2008年6月6日金曜日

夏色ショウジョ

 怖い顔して変態変態と連呼する女の子のアスキーアートがありますが、私はあれがどうにも気になっていまして、それで調べてみたことがあったのです。変態、アスキーアート、元ネタなどのキーワードで検索、結果を片っ端から開いてみたところ、『うえきの法則』の森あいというキャラクターがオリジナルであることがわかりました — 、ごめん、嘘。そっちは、変態だーの元ネタですね。私のいっているのは、綾瀬さとみ『スケッチ』の一コマ。『夏色ショウジョ』に収録の短編です。エロ漫画らしいのですが、どうも内容を知れば知るほど自分の趣味ではなさそうで、果たしてどうしたものかと思っていたら、あれはいいユリ漫画ですよとのこと。そうなのかあ。じゃあ買ってみようか。以上のような経緯をもって、購入にいたったのでした。

『夏色ショウジョ』は八編収録で、『スケッチ』はその七つ目だったものだから、頭から六編を通過することになって、そうしたらいやあえらいマニアックだな、この漫画。基本的に馬鹿な話が好きなのかなあと思うのですが、それと同じくらいネガティブな話が好きなのか、一般受けしそうのって二三編ってところかなあ。エロを求めて読むというよりも、作者の個性、話の持っていき方、ひねり方、それからギミックを楽しむ読み方が主という感じです。だって、ネタバレになって申し訳ないけど、自慰で怪人(変態?)に打ち勝つだとか、結構嫌いじゃないんだけど、呪いのせいで肥満体になってる男二人と行為の最中焼き肉食べるとか、変にテンポがよくてめちゃくちゃ面白いんですが、そしてヒロインがブサイク好きのうえデブ専だったと明かされるシーンのあの表情、ちょっと待て、ヒロインがこうでいいのんか? この人、美少女だったんじゃないのんか!? 以上が馬鹿な話だとすると、ネガティブな話は、ものすごい泣き顔のあとで年下の幼なじみが転落死するとか、しかも楽観的なラストを二段落ちで裏切りながらの死亡、ぎゃーす! 後味悪すぎ。けど、あの表情は悪くなかった。美少女をあそこまで崩して、なんだか精神のぎりぎりさ加減がよく出ているようで、それで望まれる甘さを提示し、けれど甘さに逃げないところはよいなあと思って、けど、あんまり好んで読みたくないなあ。これが正直なところです。

さて『スケッチ』です。これもまたきつい。ヒロインがふたり、ひとりはおとなしそうな娘、由里、眼鏡、美術部。もうひとりは、ひろみ、小学校中学校と由里を執拗にいじめ続けていた女。由里がスケッチブックに向かうシーンと過去のいじめの場面が次々カットバックされるのですが、これが実に容赦のないもので、私には少しきつすぎます。けれど、そのつらさ、痛ましさが計算づくというのは大したもの。鬱屈に鬱屈を重ねた末に、その鬱屈を反転して見せるというどんでん返しが見事でした。読んでいるものは、由里の内面にたわめられたエネルギーを見たはずで、そしてそれが解き放たれるかと思われた瞬間、見開き大ゴマを埋め尽くすのは由里の投げ上げた大量のスケッチ。続くページ中ほどには問題の変態連呼のコマがあり、そして由里の思い掛けないモノローグ。ページをめくるごとにエネルギーが開放されていく、その畳み掛けは素晴らしかったです。

惜しむらくは、ページの少なさ。24ページにぎゅうぎゅうに押し込まれたコマは少々息苦しくて、けれどその息苦しさはストーリーの印象に少なからず影響しているとも思われて、けれどもう少し余裕があれば、前半の鬱屈の度合いを高めることは可能であったはずだから、ラストに向かう勢いはより以上のものになったんではないか。過去のエピソードがもうひとつふたつあれば、もっと転換時の驚き、開放されていく際の高ぶりを増すことができたんじゃないか。こうしたことを思うのも、漫画の出来がよかったからだと思います。実際、初読ではえっと思わせて、読み返しで仕掛けを満喫させてといった類いの漫画です。読み返すそのたびに屈折した感情に引き込まれると感じる。エロ漫画としては異色ではあるけれど、エロ漫画でなければこの仕掛けは生きなかったかも知れない。そうしたところも面白い漫画であると思います。

ところでこの漫画の一番の被害者、それはとばっちり受けて沈黙させられたあの男だと思います。まったくの当て馬、それも本来の意味どおりの、でした。

  • 綾瀬さとみ『夏色ショウジョ』(ワニマガジンコミックス) 東京:ワニマガジン社,2002年。

引用

0 件のコメント: