2008年12月22日月曜日

ひかるファンファーレ

音大を舞台にした漫画がヒットしたからなのか、音楽を題材にした四コマも増えて、この動向は本当に予想外でした。けれど、悪くいえば無節操に、はやりを取り入れようとするのは、四コマ界隈に限らずいずこも同じであります。だから、はやりものは嫌いなんて偏屈なことをいうんじゃなくて、自分も一緒に楽しんだ方がきっとずっと楽しいんですよ。反省しましたか? はい、反省しました。

さて、現在芳文社では吹奏楽ものが二本連載されていまして、そのうちの一本が、こないだからなんだかんだと言及している『うらバン!』です。吹奏楽部に入部した小柄な女の子、鈴杉冬美が巨大な低音楽器チューバに配属されるという、見た目におけるギャップ萌え漫画といってもよいかと思うのですが、実はもう一本の吹奏楽ものも同様に、吹奏楽部に入ったら、チューバを吹くことになってしまった小柄な女の子、ひかるをヒロインとするギャップ萌え漫画、なんでしょうか。けど、同様の設定でありながら、その感触はずいぶん異っています。

その感触の違いは、掲載誌の違いが大きい、そういってもいいのではないかと思います。『うらバン!』は『まんがタイムきららキャラット』連載、『ひかるファンファーレ』は『まんがタイムジャンボ』連載です。そのためか、『ひかるファンファーレ』の方がナンセンス色が薄く、地に足のついているという印象を与えますが、実は『ひかるファンファーレ』の方が夢見がちのように感じます。天才少年に美少女、ちょっとしたけれんですね。そうした要素を散りばめながら、けれど不思議と地味に落ち着いていくのがこの漫画の面白いところで、だって天才少年黒田君の楽器はトロンボーン。って、こりゃまた地味だな。トロンボーンにせよなんにせよ、関わったものならわかるよさ、魅力、華がある。けど、それは一般には通じにくいっすよ。しかしそこをあえてトロンボーンをこの漫画の花形にすえた、そこに私はちょっと光るものを感じてしまうのですね。

一般にわかりやすい花形といったら、金管楽器ならトランペット、木管楽器ならフルートあたりでしょう。実際、吹奏楽部に夢とともに入部してくる新入生たちは、このあたりをやりたいって思っているんです。ところが、ヒロインはチューバ。ヒーローはトロンボーン。って、中低音がやたら充実していますね。これで対抗のヒロイン、池森結衣がテナーサックスあたりだったら、なんという中低音天国、ってな感じになったのでしょうが、残念(?)ながら結衣はアルトサックスです。

望みの楽器があって、しかし望まない楽器に配属されてしまうというところは、スクールバンドの現実を色濃く反映していて、実は私なんかもそうでした。中学の吹奏楽部に入って、希望はホルンだったのですが、って、それもまた地味だな。いやねシューマンがホルンはオーケストラの魂だとかいったんだって話を聞いて知っていたものですから、じゃあ是非ともその魂をやりたいものだ、そうした夢一杯で数ヶ月、走り込みやら腹筋やらを耐えたというのに、結局サックスに配属されてしまったのでした。でも、今はその配属は正しかったって思って、むしろ感謝してますよ。

私が吹奏楽部に引き込んだ友人は、中学ではホルンをやって、高校にあがった時も当然ホルンを希望していたのですが、残念ながらチューバにまわされて、彼はそれはそれはショックで、男泣きに泣いたとかいう話であります。だから、ひかるのような話はどこにでも転がっているのです。希望するのは、誰もがその胸に思い描く花形であります。私の姉ならフルート、しかしやつは中学ではトロンボーンに配属され、高校では一旦クラリネットに決ったものの、最終的にユーフォニウムに落ち着きます。おそらくは最初はいやいやなんです。ええーっ、こんな楽器いやだ、そう思って、それこそクラブやめようかなんて思いながらも、なんとなく続けているうちに好きになっていくのですね。

それは、さっきもいっていた、どの楽器にも等しくあるという華、そいつに気付いてしまうからなんだと思うのです。ベースを支えるチューバは、第二のメロディとでもいうべきベースラインを朗々と奏で、トロンボーンは、パート全体がひとつの機能となって、中低音域をぶ厚くふくよかに彩ります。それはそれは格好いいんですよ。けど、それはただ漫然と聴いてるだけじゃわからないかも知れない。だから、こうした漫画をきっかけに、吹奏楽も面白そうだと思った人は、もう一歩を踏み出して欲しいものだと思います。もちろん、やれってわけじゃありません。ただ、漫画のネタのひとつとして、部活ものの一バリエーションとして受け取るだけじゃもったいない。一歩踏み込んで、実際に聴いてみる。たいてい、どこでも地元の高校あたりが演奏会したりしてますからね、そういうのに足を運ぶなりして、ああ、漫画の中の彼ら彼女らは、こうした世界の中にいるのだという実感を確かなものとしてもらえたら、どんなにかいいだろうと思います。

『ひかるファンファーレ』は、吹奏楽の世界に夢をともに飛び込んできた女の子が、一度は夢を壊されながらも、配属された楽器を相棒として新たに夢を育んでいくという、実に吹奏楽部的な面白さを描いている漫画であると思います。それはまさにスクールバンドの典型であって、それはすなわちスクールバンドの青春そのものといっても過言ではありません。音楽への取り組みについて激論を交すこともある。友情を深める出来事、レクリエーションもあれば、ひとつの大きな山を皆で越えるという達成感、そしていたらなかった自分への悔しさもあって、それは多分吹奏楽に限らない、なにかにチャレンジしている人、いた人すべてが共有しうる感情であろうかと思います。そうした広く共感されるものをもって開かれる世界の中には、吹奏楽ならではの面白さが確かにあって、それが私には妙に懐かしいんですね。

さて、ここから以下は余談です。読む必要はありません。

マーチングの回で、ひかるがスーザフォンについて、強化プラスチック製だから重くないっていってました。これは本当です。ええと、私の愛するYAMAHAの製品だと、9.1kgだそうですよ。って、重いな……。けれど、昔はスーザフォンも総金属製でして、私の学校にあった楽器なんてまさにそれで、本文でいってた元ホルン吹きのチュービストは面白がって、そいつを復活させたのはいいものの、その重さに音をあげて、再びしまいこまれることと相成りました。さて、その重さとはいかほどのものかというと、ええ、私の愛するYAMAHAが総ブラス製のスーザフォンを出しているのですが、12.5kgだそうですよ。思ったより軽いなあ。

YAMAHAのサイトには、硬軟とりまぜて、楽器を紹介するコーナーがいくつかあって、中でも楽器解体全書はわかりやすく、質も高い、実によいコンテンツです。もちろんチューバもありますよ。トロンボーンだってあります。漫画で興味を持ったという人は、ぜひ楽器そして音楽の魅力にも触れていただきたいものだと、切に願うところであります。

  • 田川ちょこ『ひかるファンファーレ』

0 件のコメント: