2008年12月16日火曜日

マップス

  かつて関西には『アニメ大好き』という伝説的テレビ番組がありまして、夏、冬、春の長期休みにOVAを連日放送してくれた。いやあ、私らアニメファンはかじりつくようにして見たものでした。期間は一週間程度。ビデオテープ用意して放送を待ち、休み明けにはなにがよかった面白かったといいあって、そうしたこともまた楽しかった。アニメに飢えていた私たちは、興味があろうとなかろうと、放映されるものは全部見て、今から思えば、あれは素晴しい出会いの場であった、そのように思います。

『マップス』の出だしに『アニメ大好き』を持ってきたのは、私が『マップス』を知ったのがほかでもなくこの『アニメ大好き』だったから。ええ、私はOVA版から入った口なのです。女性の姿を象った宇宙船に捕われた高校生の男女。彼らが出会ったのは、美しい女海賊リプミラ。日常が一瞬にして非日常になるという導入、そして隠された謎、敵との戦闘。すごく楽しいアニメで、ああ、なんでこれビデオに録っておかなかったんだろうって後悔しました。よくあるミスです。ノーチェックのものによいものがあると、もう悔しくて悔しくて。特に、こうヒロインが魅力的なものとなるとなおさらで、ええ、『マップス』はヒロインがべらぼうに魅力的で、ああビデオに録って残しておきたかったなあ。今でもまれに思いだしては悔しがります。

けれど、私と『マップス』の関係は以上で終了。その後、漫画を読みはじめることもなく、けれど『マップス』の名前はしっかり覚えていて、新刊を見れば、懐かしさにとらわれる、そんな不思議な距離を保ち続けていたのでした。その後私は、『飛べ!イサミ』で長谷川裕一の漫画に触れて、アニメとは絵の雰囲気も、また話も違う、あまりにオリジナル、そうしたところに戸惑ったりもしながら、しかしこの人があの『マップス』の作者であるかと印象を新たにして、でもまだ『マップス』を読むにはいたりませんでした。

私が『マップス』を読もうと思ったのは、先月ですね、書店に詣でたら愛蔵版が平に積まれていまして、ああ、愛蔵版でたんだ。そう思って手に取れば、全6巻であるといいます。頭の中で軽く計算。よし、買った。ついに『マップス』を読むぞ。それはちょっとした興奮する出来事でした。なぜって、まだ少年だった時分の思いがどこかに残っているからですよ。私の見たのは序章に過ぎず、物語の入口をくぐるまでにもいたっていない。それがついにその先に歩みを進めるというのですから、もう楽しみでしようがなかったのですね。

以前、誰だかがいっていたんです。長谷川裕一はロリを描かせたら天下一品だ。じゃなくて、大風呂敷を広げ、かつそれをうまくたたむことのできる作家であるって。実際その片鱗は序盤も序盤、愛蔵版第1巻の時点ですでに感じられるほどです。最初はそんな設定なかったんだろうなあという新設定を次々と盛り込みながら、矛盾となるような要素をうまくつぶし、あるいは回避し、第1話では予想もしなかったほどの大きな世界を描きはじめたものですから、驚くばかりでした。主人公ゲンに秘められた謎は神秘の度合いをより以上に増し、リプミラの設定もアップデートに次ぐアップデートを受けて、それはもう目まぐるしいほどであります。設定が追加されるその度に物語の世界は広がり、またその広がった世界を駆けるゲン、リプミラたちの躍動も一層ダイナミックになって、ああこれは引き込みますね。魅せられるままにのめりこんで、一気に読み切ったら、もう2巻が待ち遠しくてしかたがない。で、先日出た2巻を買って読みはじめたら、これがもう止まらない。1巻にも増して物語は大きく広がって、しかし登場するキャラクターたち、彼らはそのあまりに大きすぎる物語に負けることなく、縦横に駆け回り、その情熱を燃焼させて、ええい、3巻はまだか! もう気がはやってしようがないんですね。

『マップス』の素晴しさは、裸率の高さ、じゃなくて、ええと余談だけど、以前、ファンタジーとSFの歴史とは、いかに女性の露出を高くできるか、そのチャレンジの軌跡である、みたいなことをいっている人がいたんですが、『マップス』はある種その到達点であると思ったのですよ。『マップス』以上に露出を高めるのは不可能なのではないか。そう思わせるほどに裸率が高い — 。

閑話休題、『マップス』の素晴しさは、男の子度の高さにあるのだと思っています。主人公ゲンはくじけない。どれほど困難な局面にその身を置いたとしても、決してあきらめることなく、果敢に挑戦していく。そのまっすぐさの素晴しさ。彼のその特性は、こと女の子を助けるということにかけては抜群で、この漫画に出てくるそれはそれは強い女性たち、彼女らをサポートするどころじゃない。危機にあっては必ず駆け付け、身を呈してでも守る。ここで踏ん張らなければ男の子じゃない、そういう場面ではきっと期待に応えて、ああ彼はまっことのヒーローだ。男の子ならきっと夢見る、夢見たことのあるような見せ場の数々が心を熱くたぎらせるのですね。

少年の頃はとうに過ぎ去った私のようなものにしても、心のどこかに眠っていた少年を呼び覚まされて、もううずうずしてたまりません。ああ、これはいいよ、すごいよ。この漫画は、少年青年の頃に読みたかった。かなわぬことと知っていながら、そう思わずにはいられない、そんなうずきを感じさせて、もう止まりません。しかし、私は今、なんの前知識もなしに、まったくのまっさらの状態でこの物語に触れることのできる仕合せを得て、心から感謝しています。

  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第1巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2008年。
  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第2巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2008年。
  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第3巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2009年。
  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第4巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2009年。
  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第5巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2009年。
  • 長谷川裕一『マップス 愛蔵版』第6巻 (Flex Comix) 東京:ソフトバンククリエイティブ,2009年。

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