2004年9月30日木曜日

ブレーメンII

  川原泉は、私にとっての弱点みたいなものです。素朴でシンプルで淡々とした漫画なんだけれども、読むときっと泣くんです。花ゆめ時代の名作『笑う大天使』はいうに及ばず(特に第三巻が利くんです)、長編にせよ短編にせよ、心にしみる名作ぞろいで、川原は私の急所です。

もし無人島にひとつだけなにか持っていけるならなにを選ぶかという陳腐な問いがありますが、私は迷わず川原から一冊を選びます。

ブレーメン IIが始まったとき、川原のSF好きは知っていましたが、正直あんまりだなと思いました。なんだか雰囲気が固くなって、昔のような奔放さがなくなった。内向きに閉じこもったみたいな意固地さみたいなのを感じたのでした。ところが、今日最終巻を読んで感動の嵐。いやこの感情は五巻だけのものでなく、これまで読んできた途中巻においても同じでした。川原はSFに寓意を持ち込んで、物語を全人類的な大きさにまで広げて、しかもつつましやかにそれを閉じたのです。

だから私はここに川原を見誤っていたと告白せざるを得ません。私は、私の意固地な評価でもって川原を過去の人と決めつけて、色眼鏡を掛けて読みはじめていた。けれど、そうした意地悪な目、冷たい心で対したというのに、川原の物語はするりと滑り込んでくるように私の心の深くに通って、私は、昔あれほど偏見は自分の料簡を狭くすると思い知ったつもりだったのに、いまだかたくなであった自分を恥じます。

川原の旧作が個々人の仕合せと生き方を描いていたのだとしたら、ブレーメン IIは個々人の仕合せを超えて種や思想、信条を超えた普遍の仕合せに思い至らせるまでに深まっています。

ブレーメン IIはSFにして寓話にして、不変の価値を持つマスターピースです。世界に問うて恥じないものと私は信じます。

  • 川原泉「アンドロイドはミスティー・ブルーの夢を見るか?」『空の食欲魔人』(Jets comics)白泉社,1994年。
  • 川原泉『ブレーメン II』第1巻 (Jets comics)白泉社,2000年。
  • 川原泉『ブレーメン II』第2巻 (Jets comics)白泉社,2001年。
  • 川原泉『ブレーメン II』第3巻 (Jets comics)白泉社,2002年。
  • 川原泉『ブレーメン II』第4巻 (Jets comics)白泉社,2002年。
  • 川原泉『ブレーメン II』第5巻 (Jets comics)白泉社,2004年。

2004年9月29日水曜日

進化するGoogle

Googleはその検索性の高さとキャッシュによって、まさに一世を風靡している検索サービスですが、日々バージョンアップがはかられていてすごいですね。

計算できるのは知ってますか? Googleの検索フィールドに数式をいれると、計算してくれるんですよ。結構高度な計算もやってくれますよ。

さて、本日の驚きはそれではなくって、残念ながら日本人にはあんまりメリットのないものでもあるんですが、なんとGoogleは翻訳もしてくれるようになってくれました。ちょっと驚き。

この機能を使うには、例えば英語版Googleとかフランス語版Googleとかから検索しないと駄目なんですが、検索結果のページの名前の右側にTranslate this pageと書いてある場合があるんです。このテキストが翻訳サービスへのリンクになっていまして、検索結果のページを機械翻訳してくれるという仕組みになっています。

英語、フランス語、ドイツ語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語が対象言語になってまして、相互翻訳可能のようです。翻訳結果も意外やしっかりしたもので、これはちょっといい感じかも知れませんよ。

三年坂

 若い人はご存じないでしょう。さだまさしは昔、吉田政美と一緒にグレープというフォーク・デュオを組んで、一世を風靡しました。まさにアイドルそのものとしか表現しようのない人気でして、若い娘さんたちはさださんの魅惑のぼそぼそしゃべりに黄色い声をあげたのです。

そんなの信じられない、嘘だと思うなら、このアルバムを聴いてご覧なさいな。三年坂、1975年に中野サンプラザで行なわれたグレープの解散コンサートの記録です。

グレープというのは、本当にいいグループだったんだなというのがよく分かります。歌が本当にいい。このライブでも歌われている「精霊流し」は、一躍グレープをスターダムに押し上げた名曲で、今もさだまさしの代表曲として歌い続けられていますし、ご存じの方も多いでしょう。こうした、今も歌われて、それでちっとも色あせることがない曲が、レコード二枚にぎっしり収まっています。ああ、これは人気があって当然だと思いますよ。

