2005年9月15日木曜日

中山式快癒器

今日は、マッピングには関係ありません。

中山式快癒器というのは、肩だとか背中だとかを押すのに使う器具で、プラスチックのボディに、銀色の出っ張りがぎょろりとでているその特徴的な姿をご存知の方はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。

私、かなり肩凝りがひどいたちでして、どうにもならんと愚痴をいったら、こういうのを使うといいよと、親がこの快癒器を貸してくれたのでした。なので、それ以来、快癒器は私の寝室に置かれていて、寝ようかというときに背やら肩を押して、ちょっとでもひどい凝りが和らぐようにとつつましい努力を続けています。

私は長い間この器具の正しい名前を知らずにいたのですが、調べてみると中山式産業 株式会社が販売している中山式快癒器というのだそうですね。

しかし驚くのがですね、この快癒器の発売されたのが昭和22年。ものすごいロングセラーで、今もなお健在という壮健ぶりが素晴らしい。昨年の春に亡くした祖母の部屋にも、快癒器があったことを思い出します。祖母の快癒器はプラスチックではなく、陶磁製の年代物で、色合いは薄くクリームがかって手に持ち重りのするものでした。

私の今使っているものは、4球式の中山式快癒器パールソフトだと思うのですが、祖母の世代が使っていたものを、母の世代、そして孫の世代も通じて使っているというのも面白いことで、長く続く商品というのはそうした世代をまたぎ、真新しいものであってもどこかに懐かしさを感じさせます。

2005年9月14日水曜日

土地家屋用三角スケール 15cm ポケット用

私の迷宮ライフの友はコピー用箋だけではありません。そもそもマッピングというのは、紙があって筆記具があって、そして定規があるものなのです。いや、定規を使わないという人もいるかも知れませんが、ですが私には定規が必要で、私が現在愛用しているのはウチダドラフトの土地家屋用三角スケールです。

三角スケールとはなにかといいますと、三角の棒状になっている定規でありまして、各面両側にはそれぞれ縮尺の違う目盛りが入っています。本来は製図用の定規だそうで、建築や土木系の図面を扱うような事務所にいくと、でかいのから小さいのまで三角スケールが用意されていて、うわあ、プロの道具だ、という思いがします。

私が以前マッピングに使っていたのは、小学校の頃の半円型分度器でした。あれ、透明だから書かれた地図を見ながら線を加えることができて、間違いが少なくて便利だったのですね。小さいから取り回しも便利だし、ということで本当に愛用していました。

けれど、三角スケールを見つけてからはこちらに乗り換えてしまいました。なんでかといいますと、この三角スケール。三角とはいいますが、三角ではないのです。三角の各面がへこんでいて、だからスケールを置いたときの接地部分が非常に少なくなります。これが私にはよかったのでした。

私はマッピングにはシャープペンシルを使います。間違ったら消せるようにということからシャープペンシルなのですが、これ、接地面の大きい分度器を使っていたときには、結構こすって汚してしまっていました。分度器は本当に使いやすくてお気に入りだったのですが、この点だけはちょっと気になっていて、だから三角スケールを見つけたときに、なんてマッピングに便利そうな定規だろうと思ったのです。

三角スケールのいいところは、接地面積の小ささだけではありません。頂点のひとつが上に出っ張っているから、手に取りやすいんですね。私の使っているのは15センチと小さなものですから取り回しも楽ですし、それに軽い。本当にマッピングには重宝します。

けど、これ、本当はプロ向けツールなんですよね。なのに私はこのかたちだけをもって便利といっているのですから、メーカーが聞いたら泣きそうな話です。でも使いやすいんだからしょうがない。どうにも手放せないよい道具なのです。

参考

2005年9月13日火曜日

PPC用原稿用紙A4タテ7mm方眼ブルー刷り50枚

私の地下迷宮ライフを語るうえで、決して外していけないものといえばそれはコピー用箋。深遠なる迷宮を一歩一歩少しずつ明らかにしていく作業 — 一般にマッピングと呼ばれるあの作業 — の友。人によればそれは方眼紙やグラフ用紙なのでしょうが、私にとってはコピー用箋で決まり。さまざまな用紙を試した結果、PPC用原稿用紙にたどり着いたのであります。

なかでも私のお気に入りは、コクヨ製の7mm方眼。コピー用箋はその名のとおり、最後にコピー(PPC、静電複写機ってやつ)することを目的にしているので、その罫はコピーに写らない薄いブルーで引かれています。この、薄いブルーというのがいいのです。マッピング時に邪魔にならず、けれどしっかりと作業をサポートしてくれる憎いやつ。私は、今やこれがなければ地下迷宮には潜らないぞというくらいに気に入って、手もとには常に一冊ストックされているくらいです。

7mm方眼というのがいいのですよ。グラフ用紙とかだと1mm方眼なんかが一般的で、それはグラフを書くにはいいんですが、地下迷宮には細かすぎてちとうるさい。迷宮向きの方眼とは、大きな罫が引かれていて、その中は真っ白というやつです。コピー用箋が最高というのは、そういう理由からなのです。

