2019年8月17日土曜日

天気の子

 話題の映画『天気の子』、見てきました。最初は見るつもりはなかった、というか、すっかり映画館にいく習慣がなくなってしまっていたので、気にはしつつ見にいかずに終わるパターンかと思っていたのですが、ちょうど公開前日ですね、NHKの朝の番組で新海監督のインタビューやってるの見て、こいつは見にいくかあってなった。翌日公開初日の朝一の回、いい席があいてるの確認して休みをとって予約完了。かくして期せず熱心な新海誠ファンのような行動とることとなってしまったのでした。

インタビューで監督が、前作『君の名は。』では怒られた、みたいなことおっしゃってたんです。それ聞いた時、ああ、あれか、揺らしたとか揉んだとか、あれか! と思ったのだけど、あれ? そうじゃないんだ。なるほど、『君の名は。』は災害の被害をなかったことにしてしまう映画だっていう批判があったんだ。いろんな批判があったのだなあと感心しさえしたのだけど、でも『君の名は。』という映画は、災害の被害をたとえ奇跡にすがってでもなくしてしまいたいという気持ちが視聴者の共感を呼んだところもあったのではないか? あたり前に思っていた平穏な日常を破る災厄に直面し、もし時を距離を超えることができるなら、災厄こそは避けえなくとも、救える命もあるだろう。かなわぬことと知りながら、被害をなかったことにしてしまうことを夢想することはあるじゃあないか。

私は『君の名は。』に、そうしたかなわぬ切望を、たとえ物語の中だけでもかなえたいという、祈りに似た思いをさえ感じた。そしてそれは『君の名は。』以外の同時期の映画にも感じることがあって、ああ、その深さこそは違っても、誰もが同じ傷を抱えている、そんな思いに涙したこと、しばしばであったのです。

監督はインタビューで、前作ではたくさん怒られたから、新作はもっと怒られるような映画にしようと思ったとおっしゃっていて、そうか、めちゃくちゃ揺れるのか! これでもかと揉みまくるのか! いやいや、そちらじゃないですよね。災害をなかったことにしたといって責められたことへのアンサーとして、今度はなにをどう描くのか。俄然興味が出てきて、これは見なければなるまい、その思いに背を押されたのです。

見終えて、いろいろ思うところはあったけれど、例えば盛り上がりやダイナミックさは前作が優るなあ、みたいな感じのこととかね? そして本題、より怒られるラストの展開、主人公の選択というべきかな? それについては、むしろいいじゃないの! というのが私の素直なところでした。それこそ、あの選択以外だったら、皆のために我が身を犠牲にするなんてラストだったら、私は憤慨して劇場を後にしたと思う。

これ、ちょっと前にテレビでやってたアニメ『どろろ』が似たような問を内包していて、多くの人の生活の安寧と百鬼丸個人のしあわせ、その相克を突き付けて、さあ主人公はどちらを選ぶべきなのか。『天気の子』も、多くの人の生活の安寧と個人のしあわせを天秤にかけさせて、どちらかを選ばせる。生活の安寧とはいってるけれど、あれ、結構な大災害だから、描かれてないところでとんでもない被害が生じているはずで、その被害を奇跡の力でもってないことにしてしまうべきか、奇跡に求められる代償を支払わず出るとわかっていた被害を甘んじて受け入れるべきなのか。

新海監督は意地悪だなあ、みたいにもちょっと思ったんですよ。この問は、おそらく前作で被害をなかったことにしたといって怒った人にこそ効く二者択一だと思ったんですね。これは私の想像ですが、国家や社会のために個が犠牲になるなんてもってのほか、なんて人が怒ったんじゃないかなって思う。なので今回は、その信念ゆえに、ほら今度は被害をないことにはしませんでしたよ? って結果を突きつけられるはめになって、お望みどおり? わからないけどさ、やっぱ意地悪だよなあって。

私が、このラストに満足したのは、まさに私自身が「国家や社会のために個が犠牲になるなんてもってのほか」と思う人間だからです。映画の途中、まさか新海監督、今回は皆のための犠牲を出して、その苦さ悲しさでお涙頂戴なんてやらんよな? そんなこと思ったりしたからね、それだけに、やったぜ、やっぱそうこなくっちゃな! でしたよ。また、この大災厄に対し、人がどうこうできる領域を超えた現象だと、大きな自然の理のうちなのだと、そういう話がされたのも嬉しかった。このあたりは監督の優しさなのかも知れないし、あるいは素直にそういう考えの人なのかも知れない。どちらかはわからんですね。

ともすれば、全体の利益のためには個の権利など尊重されるべきではない、そんな考えが幅をきかす感さえあるこの頃。ところが『天気の子』は軽々と、世の中なんて知ったものか、自分の大切なものを選択していこうぜと、見事なストレート球投げ込んできてくれて、実に痛快でした。

帆高と陽菜の選択に、それで正解、最高だったよ! といってあげたい、そんな気持ちが残る、すがすがしい映画でした。

  • 新海誠『小説 天気の子』(角川文庫) 角川書店,2019年。
  • 新海誠『小説 天気の子』ちーこイラスト (角川つばさ文庫) 角川書店,2019年。

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