グレープはフォーク・デュオということはいいましたが、このアルバムでは服部克久によるオーケストレーションが加わって、壮大にけれど繊細にグレープの世界が広がっていきます。さださんのしゃべりには時代が感じられ、しかし歌は時代を超えてしまって、この人たちはひとつの時代を作り上げたという証拠みたいな盤ですよ。

2004年9月28日火曜日

RSSのDTD

昨日、Blogにおける文字参照(エンティティ)において、RSSでは文書型宣言をしないようだといっておりましたが、詳細が判明。端的にいいますと、バージョン0.9/0.91には文書型定義(DTD)がありますが、1.0以降にはありません。

RSS 0.9の文書型定義ネットスケープ社によって公開されています。

RSS 0.9 DTD

RSS 0.91 DTD

RSS 1.0以降に文書型定義が用意されていないというのは、まず以下を見てください。

Note: Since RSS 1.0 does not require a DTD, be sure to include inline declarations of entities used aside from the aforementioned five. The following DTD fragments are very useful as a source of HTML-compatible entities.

RDF Site Summary (RSS) 1.0

これを読みますと、RSS 1.0にはDTDが必要ないことが分かります。また、同様に昨日いっていました文字参照についても触れられていて、XHTMLのDTDから文字参照の部分を利用するのが便利だというようなことをいっています。

これを受けて、このBlogツール[旧お試しBlog]が生成するRSSをよく見てみると、XHTMLのLatin1の文字参照の定義だけRSS v1.0に限って組み込まれていて、つまりこのBlogツールが生成するRSS 1.0では文字実体参照を使えるということなんですね。

けれど、このBlogツール[旧お試しBlog]が生成するRSS v2.0ではそういう配慮がされていないので、結局数値文字参照を使うしかなくて、RSS 1.0での工夫がまったく意味をなしておりません。中途半端です。

さて、数値文字参照を使うしかないことはわかりました。ですがもう一点問題がありまして、それは'の扱いです。

私は、このBlogツール[旧お試しBlog]が生成するHTMLはXHTML 1.0 Transitionalだと思い込んでいたのですが、違いましてHTML 4.01 Transitionalだったんですね。

HTML 4.01では'は定義されてませんので、当然'を使うことはできません。なので素直に普通にアポストロフィを打つか、文字参照を使いたいなら数値文字参照(')を使うことになりますね。

薔薇の名前

  中世イタリアの修道院で起こる殺人事件をめぐる物語ですが、ただのミステリー仕立てではないところがさすが。謎を解く過程で明らかになるのは、事件のあらましというよりもむしろ、中世という時代とその精神でありましょう。

中世のヨーロッパにおいて、キリスト教とはどのような位置を占めていたのか。修道士たちの生活とはどのようなものであったのか。この本を読めば、一般に流布しているのは表向きの取り澄ました姿に過ぎないと分かるでしょう。異端と弾圧、審問、破戒、罪、権力への執着。修道院とはあくまで特権的な場であり、内部では欲やエゴが渦巻きつつもなお真理の光を求めようとする気高い精神が生きており、そしてその気高さこそが、相容れぬ者たちを異端に追いやり、残酷な拷問や処刑、弾圧を行う原動力でありました。これらは暗黒時代とも呼ばれた中世の一面です。

暗黒と呼ばれた中世ではありましたが、ですが個別の事象を見ると、新しい科学への興味、知を探求し研究することへの喜びがあふれていた時代でありました。レンズという光学の結晶にむけられる情熱、古典籍への愛惜、そして偉大なる図書館。物語中に現れるそうした事柄を知れば、中世が血なまぐさく野蛮な時代であったなど、一体だれがいいうることでしょう。ちょうど私たちの現在が、英知と理想と愚行と野蛮を合わせ持っているように、中世も多面的な時代であったのです。

本書だけで中世とその時代を取り巻く空気を充分味わえますが、実感を持って中世を追体験したい場合は映画も見ることをお勧めします。ですが、映画もいい線いってるのですが、残念ながら原作の多層的で多面的で複雑に入り組んで濃密な世界までは踏み込めなかったようです。なので映画は副読本ならぬ副視聴盤として、あくまで原作を理解するためのよすがとするのがよいのではないかと思います。