コピー用箋には5mm方眼もあるのですが、私には5mmじゃちょっと小さすぎ、かといって1cmじゃ大きすぎるのですよね。そのあいだってないのかなあというと、それがちゃんとあるのだから世の中は素晴らしい! 7mmという大きすぎず小さすぎずの絶妙のバランスは、まさに私の迷宮ライフにうってつけ。このサイズに出会ったときには、マッピングの神様に心からの感謝を捧げたほどでした。

私の手もとにあるPPC用原稿用紙の品番はコヒ-117で、現行品は古紙中紙配合のコヒ-117Nであるようです。

この品番は大切です。忘れないようにしなければなりません。

2005年9月12日月曜日

Wizardry #4 : The Return of Werdna

  ファイナルファンタジー』が呼び水となって、再びゲームへの情熱が高まっております。今回のテーマは昔のRPG。というわけで、案の定私の心はRPG中のRPGである『Wizardry』に向かって、しかも、こともあろうに凶悪との誉れ高いシナリオ4をプレイしているのであります。

実は私、シナリオ4はほとんど時間がなくて遊ぶに遊べず、買っただけで置いてありました。マップを書き書き地雷原までたどり着いたのはいいものの、そこで進行はストップ。当時、その頃に生活のパターンががらりと変わったため、ゲームに費やす時間をとれなくなってしまったのですね。けれど、放りっぱなしもくやしいから、いつかまたチャレンジしてやると決めていました。だから、ここに満を持してのワードナの逆襲が開始されます。

今、私の手もとにあるWiz #4は、プレステでリリースされた『ニューエイジオブリルガミン』でありまして、もちろん私はアレンジ版など見向きもせず、クラシック版を楽しんでおります。

Wiz #4。このゲームはWizと名がついていますが、他のシナリオとは大幅にシステムから雰囲気からなにからなにまで違えていて、そもそもプレイヤーキャラクターというのがかの悪名高き魔道士ワードナ様であります。#1にて、狂王トレボーの差し向けた冒険者に殺され、地下深くに封じられてしまっていたワードナ様が、今まさによみがえって、仕返ししようというのですからいかします。地下第十層から、魔方陣を見つけ魔力の回復を図りながら地上に向かっていくワードナ様の雄姿。

正義の味方どもよ、覚悟するがよい!

って、どんなゲームやねん! ちなみに、上の文句は本当にゲーム中に出てくるせりふで、ほかにもなかなか味わい深いコメントの数々が爆笑を誘います。死ね、異教徒ども!とかって、ほんまにいいんかなあ。いや、私としてはオールオッケーなんですが。

このゲームは、Wizardryを自らパロディにしているところがありまして、そもそも主人公がワードナ様であるということは、敵は私たち冒険者であるというわけです。戦闘画面なんてのを一度でも見てみればわかるのですが、Wizardryのシリーズにおいてプレイヤーキャラが表示されていたところにはやっぱり冒険者のステータスが表示されて、それもおなじみのステータス表示だもんだから、名前から属性から職業からAC、Hits、行動内容までわかるという徹底ぶりです。たいしてワードナ様率いる魔物の群れはどこに出るかといえば、画面上部の魔物の欄にしっかりこれまで同様のやり方で出ております。違うのは、ワードナ様のACやHitsが表示されているところ、そして今までなら敵キャラが表示されていたところに冒険者のグラフィックが並ぶというくらいじゃないでしょうか。

とりあえず、私は情報を封鎖して、とにかく自力でクリアを目指したいと思っています。とはいっても、例えばこの記事を書くためにいろいろ検索してみたGoogleの結果表示ページに、ちょっとした攻略情報をちらっと見てしまって、しまった一生の不覚なんてことにもなったりしているのですが(そして、私はこういう情報をまた忘れないんだ)、けれど大筋はまったくわからないという中、少しずつでもいいから進んでいきたいと思います。

しかし、このゲーム、なにがおかしいといっても、魔物が逃げやがるんだ。冒険者をやっていたときに出会ったときは、おまえら逃げなかっただろうというのに、なんで味方になったときにはじゃんじゃん逃げやがるんだ。アンデッドは死を怖れないだろうと思っても、それでも逃げるという理不尽。おいおい、ワードナ様ったら、よっぽど人望がないのかなあ。

ま、魔物は自分の盾で使い捨てと思っていらっしゃるような御仁ですから、こうした仕打ちに会うのも当然かも知れないなあ、って、そう思ってるのは私自身だったりするんですけどね。

2005年9月11日日曜日

ファイナルファンタジー

  最近の携帯はゲームもできるんですって。などと、なにを今更なことをいいだすのかといえば、実は今、人の携帯電話でもってゲームをしているからでありまして、いや、本当にこれはすごい。昔のゲーム、それこそファミコンくらいのものなら、ほぼ完全に再現できるんじゃなかろうかと思うほどすごい。技術というのは、知らぬ間に、ずいぶんと進んでいたんだなあと実感させられる話です。

で、なんのゲームをしているかというと、『ファイナルファンタジー』なのであります。ファミコン時代にスクウェアがリリースしたRPGで、その続編は今もなお出ているから、ゲームに興味がある人なら、名前を知らないということはないだろうというタイトルです。

