『ヒツジの執事』、連載中は『子うさぎ月暦』というタイトルでした。作者はナントカ。ええ、『新釈ファンタジー絵巻』を描いてらした方です。『子うさぎ月暦』は、『新釈ファンタジー絵巻』の続編とでもいいますか、『絵巻』のヒロインかぐやの婚約者であるミニ様を主人公とした漫画の四コマ編であったのですね。ミニ様の幼少のころ、まだ物心もつかない、それくらいの時期を描いて、執事のサフォークをはじめとするお屋敷の皆がミニ様を育てつつ、屋敷を切り盛りする、そんな漫画であります。それがこうして単行本となるにあたって、ミニ様よりもサフォークにメインのスポットがあたるよう、エピソードが抜粋されたのでした。
おそらく、面白さという点で、お屋敷で働く皆に注目した方がより面白かろうという判断がなされたのでしょう。ええ、実際めちゃくちゃ面白いです。サフォークは羊。羊毛を刈られてしまったり、またサフォークの思い人であるメイド長ミセスコリーはその名のとおり牧羊犬であり、ここに立場を超えた弱肉強食的関係が成立するという面白さ。いや、もう、弱肉強食って比喩じゃないよな。マトンとかいってるくらいだもんな。いや、食べたりはないですけどね。
この漫画には、サフォークをはじめとするお屋敷の皆が幼い当主ミニ様に注ぐ、愛情があふれんばかりにあって、働く人たちの助けあいながら自分たちの仕事に誇りをもって取り組む、そんな姿が魅力的に描かれて、そして見ればどうにも笑わずにはおられないような、強烈なユーモアが生き生きとしているのです。私は、それらの要素、どれもが好きでした。思いやりを持って幼い主に接するも、毛を刈られてしまえばミニ様の興味は羊毛へいってしまう。中身、食肉っぽい方はどうしようといった切ないネタさえ面白く、またそうしたエピソードに浮かぶサフォークの哀愁がとてもいい。読むごとに好きになる。サフォークが、みなが好きになって、そしてナントカの漫画が好きだなと確認するかのようなのです。
『ヒツジの執事』には、職場ものとしての面白さがあるのですね。誰もが自分の仕事をまっとうしようとしている。そこに擬人化動物ものとしての面白みが加えられ、また月面に生活するというSFっぽい要素が加えられ、そしてもちろん、私たちの日常にも起こるようなこと、共感を持って受け入れられるものもたくさんあって、あの新車納入から初心者ドライバーに振り回される話とか、もう死にそうに面白い。ほのかな恋の要素なんかもあったりする。サフォークの恋はなかなか成就しそうにないけれど、でもなんか応援したくなって、これはサフォークの人柄あってのことかも知れません。
そして、人情ものとしての味わい、それが素晴しい。基本的にはコメディなんです。でも、折に、自分を引き立ててくれた先々代先代への恩や敬意が表されて、ああ、彼らの仕事に対する誇りの源はこれであるかと思わされるのですね。先代の恩あればこそ、ミニ様への深い愛情も理解できる。事故で亡くなった先代。ただひとり残された子供、それがミニ様でした。『子うさぎ月暦』は悲しみを底に隠しながら、明るく楽しいお屋敷の様子を描いて、情は深く、暖かで、やさしく、ええ、そうしたもろもろがサフォークというヒツジの執事に凝集されているのかも知れません。
ナントカはシニカルな笑いをもって、情愛の豊かにあふれる様を表現する。私の愛してやまない作家です。抜粋とはいえ通して読んだ『ヒツジの執事』。笑って、笑って、時に涙につんとなって、けれど最後にはきっと暖かな気持ちで読み終えることのできる。そんな一冊。広く読まれて欲しい、心からそう思っています。
- ナントカ『ヒツジの執事』(まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2010年。
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