さて、実をいいますとこの物語は、男が二人出るだけで[中略]官能小説として読めてしまうようなお嬢さん方にもお勧めだったりします。というのも修道院というのは基本的に男しか存在しない場所ですし、禁欲を強いますが、人間はそういう風にはできていないので破戒してしまうわけです。そして美少年の存在! 後はご自身でお確かめになることをお勧めします。

  • エーコ,ウンベルト『薔薇の名前』上 河島英昭訳 東京:東京創元社,1990年。
  • エーコ,ウンベルト『薔薇の名前』下 河島英昭訳 東京:東京創元社,1990年。

DVD(映画)

引用

  • 野々原ちき『姉妹の方程式』第1巻(東京:芳文社,2004年),13頁。

2004年9月27日月曜日

Blogにおける文字参照(エンティティ)

一般的にBlogはそれ用のツールを使って運用されることが多いのですが、そうしたツールはRSS(RDF Site Summary)も自動的に生成してくれるので非常に便利です。RSSというのはサイトの要約を効率的に公開できるように整備された書式で、これを自動収集して更新状況をチェックするというのが一般的な応用例でしょうか。

次期Mac OSであるMac OS X Tigerに搭載されるWebブラウザSafari RSSには、RSSを収集してリスト化する機能が追加されるとのことで、リリースの暁には複数のニュースサイトやBlogなどの情報を一覧して、効率的に見て回るというのが普通になりそうです。

さて、Blogツールなどを利用して情報を公開して、ついでにRSSも作ってもらっているというような人は、ちょっと気をつけないといけないことがあります。それは文字参照の問題です。

文字参照というのはなにかといいますと、アクセント付きのアルファベット(こととねお試しBlogのカテゴリにあるéみたいな文字のことですね)など、ちょっと特殊な文字を表現するための方法です。HTMLのタグに使われる<とかを文章中に使いたいとき、&lt;と書かないといけないとか聞いたことはありませんか? この&;でキーワードや数値をはさんで表現する方法が文字参照です。キーワードを使うのは文字実体参照、数値を使うのは数値文字参照と区別して呼ばれます。

問題になるのは文字実体参照を行う場合です。この文字実体参照というのはどんな場合でも使っていいというわけではないのです。HTMLやXHTMLによる文書は、その文書がどういう決まりで記述されているのかを説明する設計図(文書型定義といいます)を最初に明記しています(文書型宣言といいます)。X/HTMLを解釈するソフトウェアはこの文書型定義を読んで、その文書の構造を把握するのです。

文字実体参照で使用されるキーワードもこの文書型定義に含まれています。このキーワードはこういう文字を指し示していますよということが文書型定義に書かれてあって、ブラウザはその定義に従って、文字実体参照で書かれた文字を(定義されたように)正しく表示できるというわけです。

ですが、RSSでは文書型宣言をしないようなのです。XML宣言はあるのですが文書型宣言はない。つまりこれはどういうことかといいますと、X/HTMLで使用できる文字実体参照がRSSに混ざるとエラーを生じさせる原因になるということです。

じゃあどうすればいいかといいますと、これはもう数値文字参照するしかないわけです。例えばeアクサン・テギュ(é)を表記する場合は、&eacute;と書くんじゃなくて&#233;と数値で書きます。ちょっとめんどくさいですね、覚えにくいです。ですがこうしておけば、RSSに書き出されても問題がありません。

ところで、文書型宣言をしていないXMLで文字実体参照は不可かといいますと、そうでもありません。以下にあげるものは定義済みなので文字実体参照できますよ。

  • < : &lt;
  • > : &gt;
  • & : &amp;
  • ' : &apos;
  • " : &quot;

参考

ポール・サイモン・ソングブック

 ポール・サイモンというのは、サイモン&ガーファンクルでギターを弾いている人です。非常にシンプルでけれど情感あふれるギター。彼の出現によって、アコースティックギターの世界は様変わりしたのだそうです。そのポール・サイモンがギター一本で弾き語りする。これは聴かねばならないと思ったアルバムでした。

いろんな記事をみてみると、このアルバムって幻の一枚だったみたいですね。私はそういう歴史的経緯にはまったく明るくないので、全然知らずに買ってしまいました。幸運だったと思います。

私はサイモン&ガーファンクルの曲をすべて知っているわけではありません。知っているのはごく一部の有名なところだけ、ですがこのアルバムにはそうした曲の原形ともいえる演奏が含まれていて、また違う魅力が感じられます。