今やってみて思うのですが、『ファイナルファンタジー』、かなりよくできて、面白いんですよ。実際、発売された当初から注目のタイトルで、なにしろ当時は『ドラゴンクエスト』一強時代でありましたから、そこに切り込んでいったスクウェアの意気込みというのはきっとかなりのものだったのでしょう。『ドラクエ』タイプといわれる、フィールド見下ろし型のRPGでありながら、明らかに『ドラクエ』とは違う要素を多数盛り込んで、私ら、ゲームキッズ(というのもなんだかな)の目を引きつけに引きつけたのです。

『ドラクエ』なら、なにも考えずにレベルをあげていけば覚える魔法が、『ファイナルファンタジー』ではショップで購入せねばならず、しかも各レベルごと(つまり、魔法はWizardryスタイルであるわけだ。MPは常に不足するから、そこは道具で補え!)に魔法は四つあるのに、覚えられるのは三つという制限もあって、友人間で、どの魔法は買いで、どの魔法はいらないなんて話をしたもんでした。

そして、乗り物の数々も思い出深い。船を入手したときの、あの爽快感! 船は徒歩移動の二倍の速度で走るのですよ。そして飛空艇。飛空艇の速度はなんと徒歩の四倍! 目が回るような速度で飛ぶ飛空艇に、私らはもう翻弄されまくり。この速度の快感を知った後は、『ドラクエ』の遅い船や鳥、気球なんてかったるくて乗ってられねえや、てなもんであります(いや、本当に)。あとは、カヌーとか潜水艦とかもあって、こうした乗り物の出番がそれぞれに見せ場として用意されているのは(というか、クリア要件だし)、子供心にもわくわくさせられたものでした。

そして、度肝を抜かれたのはラストでした。ネタバレになるのでここには書きませんが、しかし最終戦へ向かうあの時、あの瞬間の興奮は、今思い出しても胸が熱くなるようで、もしかしたら、子供の頃に感じたあの感触を取り戻したくて、私は今、携帯片手に、一生懸命『ファイナルファンタジー』に精を出しているような気もするのですね。

そういえば、最終戦に向けての戦いの連続の中で、どうしても、どうしても突破できずに弱っていて、その時の私のパーティは、ナイト、忍者、白魔道士、黒魔道士であったのですが、とにかく忍者があんまりぱっとしなくて、このままじゃどうしてもクリアできないと絶望的でした。迷った揚げ句、戦士、モンク、白魔術師、黒魔術師で一からプレイを再開。そうしたら、あっという間にクリアできてしまったという逸話があります。

私、どうしても最初はモンクに魅力を感じなくて、なんといっても修行僧ですよ。それがクラスチェンジしたら、スーパーモンク。ださい! だもんで、シーフ→忍者を選択して、クリア前で行き詰まったてな話でありました。

今、私のパーティは戦士、モンク、白魔術師、黒魔術師の黄金パーティですが、いや、徒手空拳でばしばし敵を撃破していくモンク、かっこいいですね、しびれますね。と、この二十年で私の嗜好はこんなにも変わってしまったという話でもあります。

プレステ

GAMEBOY ADVANCE

ワンダースワン

ファミコン

2005年9月10日土曜日

夏乃ごーいんぐ!

 最初は『まんがタイムラブリー』しか読んでなかった私が、あるときを境に次々と購読誌を増やしていって、そして『まんがタイムスペシャル』にたどり着いて出会ったのが『夏乃ごーいんぐ!』。これがもうひとつのはじまりになろうとは思いませんでした。たかの宗美にはまって、既刊を買いそろえるは、さらに購読誌を増やすはと、もう後戻りできない道に……、といったら大げさですね。

そんなわけで、マイ・ファーストたかの漫画は『夏乃ごーいんぐ!』でした。声も体もとても小さな、けれどそんなハンデをものともせず、持ち前の強引さでもって営業成績を上げていく夏乃陽子の活躍する四コマ漫画です。

多分、私が夏乃陽子にはまったのは、自分の過去にも原因あってのことなんだろうなと思うのですが、ともあれ私はこの漫画をきっかけにして、背の低い人の魅力を再発見したのでありました。いや、ただ背が低ければいいってもんじゃなくて、それでもってかわいこぶるところがないであるとか、なるたけ中身はしゃっきりしてるほうがいいであるとか、そうですね、まさに夏乃陽子的女性がよいなと思っているのですね。

鶏が先なのか卵が先なのか、私のこうした好みは夏乃陽子に啓発されることで発揮されるようになったのか、あるいは最初からこうした傾向があったから夏乃陽子にはまることになったのか、そのへんはどうだかわかりません。ただ今のこの時点ではっきりといえることは、『夏乃ごーいんぐ!』は面白いということで、特にその外見とのギャップが極端に極端に強調して描かれるところがよく、したたか万歳といったところ。ネタはシンプルで、それゆえ強く、それはたかの宗美のらしさといってもいいのかも知れません。見せ方がうまいんでしょうね。自分の持ち味がなにであるか、どうすればそれが伸びるのか、わかってらっしゃるのだと思います。

さて、『夏乃ごーいんぐ!』第2巻には、夏乃が他社営業を出し抜くために出したなぞなぞの答えが載っていて、それは昼間は広くて夕方狭くなるものなーんだ!?というものなのですが、私はもうこれがわからなくて、通勤の車内で読んで以来、数日の間この問題が頭から離れず、いろいろ人に聞いてみても、インターネットで調べてみてもわからない、一時はそもそも答えなんてないんじゃないかとさえ思い、そのうち私は考えるのをやめた、といった代物でした。

けれど、その答えがわかって、けれどそれがちっとも強引じゃなくて、よくできている! 数年来の胸のつかえがようやくおりたようですよ。

  • たかの宗美『夏乃ごーいんぐ!』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2003年。
  • たかの宗美『夏乃ごーいんぐ!』第2巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2005年。

引用

2005年9月9日金曜日

かみさまのいうとおり!

