2004年10月19日火曜日

プラトーン

 二十世紀アメリカの汚点のひとつである泥沼のベトナム戦争。プラトーンは、もう皆さんご存じのことと思いますが、新兵がベトナムの戦場で体験したことを描いた大作でありまして、監督オリバー・ストーンの自伝的映画でもあります。

ジャングル内での戦闘は極度の緊張と弛緩の繰り返しであり、ために兵士は正気と狂気の間で揺れ動くのでしょう。人間性への信頼を失わしめるような行為が戦場にはやはりあって、なぜそうした残虐な衝動に駆られるのか、平時に暮らす私たちには理解できるようでできないのだと思いました。この映画はそうした状況心境をよく描いていますが、現実の戦場というのはどれほど過酷なものか、やはりそれは前線に出たことのない私たちには分からないのだと思ったのです。

ベトナムの戦場では、いったい誰が敵であるのか分からず、そうした状況ゆえに引き起こされた事件の多さは私たちも聞くところです。ソンミ村の事件などはあまりの苛烈さゆえによく知られていますが、大小の虐殺はいたるところであったといわれています。

この映画は、そうしたアメリカの恥部を隠すことなく描いて、また兵士たちを必要以上に英雄視することもなく、淡々と兵士として表現している。こうした姿勢が様々な立場をとる人たちや実際自身も兵士としてベトナムに立った退役軍人たちにも共感と理解を生ましめたのだろうと思うのです。

しかしですね、この映画で描かれる悲劇や、もちろん実際にベトナムで起こった悲劇は、今も変わりなく世界を覆って、主義である思想であるのために犠牲になる人のなんと多いことか。テロリストに報復するといってモスクに爆撃が行われ、あるいはそこにテロに荷担する人たちもいたのかも知れませんが、そうでない人も多かったはずで、こうした行為がかつてのソンミ村での惨事とどう違うのか。民族意識の発露であるかあるいは復讐であるのか、もう間違いなく無関係の小学校を占拠して行われた殺戮にいたっては、いったいなにであるというのか。

私たちは簡単に過去の教訓を忘れ、その上厚顔無恥にも、すっかり忘れて他人事みたいになっている過去のドキュメントに簡単に共感を示して、そしてけろりと歴史は繰り返すなんていうのです。そりゃそうでしょうよ。無理解と非寛容の精神でもってぶつかり合うことでしか生きられない人間は、非人道的な道を歩むようあらかじめ決められているに相違なく、不幸と悪意の連鎖から抜け出すことなど到底かなわぬのでありましょう。

なんて馬鹿馬鹿しいことでしょう。なんて馬鹿馬鹿しいことでしょう。

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