2004年12月4日土曜日

七色いんこ

   手塚治虫といえばアトムであったりブラックジャックであったりを思い出す人がほとんどで、あるいはメルモちゃんやリボンの騎士でしょうか。そうした錚々たる作品のなか、『七色いんこ』はあまりに知られておりません。うーん、この作品、私にとってはブラックジャックに並ぶ名作でありまして、それどころか、好きということに関してならブラックジャック以上であるかも知れないんです。それだけに、もっと知られて欲しいという思いがあります。

『七色いんこ』は演劇の話なのです。本名も素性も謎に包まれたエキストラ専門の俳優七色いんこは、演劇においては名優として観客を魅了し、しかし泥棒としての裏の顔も持つという、まさにピカレスクの匂いが立ちこめるようじゃありませんか。

しかしここは手塚治虫ですから、いんこも悪いばかりじゃない。彼は役者としての自分をも高めつつ、胸の奥に秘めた決意により最後には — いやここは内緒。だって最後の謎をばらしてしまうようじゃいけません。一言いうなら、私は感動したのでした。芸術の目的とは、本来こうであったのではないかと思ったのです。

しかし手塚治虫という人は、多趣味であったからか、実に引き出しが多い。『七色いんこ』にしてもそうで、各話各話が演劇戯曲を下敷きとしたパロディとして作られているんですね。演劇に詳しくない諸氏もご安心を。チャンピオン版にはちゃんと演劇解説も(写真入りで!)付録していて、通し七巻を読むだけで、ちょっとした演劇通にもなれちゃうというおまけ付き。いや実際、私にしてもこの漫画のおかげで演劇に興味が出まして、本当だったら絶対見ないようなものも見て、結局世界が広がりました。そういった意味でも、実によい漫画であると思います。

ところが、ですね。私は、自分用に文庫でそろえてしまいまして、これが大失敗でした。ついてくるはずと思っていた演劇解説が文庫版にはついていないのです! ああ、この演劇解説は、それ自体価値であるだけでなく、漫画の理解も深めさせる必須のものであろうというのに! ひどい、ひどすぎます。

と、こんなわけで、チャンピオン版で買い直したいという思いにとらわれることもしばしば。いや、実際買い直したほうがいいんじゃないかと思っています。

  • 手塚治虫『七色いんこ』第1巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1981年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第2巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1981年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第3巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1982年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第4巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1982年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第5巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1982年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第6巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1982年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第7巻 (少年チャンピオン・コミックス) 東京:秋田書店,1982年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第1巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第2巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第3巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第4巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第5巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第6巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第7巻 (手塚治虫漫画全集) 東京:講談社,1994年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第1巻 (秋田文庫) 東京:秋田書店,1997年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第2巻 (秋田文庫) 東京:秋田書店,1997年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第3巻 (秋田文庫) 東京:秋田書店,1997年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第4巻 (秋田文庫) 東京:秋田書店,1997年。
  • 手塚治虫『七色いんこ』第5巻 (秋田文庫) 東京:秋田書店,1997年。

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