン、基本的なお約束を反故にすることで生まれる面白さが支配的です。アリスは日差しを苦にすることもなく、十字架もにんにくも平気の平左で、あ、でも心臓に杭を打たれると…死ぬ
のかな。ともあれ、そんなことで灰になる生物なんているわけない
と、劇中世界にファンタジー設定を持ち込んだ張本人からがこうなんです。こんな具合に、約束事を常識で打ち消していく面白さ、そしてファンタジー設定を思い込みか、妄想かと辛辣に否定していく運びもあって、この漫画はそうでないようなふりをしながら、基本、普通の世界の法則に従っているようであるんです。
けど面白さの肝はそれだけで終わるわけではなくて、ハードボイルド神父が吐く、比喩によって過剰に装飾された台詞、これがまたナンセンスで、なにがいいたいのかさっぱりわかんねえよ! ベタはベタで、やり過ぎなほどに追求して、ナンセンスなギャグにしてしまうわけですよ。こうしてこの漫画は、お約束に対しては冷静な突っ込み、常識でもって対処して、方やベタはそのベタが転げ落ちるほどに多用、追求して、こうして生み出されるアンバランスを、崩れないぎりぎりのバランスで見せるんです。
魚眼レンズ通したように歪まされた背景、わざと傾けられる水平、西洋に感じさせて実はまんま日本という舞台、そして癖のある描線で描き出される登場人物たち、そうしたもろもろが安定を破壊する方向に向かいながら不思議と調和しているのが味だなあと。そして私はこの不思議なナンセンス世界がなんだか変に好きなのです。だから、この面白さを共有してくれる人が増えると嬉しいなあなんてそんなことを思っています。それから、実は、この記事の締めくくりは、神父様ばりのよくわからんハードボイルドぜりふで決めようと思っていたんですが、私にはその手のセンスがなかったようで、それがひとえに残念です。
蛇足
ショコラも可愛いけれど、やっぱり一番はアリスでなくって? いや、それにしてもいい表紙だわ。要素を絞り、引き締められた表紙。正直、帯のあおりが邪魔でした。彩度のコントラスト、赤に捉えられた視線は傘の柄を通じてアリスの表情に導かれて、本当にいい表紙です。けど、明度差がきつすぎるから、長時間見てると目がチカチカするんですよね。疲れ目の私にはちとつらく、そんな理由で長く見ていられないのが残念です。
- コバヤシテツヤ『二丁目路地裏探偵奇譚』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2007年。
- 以下続刊
引用
- ととねみぎ「ねこきっさ」,『まんがタイムきらら』第5巻第10号(2007年10月号),105頁。
- コバヤシテツヤ『二丁目路地裏探偵奇譚』第1巻 (東京:芳文社,2007年),12頁。
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