2015年11月4日水曜日

あん

 映画を見にいくと、本編の前に予告編が流されますでしょう。私、あれ見るの、結構好きでして、これからどんな映画やるのかなあ、楽しみにしているんですよ。先日見にいきました映画、『あん』との出会いも、その予告編でした。なんかね、樹木希林さんがね、個性的でチャーミングな役を演じられるっぽいじゃありませんか。ちょっと興味をひかれましてね、けど最初は、これは見にいかないと! とまでは思っていなくて、ところがそうした気持ちが一気に反転、見にいかないと! となったのは、この映画の肝となるテーマが提示されたから。ええ、びっくりしたんです。えええ! そんな話なのかい!? いや、しかし、これ、ううむ、見にいかんといかんな。ええ、かくして映画『あん』は、必ず見る映画のリストにはいったのでした。

この映画、今年の5月に封切られて、それからロングランを続けている、とのことで、未だソフト化の話がありません。というわけで、ここで紹介しても、ぜひ劇場に足をお運びくださいね、でしかないのが難しいところ。でもって、この映画、ストーリーとか知らない方がきっといい。はっとさせられる、驚きをもってそのテーマの提示される瞬間を迎えることができる。ええ、ほんと、これもまたすごく難しい問題で、だって、私は、そのテーマを、話が深化するその瞬間を、映画本編ではなく、予告編で見ちゃってしまってた。だから映画館では、驚きもなく、普通にその瞬間を迎えることとなって、ああ残念だ。テーマの提示に、しったと打たれる、そんな体験を私は得られなかったんですね。でも、なにが難しいって、そのテーマのあることを予告編で見ていなかったら、きっと私はこの映画を見ようとは思わなかった。ほんと、すごいジレンマですよ。知らずに見たかったが、知らなかったらきっと見なかった。なんだろうこの背反。ほんと、ままならぬものであります。

映画の感想は、書こうと思えば書けるのですが、あんまり書きたくない。ほんとなら、そのテーマのなんのというのも、書きたくなかった。そうした仕掛け、仕掛けというのはちょっと違うようにも思うけれど、はっとさせられる、そんな瞬間があるんですよー、みたいなほのめかしさえもしたくなかった。そういうのなしに見たかったという自分の思いあってのことですよね。そういうのなしに見て欲しい。とはいっても、もう書いちゃったから遅いですよね。ほんと、ままなりません。

樹木希林という俳優はものすごい、私はつねづねそう思ってきたのですが、この映画を見て、その思いをより強く抱くことになりました。ああ、樹木希林はすごい。その深み、その愛らしさ、そして苦悩も悲しさも、言葉ではなく、表情でもなく、その居ずまい、佇まいから溢れてくる。ああ、その目よ。その息の流れよ。すさまじいと思った。映画のテーマ、その強さもある。けれど、そのテーマを十全に表現する樹木希林という人の凄みもある。大仰ではない語り、けれどそのしみじみとした言葉ひとつひとつに、命が宿っている。語りかけが、美しい映像とともに、自然、胸に、心にしみわたる。その実感はあまりに豊かにすぎて、言葉で説明されて知るのではなく、経験によって得て欲しい、そう思わずにはおられないものだったのです。

ところで、映画館ですよ。もう、満員。ええーっ! こんなに混むものなの? 立ち見、出てたんじゃないかな。もう、びっくりして、こんなに人でいっぱいの映画館って何年ぶりだろう。驚いて驚いて、あぶなかった、もう一本電車を遅らせてたら、あるいは運悪く、ど真ん中の空席、これが残ってなかったら、万全の鑑賞はできなかったかも知れない。ほんと、映画ファンってこんなにいるんだってびっくりした。というか、平日ですよ、平日。もうね、入るところには入るんだなあって、意識ががらっと変わりましたよ。

けど、これって、それだけの人が、この映画に期待して集まったってことなのでしょうね。映画の力なのでしょうね。

  • ドリアン助川『あん』(ポプラ文庫) 東京:ポプラ社,2015年。
  • ドリアン助川『あん』東京:ポプラ社,2013年。

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