  最初は、それほど意識することなく読んでいた漫画で、けれど第一回からしっかり記憶には残っているのですから、やはりそれだけの力がある漫画だったんだろうなと、今振り返ってみて思います。それぞれに異なった宗教的バックグラウンドを持つ女校生のコメディなのですが、そうしたちょっと特殊な設定が無駄にされることなく、よくよく効果的に使われているのだから好感もてます。それになにより、個々のキャラクターもうまく機能していて、この人の漫画はうまいなあと、ほんと、うまいなあと思います。

なにがうまいかといっても、定番ギャグの使いどころなんかは実にそうで、それは例えばエロ妄想して鼻血を出すという古典的なものであったりするのですが、そうした定番を使いながら定番を感じさせず、マンネリもうまく回避しているところは、やっぱりうまい。毎回決まったギャグがあるけれど、そこにたどり着かせるまでを工夫しているから、むしろその手腕を楽しみにしてしまう。ギャグは定番を持つと強いといいますが、本当にそうだと思いました。そして、ギャグのベタさを克服する練り上げには毎回毎回感心します。

お決まりのギャグというのはほかにもあって、虚弱僧侶(もちろん女学生)の死亡系ネタであるとか、担任教師(この人は男)のアレげなネタとか、これらもやはり定番系で、けれど定番ならではの安定をうまくひきだしながら、その安定に安住していないところがさすがです。ぱっと見には地味で目立たない作風と思うかも知れませんが、長く読んでいるとじわじわと効いているのだなあと、いや、本当にそういう感じの漫画です。

ところで、第一回から読み返してみると、上に挙げたような定番ネタというのはむしろ出てこなくて、おとなし目のネタが続くのですが、そのネタもうまいなあと思わせるものが多くて、例えばそれは主よ、この者の傲慢をお許しください…とかトラピスチヌ教会クッキーとか…うわ罪悪感とか、学生の宗教上の理由は最大限これを尊重するとか。どれも今読んでもしっかり面白いし、そのはじめて読んだときの印象もちゃんと覚えているものなあ。

覚えているといえば、1巻2巻の巻頭描き下ろしのカラー漫画が、ちゃんと伏線を張って、それを生かしているのもうまいなあと思いまして、ところで、このカラー漫画ってちょっと凶悪だとは思いませんか。

蛇足:

今までのパターンを踏襲すると、山伏実希代といきたいところなのですが、ここにいたっては鳥居くり子なのであります。

2巻の表紙は凶悪です。

引用

2005年9月8日木曜日

Maurice Ravel's La Valse played by Glenn Gould

 モーリス・ラヴェルの有名曲といえば、第一に『ボレロ』が思い浮かぶのではないかと思われますが、『ラ・ヴァルス』も『ボレロ』に負けず劣らず有名で、そして非常に美しい曲であります。この曲、もともとはバレエのための音楽として作られたのだそうですが、依頼主(かの有名なロシア・バレエ団のディアギレフ)がどうも気に入らなかったようで、結局は演奏会用のオーケストラ作品として定着しました。ラ・ヴァルス、 — ワルツと題されたことからもわかるように、この曲は三拍子の絢爛豪華たるワルツであるのですが、ですがヨハン・シュトラウスのウィンナ・ワルツのような軽快さ、沸き立つような興奮はなく、むしろゆったりとして、情緒のたゆたうような幅広の作品に仕上がっています。

『ラ・ヴァルス』、もとはオーケストラの作品でした。ですがこれを我らがグレン・グールドが演奏しています。自らピアノに編曲しての演奏が、録音に残されています。

グールドの弾くラヴェル — 、はじめに断っておきますが、決しておかしな演奏ではありません。グールドらしいエッジの立った演奏は、確かにオリジナルとは違った雰囲気を醸しだしていて、清廉で潔癖、ですが、気位の高ささえ感じられるような高雅さは確かに『ラ・ヴァルス』です。しかし、やっぱりそこはグールドで、グールドのピアノから放たれる『ラ・ヴァルス』には、思わず駆け出したくなるような情動がたわめられたかのように充満していて、私は心から揺すぶられて、こうしてはいられないという思いに後押しされるかのように活気づかされます。

もし、手もとにオーケストラ版があればあわせて聴いてみて欲しいのですが、色彩も豊かで非常にきらびやかと感じられるオーケストラの前では、グールドの演奏もさすがに色を失って、まるでモノクロームの映像を見るようにさえ感じられてしまいます。この印象は、おそらく録音の質も関係していて、モノラルのもっさりとくすんだような感触がもどかしい。けれど、そうした悪条件をものともせずに疾走し前進していくこの力はなんでしょう。音楽の、前へ前へと向かう力強さが確かだから、その勢いに駆られて、聴いている私もつい釣り込まれて前のめりになって、 — 目の前にはグールドの音楽一色になってしまうのです。

