2004年12月12日日曜日

拳児

  私が大学院の一年生だったときのこと、バイト先の若いのが、いい漫画なんですよ、おすすめですといって貸してくれたのが『拳児』でした。絵柄やなんかはちょっと古くさい感じがする少年漫画。もしおすすめといわれてなければ、自分はきっと見付けられなかった類いの漫画です。つまり彼が貸してくれなかったしたら、今も知らないままにいるということです。

ああ、もし『拳児』を知らずにいたらどういう人生であったことか。私はこの漫画に出会うことができて、大変幸運でした。その若いのにはどれほど感謝をしてもしたりないくらいです。

漫画の題材は中国拳法で、少年拳児が祖父の足跡を求めて中国大陸を旅する、一種のロードストーリーといっていいのかなあ、結構雄大な話です。舞台となる時代はまさに現代でありまして、でも私は本誌でこの漫画に出会ったときは、昔の、それこそ戦後すぐみたいな時代のことかと思っていました(私が古くさいといった所以です)。

拳法が題材でしかも少年漫画なので、拳児がライバルと切磋琢磨し成長していくというのが基本的な流れです。けれど、一番のライバルがなんといってもさわやかじゃないんですね。いきおい読者は拳児に感情移入することになりますが、この拳児と拳児を支える人たちとの関わりがなんだかすごく素朴でよいんですね。拳法というひとつの手段を媒介として、広がる人間の輪がすごく嬉しくさせるんです。まさしく、魅力的な脇役にこそ面白さが感じられる漫画でした。

さて、今でこそ格闘技は広く認知されていますが、ちょっと以前には一部のマニアックな人のものでしかなかったんですね。なので、その時分から格闘技ブームにさしかかるくらいに拳法に興味を持った人は、ほぼ等しく『拳児』の洗礼を受けているんじゃないかと思うんですね。こういう人たちに特徴的なのは、拳法を単なる格闘やなんか手段としてみるのではなくて、心身を高め自己を陶冶するものという考え方です。実際これは近代中国拳法に流れている考え方で、そしてその考えの末流に私も位置しています。

この武術に対するアプローチは、私の場合においては音楽に重なったといってよいでしょう。私が院を修了する際に提出した論文は、まさに『拳児』の影響でなっています。もしあの時に『拳児』と出会えていなかったら、論文の第四章以降は書かれていなかった、あるいはまったく違うものになっていたでしょう。論文に書かれたことは、今でも私の根底に流れているもので、つまり『拳児』は私の人生に影響し、論文という具体的なかたちにおいても、音楽観(私にとってそれは人生観というに等しい)という内面的な価値においても、大切なものとして刻まれています。

  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第1巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1997年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第2巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1997年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第3巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1997年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第4巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1997年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第5巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第6巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第7巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第8巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第9巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第10巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1998年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第11巻 (少年サンデーコミックスワイド版) 東京:小学館,1999年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第1巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1988年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第2巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1988年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第3巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1988年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第4巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1989年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第5巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1989年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第6巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1989年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第7巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1989年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第8巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1989年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第9巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1990年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第10巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1990年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第11巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1990年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第12巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1990年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第13巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1990年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第14巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1991年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第15巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1991年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第16巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1991年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第17巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1991年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第18巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第19巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第20巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第21巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第1巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第2巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第3巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第4巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第5巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第6巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第7巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第8巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第9巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第10巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2001年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第11巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2002年。
  • 松田隆智,藤原芳秀『拳児』第12巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2002年。

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