2008年4月27日日曜日

帝都雪月花 — 昭和怪異始末記

 辻灯子の新作が本になって、私は相も変わらず喜ぶんだけど、でもなあ、これちょっと人には勧めにくいんです。いや、面白くないわけじゃない、面白いんですけれど、それもべらぼうに面白いのですけれども、人を選ぶんじゃないのかと、そのように思うところが非常にあるのです。『帝都雪月花』、副題に「昭和怪異始末記」とつけて、昭和の頭ころの風俗をたんまり盛り込んで、怪異コメディをやってみる、そういう漫画です。年代は、おそらく昭和一桁くらいでしょうか。ヒロイン和佳さんが噂の地下鉄道で浅草まで花を買いに出る場面があるのですが、噂というからには引かれてまもなく、物珍しさから話題になっている頃でありましょう。となれば、東京地下鉄道の開通がわかればある程度の年代特定はできるというわけで、ええ、上野浅草間に地下鉄道が走ったのは昭和二年のことであったのだそうです。

こんな具合に、当時の風俗、出来事が目立たぬようにそっとさしはさまれて、もちろんそれらは背景であるからでしゃばるようなことはなく、けれど確かに漫画に一花、一味を添えるものであるのです。前作『昭和余禄』に比べれば、そうした風物の現れ方はおとなしくなったとも思えますが、でも確かにベースにはその素養があって、いい味出していますよ。それこそ、こうした時代物が好き、大正から昭和戦前の風俗が好きという人にはちょっと無視できないものがあるんではないかと思われます。そして私はこうした時代が好きなのです。かつての職場で、明治から大正、昭和前期の雑誌、新聞を整理する仕事をしていた時、黄ばんで読むほどにかゆくなるような紙に辟易しながらも、見知らぬ時代の空気が面白かった。新聞の記事、なんか大げさな読み物風で、今ならプライバシーの観点から絶対出せないような風聞、あるいは週刊誌風とでもいいましょうか、そんな欄がばっちりあって、どこそこの令嬢がどこに嫁いだとか、そんなことが報道されている。味がある。こんな時代があったのか、あの時代はこんな風であったのか、すごく興味深かった。『帝都雪月花』は、これら一次資料の持つ生っぽさはないけれど、こうした昔に触れる面白さを感じさせてくれるものだから、好きな人にはたまらないものがあるのですね。

でも、あくまでもそれは主役ではない。主役は怪異譚でしょう。神職の家系に連なる瓜生の家の娘和佳が出会う怪異。というか、瓜生の家がすでにお化け屋敷呼ばわりされるような有り様なんですが、ともあれ、怪しげな下宿人上代秀真と猫又寅吉などをともなって、些細なものから危ないものまで、様々な怪異に遭遇する、そういう漫画なんです。ですが、和佳さんが明るく元気で、はつらつとしているものですから、気味の悪さ、おそろしさがむやみに強調されることはなく、コメディとしての風合いも持って、楽しませてくれます。そして、読めばどことなくうろんで、のらりくらりと手から逃げるような感触の中に、剣呑を隠している、そんな具合であるから、読んでいる私が化かされているようなそんな不思議な感覚味わうようでもあります。淡々と盛り上がり、淡々と締められる、ああ私の読んだものはいったいどういうものであったんだろう。すごく独特な雰囲気に呑まれてしまって、その霧中な感じもよいのだと思うのですね。

まれに重い話もある『帝都雪月花』、今回もやはりそうで、人の心の弱さや執着に少々触れるような趣、瓜生の家の化け物屋敷と成り果てた所以であるとか、あまりにさらりと描かれて、それはもったいないと思うほどであったのですが、けれどさらりとしているからこその味もある、これが作者辻灯子の持ち味なのでしょう。だけれども、『ただいま勤務中』や『ふたご最前線』、『べたーふれんず』なんかにはこういう感じはなかったから、いわば別の側面、違った顔なのではないかと思います。B面や裏面などとはいいたくない、多面性を持った一面。これもまた表の顔のひとつでありましょう。

引用

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