グールドの『ラ・ヴァルス』は、彼の残した演奏のなかでも屈指の名演で、私はこの演奏が本当に好きで、これをポータブルのプレーヤーに詰めて、都市の雑踏の真っ直中で聴けば、言葉にし尽くせない感覚に襲われます。まるで都会が舞踏会のように、 — だなんていうと妙に気恥ずかしくて馬鹿馬鹿しくなるので、この例えは取り消しましょう。

けれど、日常を上から塗りつぶしてしまうような魔法が感じられる、そういう演奏だというのは本当ですから、ぜひ一度試してみてください。

2005年9月7日水曜日

LOVE ME DO

 そりゃあ、ジョージさんがいけないよ。甘やかすだけ甘やかして、はなっから小娘にうまくあしらわれて — 、でもこっちのジョージさんはそのことに気付いてるんですよね。『痴人の愛』の河合譲治に比べたらこっちのジョージさんの方が卑屈さがなく、それは現実感が希薄だからなのか、あるいはジョージさんもそこはかとなく黒い要素を持っているからなのか、ともあれ『LOVE ME DO』は悲壮感が少なく軽くできてて、さらっと読めるよい漫画だと思います。

『痴人の愛』の譲治さんと『LOVE ME DO』のジョージさんの一番の違いは、自分の妻に対する割り切り方の違いにあると思うんですよ。『痴人の愛』だと、譲治はナオミを美しく賢い女性に育てて、しかもそれを自分の支配下に置いておきたかったというもくろみがあって、まあそのもくろみは見事破綻して、奔放な女の支配下に置かれてしまうわけで、だから譲治からしたら望まぬ関係であったわけです。

ですが、『LOVE ME DO』だとそうじゃないんですね。ジョージはアイを育てようなんて頭はまるでなくて、ただアイが可愛いから、とそれだけしかない。はじめからこういう関係になることを諒解しているわけです。このへんの割り切りのよさが、ジョージさんから悲壮感を消し去っている大きな要因なんだと思います。

『LOVE ME DO』はヒロインのアイが、お手伝いロボ(犬型メイドロボ)のモンちゃんや、隣人のハナにゃん、レモンくんらと、毒吐きながら淡々と流れていく変わるところのない日常、というか、その会話を楽しむ漫画といったほうがらしい感じがします。だから、四コマの基本は起承転結だ、それ以外は認めないとか考えている人には向かないかも知れません。なにげにひどいこといってる、そういう様と会話を、だるく楽しむのがこの漫画の読み方でありましょう。

こういう漫画ですから、適当に手に取って、適当に開いたところから読みはじめて、飽きたら適当に閉じる。こういう読み方が普通にできる漫画というのも、日常のなんでもない時間をゆっくり過ごしたいときには必要で、だから『LOVE ME DO』は私にとってはちょっと特別なタイトルになっています。

『LOVE ME DO』は、長く『まんがタイムきらら』誌の巻末に位置して、読み疲れを軽く締めてくれる漫画として、非常にいい仕事をしてきたと思います。『LOVE ME DO』にたどり着いたら、ああ読み終わったという気にしてくれる。なんとなく締めてくれる。だから『LOVE ME DO』がなくなったら、きらら誌の読後感は大きく違ってしまうだろうと思います。

  • 新条るる『LOVE ME DO』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2004年。
  • 新条るる『LOVE ME DO』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2005年。

2005年9月6日火曜日

痴人の愛

 そりゃあ、譲治さんがいけないよ。甘やかすだけ甘やかして、はなっから小娘にうまくあしらわれてることに気付かず、それで結局はあれだよ。もう、情けないったらないね。もう、情けないやらみっともないやら、これが身内なら勘当だよ。友人だったら縁切っちまうよ。

けど、そもそも恋だ愛だという話は厄介なもので、どうしても心の平衡が崩れがちになってしまうもんですから、いざとなったら譲治さんみたいになるというのもあながちないとはいえません。私にしても、惚れた腫れたのついぞ今までありませんでした、とは口が裂けてもいえないわけで、いや、しかし、そうした状況を脱した今から振り返ると、傍目にもこっけいな姿がちらついて、譲治さんのことをどの口でいいやがるかという話にもなりそうで、つくづくいやんなります。

そもそも若い時分に恋愛を、たとえごっこみたいなんでもいいからそれなりにやっておかないと、譲治さんみたいになるんですよね。誰しも最初は恋愛に幻想を抱いたりして、それこそ、あの女と添い遂げられないんだったら、あいつを殺して俺も死ぬみたいな、そういう苛烈な恋愛感情は若いうちになんとかしとくもんなんだろうなあと思うんですよ。それを、子供みたいな恋愛観をいつまでも引きずっているから、年取ってからの色恋は狂うというんです。って、実はこれはうちの母親の訓えで、私はそんなふうに昔から聴かされてきて、そしてそれは実際であるなあと思って、そうしたものにはなんだか醒めてしまいました。

けど、私は実際譲治さんみたいな性格だから、もしこの先、現実のナオミが私の前に現れるようなことでもあれば、おお、ぶるぶるっ、その時こそは気をつけねばなるまいなと身震いするのですよ。

