2019年8月16日金曜日

本田鹿の子の本棚

 こんな漫画があるなんてまったく知らなかった。Twitterで流れてきてはじめて知った。僧兵の亡霊に復讐すべく立ち向かう耳なし芳一のバトルアクション漫画が流れてきて、これがまたべらぼうの面白さ! うわあ、これ、続きが読みたいなあと思ったんだけど、そもそもこれ商業漫画かアマチュアが趣味で描いた漫画か、どっちなん? 時期的にコミケの戦利品かも知れないじゃないですか。いやほんと、絵だけ見てもわからない。だって、アマチュアでもめちゃくちゃうまい人いるもんなあ。さいわいタイトルが付記されていたので、『本田鹿の子の本棚』、検索してみたらですよ、やった、これ、商業漫画だ。しかも電子で出てる。もう、速攻購入決定しましたね。

この漫画、えらくややこしい構造してるんですね。思春期の娘を持つ父が、娘を知りたいがために、日々こっそりと彼女の蔵書を盗み読む。その娘の蔵書というのが、たとえば冒頭にあげた耳なし芳一バトルアクション。毎回、娘の蔵書を父が読むという体で、短編読み切り漫画が展開されるのです。

ここで面白みが分岐します。第一の面白みは、娘の蔵書漫画の奇抜さでしょう。いやね、娘、鹿の子、めちゃくちゃな奇書マニア。ほんと、人を食ったような話ばっかりで、なんでそんな展開に!? いやいや捻りすぎじゃない!? コメディ寄りの短編漫画としてもキレッキレに面白い。だって、そもそも私がこの漫画読みたいと思ったの、紹介された耳なし芳一異聞、その単体の面白さに引き付けられたからですよね。ほんと、あっちにこっちに、ジャンル、雰囲気、タッチを多様多彩に違えながら飛び回るその軽妙さ。抜群ですよ。この作者、ものすごい地力がある人だと思う。

そしてもうひとつの面白さ。父が娘の蔵書にアクセスしているという、その構造が面白い。父が娘の蔵書を読み、その父が読んでいる本の内容が父フィルタを経由しての漫画となって提示される。そして父の感想、というか本を受けての娘への不器用なアプローチをもってエピローグにいたる。この基本構造。いうならば額縁構造が、短編としてもべらぼうに面白いこの漫画にさらなる面白さを重ねていくんですよ。

あまりにとりとめなく、脈絡もない、そんなどっちらかった短編集が、鹿の子の蔵書としてひとつの軸を持つ面白さ。あまりに奇矯な娘の蔵書に触れてしまった父の戸惑いや葛藤、いや、父、あんたもそうとうな変わりもんよな? その反応の多様なことにも驚かされるし、またどうにもこうにも下手くそすぎる父のリアクション。わざとらしかったり、あんまりにもはずしてしまってたり、もうお父さん、あかんすぎひんか!? みたいなつっこみどころ? もう、本当に面白い。

さらに、このどうしようもないコミュニケーションがあるからこそ、父に対する共感? 親しみもわこうというものだし、さらにはほぼ感情をあらわにしない娘、鹿の子に対する愛着なんかも生じてくるという。ほんと、おっかしいよなあ。このキャラクターの強さ、魅力、これがまたたまらないんですよ。鹿の子の蔵書を通じて我々読者もまた、ふたりを知っていく。それはつまり、漫画を読むという行為によって、ほかならぬ我々読者も、この漫画世界に対するさらなる大枠の額縁となっているのだなあ。そんな奇妙な感触をも得る、まさに一種の奇書であります。

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