2008年6月7日土曜日

ただいま勉強中

 辻灯子の漫画が出た! その名も『ただいま勉強中』。なんだか昔の漫画を思わせるタイトルですが、こちらは『漫画タイムラブリー』に連載中の学園もの。『勤務中』とはまったくの無関係です。人里離れた田舎の女子校が舞台、日常のなにげない一コマを積み重ねるようにしてできあがった一冊です。独特のちぐはぐなやり取りがあって、また少し普通から外れた人たちの優しさ、かわいさがあって、そしておかしみ。辻灯子の読者ならご存じでしょう。辻灯子の現代物は、決して派手じゃないし、描かれる人にしても特別ななにかというわけじゃない。けれど、一人一人が他の誰でもない顔、個性を持って、すごくチャーミングで、そこに私は引きつけられるのですね。もちろんそれは『ただいま勉強中』でも一緒。由良や飛鳥のどたばたとしてけれどなんだか穏やかな時間、私はすっかりとらわれてしまっています。

『ただいま勉強中』のメインキャラクターは二人、と思ってたら四人!? 人の名前覚えられない、要領も成績も悪い眼鏡娘、由良。この人がやたらかわいいんだ。そいで、成績はいいけれど必要以上に自由な娘、飛鳥。どうも美少女であるらしく、かわいいもの好きの先輩からシャルロッテとあだ名されている。あとは、バレー部のかっこいい先輩(そう、かわいいもの好きの先輩だ)に憧れを隠さない陽気な娘、葉菜子。そしてクールでシビア、オカルトに通じまじないをよくする千里。けど、これで全部じゃないですね。先生が加わることもある、バレー部先輩、スポーツ特待生がメインに出てくることもある。美術部面々が大きく関わることもあるといった感じで、登場人物がこれと固定されていません。この流動的なるところ、私はおおいに魅力と感じています。

それがどうして魅力なのか。それは、物語の舞台である学校、その世界が小さくまとまることなく、広がりを持つからなんではないかと思います。どんなクラブがある、どんな同好会があって、それぞれがどんな方針で活動しているか、その違いがわかってくるのも面白い。学校の個性だってわかります。スポーツ特待生が全国から集められているところをみても、この学校がスポーツに力を入れていることがわかるし、けれど良妻賢母育成機関としての女子校の伝統を引き継いでいるところもある。とまあ、こんなことがわかったからどうなのかと思う人もあるかも知れないけれど、背景が感じられるというのはそれだけで強さです。ああ、彼女らはそうした場で、そういう雰囲気の中で過ごしているんだ。一種のリアリティでしょうか。ささやかな描写でも、それが何層にも積み上げられることで、物語られるなにかが生まれるのです。そのコマの背景に描かれている、ほんのちょっとしたことであっても、意味を持って立ち上がってくる。辻灯子の漫画は、どれをとっても、読み込みによって生じる味がありますが、そうした性格は『勉強中』にも健在で、読むほどに、踏み込むほどに、面白さ、楽しさ、近しさは増すのですね。

だから、もしかしたらこの人の漫画は人を選ぶのかも知れません。けど、読み込まなければわからない、一見さんお断りというような漫画でもなく、例えばこの漫画に出てくる人たちの魅力、ちょっとした言葉に感じられるその人のかわいさ、いとしさは、読むものを引きつけるに充分な力を持ったものであると思うのですね。型にはまらない、それこそ変わった娘たちばかりだけど、いやな人はいない。みんな素直でいい子で、まっすぐな頑張り屋で、けどたまにはくじけたりもしてという、本当、人間が愛おしい。そんなところが読むものの心をつかんでしまうのだと思っています。

  • 辻灯子『ただいま勉強中』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2008年。
  • 以下続刊

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