ギター一本で歌うというスタイルがそう感じさせるのか、歌が音楽が、非常に身近と感じられます。皮膚感覚で伝わるといえばいいのか、まだ若いサイモンが、遣る方ないわだかまりや不安、焦燥感をあらわに歌い上げます。フォーク・ミュージックというのはどことなく洗練されてさわやかで、響きに美しさを追及するみたいな印象がありましたが大間違い。粗削りだったり、プロテストもあからさまだったり。当時台頭しはじめていたロックに負けない爆発力が確かにあります。

このアルバムがリリースされた当時のサイモンの焦燥感、やるせなさは、ライナーノートにも現れています。これを読んで、ポール・サイモンも悩める青年だったのだと、その鬱屈した思いが、数々の歌に結晶したのだと、少し彼の秘密がわかったような気がします。

2004年9月26日日曜日

ANNA

 ちょっと懐かしい雰囲気漂うフランスのコメディ・ミュージカル。内容は他愛もない片思いものですが、一昔前の少女漫画にはまれる人なら充分楽しめるかと思います。幻想の女性に焦がれる男は、自分の目の前にいるその女性アンナに気付かず、対してアンナもその男に恋心を抱きながらも、—内容を話してしまうなんて野暮なことはよしましょう。

ヒロインを演じるアンナ・カリーナも魅力的ですが、映画自体も六十年代フランスのモードを反映していて目に楽しいです。色彩もそう、ビニールなど当時の新素材で作られた衣装も可愛い。レトロファッションが好きな人には、訴えるものがあると思いますよ。

ミュージカルなので、肝心の音楽についても話しておきましょう。

『アンナ』のサウンドトラックは、セルジュ・ゲンズブールが担当しているます。ゲンズブールはフレンチポップスを語る際に外すことのできないビッグネームで、この人の作った『夢見るシャンソン人形』は日本でもヒットしました。

ポップでコケティッシュな外見の裏に異なる真実が隠されているのはゲンズブールの常ですが、それは『アンナ』についても同様。一見すると「他愛もない片思いもの」であるこの映画も、裏返せば、自分が見ている自分と他人が見ている自分という、相容れない自己像のせめぎ合いの物語であるといえます。そしてそれは、ちゃんとゲンズブールのシャンソンに表されているんですね。

この映画を象徴する曲が『太陽の真下で / Sous le soleil exactement』です。アンナ・カリーナの歌う海岸でのシーンは本当に美しくてため息でそうですし、この曲そのものが素敵です。アンナ・カリーナが後に出したアルバム(『恋物語 / Une Historie d'Amour』)にも収録されていて、彼女も気に入ってる曲なのかも知れません。

『太陽の真下で』と双璧をなすのがマリアンヌ・フェイスフルの歌う『Hier ou Demain』なのですが、これは残念ながらサントラには収録されていません。非常に美しい歌声で、おそろしく美しくうたわれます。男性の恋心をもてあそぶような内容なのですが、これだけ魅力的ならもてあそばれても仕方ないなんて納得しますね。

この曲を収録するCDはないかちょっと調べてみたのですが、残念ながら分かりませんでした。『アンナ』のDVDでしか聴けないかも知れません。なのにDVDもそしてサントラも軒並み生産終了ってどういうことでしょう。本当に残念に思われてなりません。

参考

DVD

サウンドトラック

恋物語 / Une Historie d'Amour

2004年9月25日土曜日

遠いこの街で

カードキャプターさくら劇場版(えーっと、香港のやつ)の主題歌だったので、その方面の方には有名な曲でありましょう。私はこの歌が大好きです。

曲調が好き、雰囲気が好きなどいろいろいいところはありますが、なにより素朴でけれど染み入るような歌声が素敵なんですね。私は女声ボーカル曲が好きなのですが、なかでもいち押しであるといえます。

作詞作曲は歌い手でもある皆谷尚美で、いわゆるシンガーソングライターですね。技巧派という感じではなく、自然体で等身大という雰囲気があってそれが心地いいです。作られた歌もそうだし、皆谷さんの歌い方や声質もそうで、つまりこれが皆谷さんの持ち味なのでしょう。

B面(最近はカップリングっていうのか? C/Wってなんの略なの?)の『セピアの日』は1999年の『熱闘甲子園』のエンディングテーマだったそうです。スローなシャッフルのセンチメンタルな曲調で、聴くとちょっとしんみりするのは歌詞、タイトルのせいもあるのでしょうか。この曲も大変いい曲です(iTunesのマイレートでは四つ星、『遠いこの街で』は五つ星です)。

2004年9月24日金曜日

プラチナ

 カードキャプターさくらのオープニングテーマだったので、その方面の方には有名な曲でありましょう。私はこの歌が大好きです。

無音から沸き上がってくるシンセサウンドの強さを引き継いで現れる女声の美しさが好きです。その背後に鳴るベースのポップな躍動感が好きです。Aメロディの終わりに唐突につながるBメロディの意外性と、二拍分前に移動したメロディの頭が本来の強迫とともに音楽を推進する、その軽やかな力動感が好きです。強拍を踏み切り上昇するCメロディの勢いと美しく滑るようなラインが好きです。終止直前の、小節の区切りを越えて打ち込まれるアクセントが好きです。そして圧倒的な透明感! それぞれ違う個性を持ったメロディが、コントラストを的確に表現しながらも、ひとつのものとして調和している、最近まれな一曲です。

作編曲は菅野よう子で、それを聞けばこの出来のよさにも納得します。菅野さんはCMや映画、アニメの音楽で活躍されていますが、そのセンスと音楽語彙の幅広さには圧倒されます。豊かな土壌から生まれてくる音楽は、それぞれのジャンルの特徴をよく表しながら、決してそのジャンルにとどまることのない魅力を持っています。

この『プラチナ』に関していえば、リズムのシンコペート(強拍部の移動)させかたが多様で、間奏なんかもそうなのですが、ための作り方とためによって生じた力を開放するそのやり方が本当にうまいのです。かというと聞かせどころでは1234の拍節感をきちんと踏んで、それまでとらえどころの少し曖昧だったところから、一気に乗れる状況を作るんですね。

言葉にすると小難しく感じますが、聞けば全然印象は違いますから。分かりにくさとか取っつきにくさとかはまったくなくて、むこうから飛び込んでくる感じ。坂本真綾のキャラクターもうまくマッチして、ちょっとした世界が作られています。

2004年9月23日木曜日

Folksongs of Britain and Ireland

 イギリスはブリテン島とアイルランド及びその周辺に伝承される民謡を蒐集した曲集。内容は非常に充実していて、多彩という形容がぴったりです。

私は音楽の根本は、声楽にせよ器楽にせよ、フォークロアにあると思っていて、そしてフォークロアの根底は声にあると思っているので、北ヨーロッパの民謡を扱っているこの本はうってつけと思われたのです。

ペンタングルというグループがイギリスにありまして、彼らは民謡を非常に美しく歌っていたということは昨日いいました。実はペンタングルや他にもたくさんいるトラッド歌手たちに憧れて、ああ自分もそういうのをやってみたいものだと思ったのが購入にいたる動機です。

モーダルなものが多いかと思っていたらさにあらず、和声的なものが大半です。対して言語はいたって多様で、英語はもちろんとしてゲール語、ウェールズ語、コーンウォール語、フランス語などなど。すべてに英語対訳が付いているので、とりあえず意味がわからないということはないはずです。

恋歌や仕事歌、別れの歌など、なんかの機会に歌えそうなカテゴリーも見えてよい感じです(結婚生活に対する愚痴みたいなのもあります、独身生活をもう一度みたいな)。けれどいざ歌おうとすると思うようにはいかず、人生が二度あればいいのにと思うところしきりです。

2004年9月22日水曜日

ペンタングル

  ペンタングルというのはイギリスのグループで、六十七十年代に活動してました。ジャンルとしてはフォーク、トラッドといわれるような昔の音楽、民謡なのですが、それがものすごく美しくて、あんな音楽を歴史に抱えているイギリスに嫉妬します。

一般に評価の高いのはBasket of Lightですが、私はよりトラディショナル色の強いCruel Sisterが好きです。

さて、そんな風に知ったようなことをいっている私ですが、実はアルバムを持っていなかったりします。なので買いました。まとめて、六枚とも、一度に。

実は七月にファンハウスから限定発売で紙ジャケット仕様のものがリリースされたのです。けど限定なのは紙ジャケットのだけじゃなくて、これ以外にはリリースされていないものだから、アルバム自体も限定みたいなものです。今を逃すと買えなくなる気配がしたので、Amazonで一気に注文しちゃったんですね。

で、そうしたら、どうもBasket of Lightの在庫があるのかどうかよく分からなくて、保険にHMVでも注文したんですね。そうしたらそれが最後の一枚で、完売表示がでるのをはじめて見ました。

届くのが楽しみですね。九月最終週頭くらいに揃うはずなので、そうしたら九月末までのキャンペーンにも間に合います。

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