この本読んでいて思うのですが、ナオミがある種のセックスシンボルとして機能した時代に、まさにそうしたものに憧れる一男子として読んだのだったら、私の感想も違ったのだろうな。けど、少なくとも私はナオミみたいな女にはどうにも萌えないときているから、正直な話譲治さんには感情移入もなんもなかった。なに馬鹿やってんのさ、みたいな感じで遠くから伝聞するようでしかなくて、だから私には『痴人の愛』はさほどの感銘もなくって、つまりは結局は春琴師匠のほうがずっとよかったという話でしょうか。実際、そうだと思います。

  • 谷崎潤一郎『痴人の愛』(新潮文庫) 東京:新潮社,1985年。
  • 谷崎潤一郎『痴人の愛』(角川文庫) 東京:角川書店,1952年。
  • 谷崎潤一郎『痴人の愛』(中公文庫) 東京:中央公論社,1985年。

2005年9月5日月曜日

少年少女日本の歴史

    コミック・バトン企画もついに最後のタイトルにたどり着きました。『少年少女日本の歴史』。小学館が少年少女向けに発行した日本史漫画で、全二十巻。うちには全巻そろっています。

子供の私があまりに漫画に傾倒して見せたものだからか、あるいは学研ひみつシリーズの効果があまりに目覚ましかったからか、親がそろえてくれたのでした。私はこの漫画を実に重宝して、高校生になっても参考に使っていた、 — いや、実は今でもたまに参照している — というのは内緒です。

ずらりとリストを作成してみれば実に壮観でありますが、ハードカバーの漫画をざっと二十冊並べてみてもなかなかのものでして、子供の頃にはこの漫画が書棚の一段を占拠していて、それはそれは見事でした。今はその場所は違う本が奪ってしまって、『少年少女日本の歴史』はオーディオ・スピーカーの隣にうずたかく塔になって積まれているのでありますが、それでも結構な量があって、けれどそれだけの価値はあるなといえる内容です。

漫画を読めば、その時代その時代の雰囲気というものがざっとつかめて、こうした感じをつかみ取るのは教科書なんかでは難しいものでありますから、子供の私にはきっとよかったんだと思います。ほら、以前いってましたでしょ。漫画『日本の歴史』に戦艦保有比率のどうのこうのが図示されていたうんぬんって。こうした図版や例えはきっと教科書にもあったに違いないのですが、けれど今頭の中に残っているのは漫画に出てきたほうがずっとずうっと鮮やかで、これはそれだけ繰り返して読んだ証拠であると思うのです。

全二十巻。私が好んで読んだのは第1巻。古代縄文弥生時代の日本が断然面白くて、漫画に描かれた縄文人弥生人はそれは実に生き生きと、そして卑弥呼も印象的だったと思うのです。次いで好んだのはお江戸元禄から幕末にかけて、そして明治大正昭和でありました。

多分、私は、だれかしらのビッグネームがぐぐいっと時代を動かしてというようなものよりも、民衆大衆がわいわい出てくるのが好きだったのだと思うんですね。だから江戸の町衆や近代日本の大衆が出てくるところに興味を持って読んでいた。確かに歴史的事件よりも、その時代の風俗を楽しむところは今も同じです。こういう傾向は、子供の時分にもうできあがってたんですね。

引用

2005年9月4日日曜日

いる?いない?のひみつ

 学研のひみつシリーズといえば学習漫画として広く知られているのでありますが、ところが中には異色作もあって、とにかくひとつ異色作を挙げてみなといわれれば、誰もが思いつくのは『いる?いない?のひみつ』なのではないかと思います。

『いる?いない?のひみつ』、いったいなにがいるというのか、いないというのか。それは、宇宙人・怪獣・ゆうれい・超能力者なのです。オーマイ! オカルトじゃんかこれ。宇宙人の章では、日本で目撃された小型UFOやFBIに連行される宇宙人といった定番もの、怪獣章ではニューネッシー、シーサーペント、イエティ、それからビッグフットあたりもいたかも知れない。いたかも知れない? なぜ私がこんなあやふやな言い方をするかといえば、この本は私の手もとに残っていないからなのです。子供だった私にはあまりにおそろしい内容を含んだ本で、それはそれは何度も読んだのですが、どうしても手もとに置くのはためらわれて、従姉妹にあげてしまったのでした。あの物持ちのいい従姉妹のことだから、もしかしたら残してくれているかも知れないけれど、けれどさすがに捨ててしまったでしょう。だから私は今になって後悔しています。

なにが怖かったのかというと、やっぱり幽霊なんですよね。ですがある一事例を除いてほとんど覚えていません。あんまりにその一人のインパクトが強すぎたから、他の幽霊に関する事例は吹き飛んでしまったようで、そのただひとつの事例というのはかの有名な霊媒ピアニスト、マーガレット・ブラウンです。

マーガレット・ブラウン。ある夜、リストの亡霊が彼女のもとを訪れて憑依したのだそうです。翌朝隣人がいうことには、奥さん、ピアノがお上手なんですね。ブラウン夫人それに答えて、いえ私ピアノは子供の頃に少し習った程度なんですよ……。

そう、あの夜のピアノは、十九世紀の大ピアニスト、フランツ・リストが弾いていたのでした。

キャーッ!!!

