2016年12月1日木曜日

ラストピア

 なんともつかみにくい漫画なんです。『ラストピア』。表紙にはLast Utopiaとあって、最後の楽園とかそういった感じなのでしょうか。イラストもどこかしらさみしげとも感じさせる、そんな雰囲気。でも読んでみればずいぶん印象は変わって、ゆったりとした時間、優しい人たちと過ごす喜びや慈しみに溢れた、そんな世界に気持ちがたゆたって、いつしかそのスローな感覚に気持ちが同調してしまっている。ああ、この感触、好きだなって思う。そしてリッタたちの抱えている問題、それが解決してくれることを望み、同時に解決せずこの状況が引き伸ばされることを望んでしまう。ジレンマ。アンビバレンスを抱えさせる、そんなところがあるんですね。

しかし、この漫画、人間関係があたたかい。心地よいといってもよいかも。島を訪れていたリッタ・ロンネ。この人が気を失っているところからはじまる。不思議な夢。そして失われた記憶。名前こそは覚えてはいるものの、自分がなにものであるのか、それすらわからなくなっているリッタ。そんなリッタを受け入れてくれるホテルのオーナー、エミもまた同じ問題を抱えていて……。

この、記憶にかかわる謎がこの漫画に不穏な空気を漂わせて、どこかに原因があるのか、疑う心もあれば、記憶が戻ったら今のこの関係も違っちゃうよね、そんな不安もある。ええ、本当はこうした猜疑心や不安をメインにして、ぐーっと深く深く沈み込むような話になりそうなところなのだと思います。ですが、『ラストピア』はそうした方向性を選ばず、むしろ今を楽しむ、皆となかよくする、そうしたイベントを増やしていってくれた。おかげで不必要に不安をふくらませることなく、リッタやエミ、マノやユーといったメインの人たちの愛らしさに触れることができる。また、雑貨屋さんやお医者さんたち島の人たち、あと島を訪れる人たち、皆の個性的かつチャーミングな人柄に安心して親しむことができて、なんだろう、たいして珍しいこともない島の、ドラマらしいこともない日常の、いや、記憶喪失ってだけで充分事件だとは思うんですよ? でも、それをそうと感じさせない。そうしたよさがあって、気づくとすっかり自分もリッタたちの毎日によりそっているみたいに感じているんですね。

この漫画のテーマ、それはまだこれとわからずにいるのだけど、島の魅力を探して、大陸の人達にアピールしていこう。そうしたリッタの活動は面白くって、ええ、案外この活動がそうなんじゃないかな、なんて思っています。知ること、そして伝えること。知ってもらって、そして近しくなること。相互理解ともいっていいのか。あるいは自分を知り、知ってもらう。その行動こそはリッタたちの今の状況であり、そのものを島に置き換えている、そんな風にも思っているのです。

  • そと『ラストピア』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2016年。
  • 以下続刊

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