2008年6月20日金曜日

キルケーの豚

先日読んだ『ああ探偵事務所』、これが面白かったものだから、関崎俊三の既作、『キルケーの豚』も読んでみようという運びとなりました。『キルケーの豚』は『ああ探偵事務所』の前に連載されていた漫画で、この第1巻と第2巻の合間に描かれた読み切りが『ああ探偵事務所』のケース0、なのだそうです。入手には少々手間取りました。というのも、この漫画、すでに絶版していまして、とはいえ今やインターネット時代、探そうと思えばすぐに見つかります。いい時代になりましたね。けど、ちょいと調べると、ネタバレも簡単に見つかってしまう、そんな時代であります。

というのはなにかといいますと、Googleでキルケーの豚をキーワードにして検索するとですよ、一位がAmazonの商品ページ、三位が漫画に登場する自転車に関するページ、四位がWikipedia。さて不自然に二位を飛ばしています。なんでかというと、これ、2ちゃんねるの過去スレッドなんですが、その名もエロマンガ以外で強姦された美少女キャラ。ガバホー! 寝込みそうだ……。いやね、『ああ探偵事務所』で書いた時にね、この作者はやればできる人らしいから、それこそ助手の涼子さんを事件に巻き込んで、あんなこんなひどい目に! みたいなこともできただろうといっていた、その根拠がこれでした。いや、もう、こういう展開いやなんだ……。勘弁してください……。

気を取り直して、届いた漫画、読んでみました。事前情報では探偵ものって話でしたが、読めばむしろアクションもの。探偵ものっぽい雰囲気はありませんでした。というのも、金が必要になった主人公が、顔も指紋も名前も変えて、危ないヤマに首を突っ込むという話です。そこで必要になるのが主人公の能力、といっても探偵力でも推理力でもなく、腕っ節? ターゲットを捕獲する能力であるのですね。主人公は謎の組織の依頼に応じて、ターゲットを確保していく。その確保劇を通じ、主人公がかつて得て失ったもの、レイプされ、自殺した恋人のエピソードが語られるのです。

そうか、過去の事件だったか……。ここで油断したのが失敗でした。おがーん! ああ、もう、ありゃあないよ! まさか、まさか、こうくるなんて。こういうこと書いてると、つくづく自分はナイーブな、打たれ弱い甘ったれだなあと思わないではおられないのですが、でもしゃあないじゃんか。いやなもんはいやなんだ。現実がこんなにストレスフルなのに、漫画でまで心労増やしたくないよ! — 今はこういう人が増えているから、ぬるい日常漫画がうけるのかも知れませんね。そしてそういう読者が多かったものだから、『ああ探偵事務所』においてはヒロインは徹頭徹尾守られている、傷つく人はあっても必要以上の痛みは与えられない、そういう方向に舵が切られたのかも知れませんね。

さて『キルケーの豚』です。先にも書きましたように、大切なものを失ってしまったという苦い過去を持った男が主人公です。そんな男が顔を名前を捨ててまで金を欲したというのは、ひとえに残された仕合わせを守りたかったからに他ならず、だからこそこの展開はつらいというのですね。けれど、そうしたつらい展開をうけて、つらさに打ちひしがれるのではなく、前進しようという意思がある漫画だったのだなあと思います。主人公も、ふたりのヒロインも、自分の過去を引き受けて乗り越えようとしている。ただ負けているばかりじゃない、失ったものを嘆き続けることで、今あるものを失ってはいけないという、そういう漫画であったと思います。

とはいえ、感情を過剰に移入して読むのが私の常ですが、それでも若干情緒面の掘り下げにおいては浅いと思われて、いやこれは事前情報を得ていたために、多少引き離し気味に読んでいたからかも知れません。ただ、オーバーテクノロジーが持ち込まれたりする、一種『スプリガン』を想起させるような漫画だったにも関わらず、はっちゃけ方が足りず、おとなしかった、そうしたところもあったように思えて、だからか、必要な要素は丁寧に提示されたけれど、そこにどかん、がつんとくる感触は少なかったのかなあ。もしこの感想が正しいものであるなら、それは私が『ああ探偵事務所』を経験してしまっていたから、なのだろうと思います。期待の度合いが高かったのだろう、そんなように思います。

  • 関崎俊三『キルケーの豚』第1巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2000年。
  • 関崎俊三『キルケーの豚』第2巻 (ジェッツコミックス) 東京:白泉社,2001年。

引用

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