それからというもの、ブラウン夫人の家にリストはたびたび訪れて、しかも時にはお友達のショパンさんやシューベルトさんたちを連れてきてくれて、って、おいおい正気かよ! けれど、時代というのはおそろしいもので、この突拍子もないものがレコードに吹き込まれて出版されていたのですよ。『いる?いない?のひみつ』にはこのレコードジャケットの写真が紹介されていて、ブラウン夫人が大作曲家たちと交霊したことの証拠とされていました。

私は大学に入って、音楽なんかの勉強をしていたわけですが、時折、なにがはずみとなるのか、この霊媒ピアニストによるレコードを思い出すのでした。しかしその頃にはすっかり彼女の名前を忘れてしまっていたものですから、探すに探せず、調べるに調べられず、きっと一生わからぬままであろうと思われたのでした。

ところが、出会いというのは不思議です。私が修士論文のテーマに選んだグレン・グールドがやってくれました。彼の著作集にブラウン夫人のレコードに対する評が収録されているのです。その名も「ローズマリーの赤ちゃんたち — ローズマリー・ブラウン「交霊演奏会」(レコード評)」! いかすぜ、グールド。愛してるよ、グレン!

グールドの評に付された註釈によると、このレコードはPhilipsから出ていたらしく、その番号はPHS 900256、1970年の出版でした。グールドの評は微妙に屈折して複雑怪奇で、けどまあつまるところ夫人のピアノはうまくないといってるんですが、ともかくも私はこの情報をもとに調べてみて、ですが残念ながら、まだ耳にすることはかないません。

ローズマリー・ブラウンの作品(おっと失礼、作曲演奏はフランツ・リストでしたな)もさることながら、私はもう一度この漫画を読んでみたくて仕方がありません。どうにか買い戻したいと思って、せめてそれがかなわぬなら、新訂版でも構わないと思っています。

まさに、思い入れの深い一冊なんですよ。

2005年9月3日土曜日

からだのひみつ

 恐竜研究が進んで恐竜観も様変わりしてしまったという話をしましたが、さすが人体となればそれほど見方の違いもないらしく、新訂版にも旧版の漫画がそのまま収録されているようです。こうしたところはオールドファンには嬉しいのですが、けれどさすがに二十年の違いは大きかったようで、新ひみつシリーズでは刷新されてしまいました。歳月流るる如し。私は自分の子供時代をまるで昨日のように振り返りますが、けれど実際にはもうずいぶん昔のことなんですね。ぞっとします。

『恐竜のひみつ』は私が最初に買ってもらったひみつシリーズでした。『からだのひみつ』は『恐竜のひみつ』と一緒に家にきたのですが、こちらはもともと姉のものでした。けれど、こうした漫画は姉弟で共有するようにして読んでいましたから、そのうちに所有がうやむやになって、今ではまるで私の漫画のようになっています。ですが、それでも私はこれは姉の本であると思っています。

漫画を通した知識の獲得や学習効果を考えると、ひみつシリーズは非常によい教材であったと思います。『からだのひみつ』は人体に関する基本的な知識を扱っているのですが、私は実際この漫画を読んで得た知識をベースに、後の学校教育をかなり有利に切り抜けました。

消化器や循環器の働きを知るというようなことも大切でしたが、においや温度に関する感覚などのあやふやさ — 慣れてしまうということ — なんかは、日常の生活の中で、自分の感覚や身体の作用を観察して評価する姿勢をはぐくむのに本当に役に立ったと思います。今の私の、状況事態を観察して、その観察をもとに結論を知ろうとするスタンスは、間違いなく子供の頃に読んだ、科学漫画から得た知識とその知識を確かめようとする過程でできあがったといえるでしょう。

しかしだよ、しかしだよ、最初に読んだひみつシリーズが『恐竜のひみつ』と『からだのひみつ』。そしてこの後に読んでいくものも、主に科学系、技術系。『発明発見のひみつ』とか『海のひみつ』、『地球のひみつ』、『動物のひみつ』、『飛行機ロケットのひみつ』、『NHKハテナゲーム魔法実験のひみつ』などなど。『忍術手品のひみつ』あたりとなると異色ですが、それでも私の好みは圧倒的に自然科学系に偏っていたということがわかります。

その偏りには子供の時点ですでに気がついていて、後に『漢字のひみつ』を偏向を正す目的で購入して、これはこれで楽しく読んだのですが、けれど科学系漫画のような面白さは感じ取れませんでした。どうも私は根っから科学の子であったみたいで、多分これは今も変わってないと思います。

  • 藤木輝美『からだのひみつ』(学研まんがひみつシリーズ) 東京:学習研究社,1972年。
  • 横田弘行,藤木輝美『からだのひみつ』(学研まんがひみつシリーズ) 東京:学習研究社,1972年;新訂版:1992年。
  • 井上大助『からだのひみつ』吉田義幸監修 (学研まんが新ひみつシリーズ) 東京:学習研究社,2005年。

2005年9月2日金曜日

恐竜のひみつ

 科学というものは着々と進歩して、私が子供の頃には常識として理解されていたものが、今では誤りとされることもしばしば。こうした変化を実感するのは、私の場合でいえば、恐竜に関することでしょうか。私が子供だった時分の恐竜は、ゴジラよろしく直立姿勢でもって尾を引きずり引きずり歩く鈍重な爬虫類どもという描写が普通だったのですが、『ジュラシックパーク』そして『恐竜惑星』を経験した私たちは、もはや恐竜たちをそのようにはとらえなくなりました。今私たちが恐竜に持つイメージといえば、さながらエメリッヒの『ゴジラ』のようです。

