『アヴァンギャル堂!!! こんぷりーつ』。『月刊コミックブレイド』に掲載されていた漫画です。ってまるでわかってるように書いてるけれど、教えてもらうまでよくわかっていませんでした。読者コーナーの下四分の一のスペース、右から左に、巻物みたいにして載っていたのだそうです。コマのサイズが可変であるためか、四コマ漫画読むような感触はなく、なにかフィルムロールを見ているみたいな感覚でちょっと新鮮です。で、これがですね、同人誌でまとまっているのでどうぞとおすすめされまして、なるほどそうであったのか、買わねばなるまいと買ったのでありました。
しかし、アヴァンギャル堂っていうの、なにかと思ったらちょっとマニアックなDVD店、しかも第1回時点ですでに潰れているっていうのは笑ってしまいました。もう、ないんだ! タイトルなのに! で、その店の目的がへんてこで、客の悶々エナジーを集めるために淫魔が経営していた。しかし店がなくなってしまったので、客の中で一番エナジーを放出していたという理由でもって、自宅まで押し掛けてきた。すなわち、押し掛けヒロインものであるのですね。
漫画の掲載形態もあったのでしょう。あまり込み入った話を展開することはできなかったそうで、ヒロインが学園祭にやってくる、それだけの話でなんと2ヶ月にわたってしまうのですね。だから表現の中心は、ヒロインななの過剰なアタックと、へたれゆえに防戦、退けようとする主人公栄、ふたりの応酬となって、しかしハイテンションな押しと、負けずハイテンションな押し返しは見ていてテンポよく面白かった。下四分の一スペースを抜けた最後に、ページ一枚まるまる使った漫画がくるんですが、ここが実に見せ場でありました。ウホッ! いい姉!
ベタったらベタなんですけどね、けど、そのインパクトは効果的、しかもこの後に意味不明な葛藤がくる。バ… バレンタイーン!
からヒィィ 栄さんが痴漢に!
の流れも本当によかった。これまで散々痴女だなんだといってたのに、痴漢の凶悪さはなにか格別のものがあるなあ。なんといいますか、思い知らされたように思います、なにをかはよくわからんのですが。
全12回、さっきもいったように、ちょっと込み入った、というか文化祭にやってきたヒロインに、なかなか素直になれない主人公が少し気持ちをあきらかにする、普通なら1回分で描ききれそうな内容が2ヶ月にわたってしまう、実質月あたり2ページほどしかない漫画です。けれど、その少ないスペースで、淫魔だ、痴女だ、魔界ナマコだ、どたばたちょいエロを展開しながら、その実、魔界からきたななと、生身の女性を苦手にしていた栄、ふたりの交流もの、気持ちの近づいていこうという、そうしたことが描かれようとしていたのだなと感じさせるラストでありました。そして、そうしたラストを唐突と感じさせないのは、事前にちゃんとふたりの気持ちの動きを予測させる描写があったから、ええ、文化祭の話ですね。少ない紙数、限られたスペースで、けれどそこに表現したいものをのせてくる。こうした表現のあったおかげで、にぎやかだった漫画、そのにぎやかさに膨らみ、うるおいが加わった、しっかりと心に跡を残す、そんな漫画になったと思うのです。
- 風華チルヲ『アヴァンギャル堂!!! こんぷりーつ』美彩'd,2010年。
引用
- 風華チルヲ『アヴァンギャル堂!!! こんぷりーつ』(美彩'd,2010年),13頁。
- 同前,37頁。
『月刊アフタヌーン』2010年12月号、発売されています。正式の発売日は昨日ですね。さて、表紙は『げんしけん』。二代目とのこと、期間限定復活連載なのだそうですよ。『げんしけん』、人気あったそうですが、私はこの漫画を読んだことなくってですね、オタク、マニアのことを描いたものだっていうことは知ってる。逆にいえば、それくらいしか知らないんですね。前提となる情報をまったく知らない、雰囲気くらいはなんとかわかるかも、そんな状態での二代目。なかなかに面白いと思ったから、前作知ってる人はきっとすごく面白いんでしょうね。


『まんがタイムきららフォワード』2010年12月号、発売されました。表紙は『夢喰いメリー』。ヒロイン三人、揃い踏みですね。メイド、いやウェイトレスか、エプロン&ヘッドドレスつけて、メリーはオムライス、勇魚はナポリタン、そして由衣はパフェを運んでる。その三人の表情、いきいきしていて魅力的です。特にメリーの、なんかしてやったりな表情、すごくよいと思います。こういう表情、好きなんですね。
ずっと以前のことです。『
『はなたま』、好きな漫画でした。御形屋はるか初遭遇となった漫画で、面白いなあ、絵もきれいでととのって可愛いなあ、そう思いながら楽しみに読んでいました。ちょっとどんくさい大学生春日乃空と結びの神さまはなたまの交流が楽しくて、それからはなたまについているふたりの男、太郎丸と次郎丸、狛犬らしいんですが、このふたりも面白くて、いい漫画でした。あんまりにいい漫画なので、はなたまさまとひそかに呼んでおりましたくらいです。
仙石寛子の漫画は、なんでかいつでもなにかずるい気がしてしまって、けれどそれでも読まずにはおられない、そんな魅力があるのです。表題作『三日月の蜜』もそうでした。自分の好きな男には好いた女があって、けれど告白できずにいる。そうした様子に自分自身を重ね合わせたからなのか、なかば面当て、なかば自暴自棄に、好いた相手の好いた女をとってしまおうとする。その発想が面白いなと。あながちなくもない、そう思わせるようなニュアンスで、むしろ冗談や軽口といった方がいいかも、そんな申し出であったのに、相手が悪かったとしかいいようがない。通ってしまった。こうしてはじまる、女同士の後には引けない恋愛もの。これは目が離せない、そう思ったものでした。
正直最初は、ゲームまで付き合ってられないという気持ちがあって、買わないでおこうかと思っていたのです。いや、予約しようと思えばいつでも予約できる、そんな状況下で、買うか買わないか決めあぐねて、だらだらと時間ばかり過ごしてしまったといった方が正しい。あちこちから聞こえる予約締め切りの情報を眺めながら、いきつけの店が予約を打ち切り、ついにAmazonでも注文できなくなり、ああ特典が全部はけてしまったか — 。こうして買う買わないの逡巡が終わった、そう思っていたら、Amazonの特典付きが復活したんですね。それで試しに注文してみたら、なんと発売日翌日に届いて、いや、なんとってことはないか。ともあれ、届いたのでした。
『
実をいうと、私はこの漫画にあまり乗れていなくって、その理由は辛気臭さと人間関係の把握しにくさだったのだろうと思います。ヒロインがふたり、内気でけれど好きな魚、水槽のこととなると俄然積極的になる三嶋ゆうと、幼なじみの男の子とずっと一緒にいたために、女子の友達がいない、どうやって作ったらいいかわからない、とても不器用な吉岡さおり。このふたりが知り合っていこうという、そんな様子がすごくもどかしくて、けれどそのもどかしさが心をくすぐる。どこか切なく、そして微笑ましい、不器用ものふたりの交流が、淡々と、けれどしみじみと胸に降り積もって暖かです。