イグアノドンの親指は、かつて鼻の先についた角として復元されたという逸話がありますが、私の恐竜に関する知識の今昔は、イグアノドンの親指を彷彿とさせるほどに違っていて、私はここにある種の感慨を感じないではいられません。

と、このように恐竜に関する常識が様変わりして、『恐竜のひみつ』も大幅に書き換えられてしまいました。この新たな版には、私が愛したエースマンの居場所はもはやなく、こうしたところにも時代の移り変わりを感じないではおられないのが私です。

知識が変わったんだ、版改訂も仕方がない、当然のことだと私も頭では理解しながら、けれど一抹のさみしさも感じて、こういう人はきっとたくさんいるのではないかと思います。

『恐竜のひみつ』は、漫画の部分も思い出深く、私はそれこそ何度も読み返し、各ページ柱の豆知識まで網羅するほどに読み込んで、そして最後には色刷りの恐竜図鑑のページを眺めてうっとりするのが常で、あの濃密な総天然色的イラストレーションは、子供心に恐竜の存在感をひしひしと刷り込むのに充分でした。もちろん最近の研究が反映された今のスマートな恐竜像も格好よくて素敵なのですが、昔のあの泥臭く鈍重でそしておどろおどろしささえ漂わせた恐竜の存在を忘れることはできなさそうです。

そういや、変わったといえば、ブロントサウルスもそうですね。ブロントサウルスという種が消えて、アパトサウルスに統一されたのは1903年のこと。ですが私が子供だった頃は、まだブロントサウルスの方がとおりがよかった。

ですが、今はアパトサウルスの方がずっと一般的なんですから、時代の変遷はこんなところからも感じられます。

  • 川崎てつお『恐竜のひみつ』(学研まんがひみつシリーズ) 東京:学習研究社,1972年。
  • たかや健二『恐竜のひみつ』(学研まんがひみつシリーズ) 東京:学習研究社,1972年;新訂版:1993年。

2005年9月1日木曜日

ドラえもん

 私が最初に読んだ漫画は、紛れもなく『ドラえもん』。第16巻、父がよそからもらってきたのでした。私がまだ幼稚園児だった時分で、それまで本といえば絵本くらいしか知らなかった私は、漫画という表現にはじめてであって、ぶっ飛ぶほどの衝撃を感じました。もしあの時、父が『ドラえもん』をもらってこなかったら、きっと私の人生は大きく変わっていた。おそらく漫画を読むよりも文字の本を好み、いや、どうだったものでしょうか。人生にもしもはありませんから、結局はどちらでも同じであったのかも知れません。けれど、私にはあの時の出会いがなければ、今はきっと違っていたとしか思えないのです。

なにが変わっていたか。きっと私は、今ほど漫画を読まず、少年時代は取り分けそうだったでしょうから、科学に対する憧憬を育てる暇はきっとなかったろうと思います。私の中生代の生物に対する憧れは間違いなく漫画でもってはぐくまれ、それは例えば第16巻に見る「宇宙ターザン」であり、そして映画『のび太の恐竜』であり、明日語られるだろう『恐竜のひみつ』で — 、私の知識や知恵の大半は、漫画というメディアを通じてもたらされたことは疑いないのです。

なかでも『ドラえもん』は芳醇でした。サイエンスやテクノロジーへの憧れがあり、憧れとともに反省と批判があり、それらは豊かなエモーションとともに、まだ子供であった私に注がれたのでした。世の中を見る目は、憧れだけでは妄信となり、反省批判だけでは萎縮して自由さがない。ですが、藤子不二雄の目は今から考えても確かであったと思うのです。藤子不二雄は『ドラえもん』という漫画を通して、科学技術がもたらすものを見据え、よいものはよい、悪いものは悪いとちゃんと答えました。そして、人間が生きるうえで大切にすべきものがなにか、ちゃんと答えました。私はそうした藤子不二雄の語りかけを『ドラえもん』から感じて、こうして育って、私の情緒の根底には『ドラえもん』が抜き難く存在しているというのです。

世の中には漫画は数多あり、素晴らしいものもそうでないものもたくさんあって、漫画家だってそうです。私はそうした漫画や漫画家に思いをはせるとき、きっと藤子不二雄を思わないではいられません。藤子不二雄は紛れもなく私にとっての最初の漫画家で、漫画という世界の創造者のごとき位置にあるのです。いや、そりゃ私も漫画の発展した道を知っています。手塚治虫もほかの偉大な漫画家も知っていますが、ですがそれでも私にとっては藤子不二雄こそが第一で、藤子不二雄だけは私の魂を構成する重要な一部になっています。

ほかの漫画家 — あるいは作家でも作曲家でもかまいません — がいなくとも、私の今は変わらなかったろうと思います。けれど私の魂から藤子不二雄を取り去ろうとすれば、きっと大出血とともに絶命します。

  • 藤子不二雄『ドラえもん』第16巻 (てんとう虫コミックス) 東京:小学館,1979年。