2008年8月1日金曜日

純真ミラクル100%

 コミックエール』が出た時、これはいけるかもと思ったのは、面白い、そう思える漫画が多かったから。というか、つまらないと思った漫画、ひとつもなかったものなあ。あれだけの厚さのある雑誌なら、何本かは読まない、いや読めないものが出ても不思議でないと思うのに、全部読めて、どれもそれなり以上に楽しかった。これはよっぽど雑誌のカラーが自分に合っていたということなのだと思いますが、それにしても快挙であります。さて、そんな漫画群において、これはことに面白いぞと思ったものも当然あります。例えばそれは『純真ミラクル100%』なんかもそうで、これ、思惑通りいかなくて成功するという、実に不思議な芸能ものです。その、思惑のひどさと、その裏切られ方の見事さ、その落差がよかったんだろうなあと思います。

しかし、その思惑のひどさとはいったいどういったものかといいますと、芸能プロダクションの女所長が、自社タレントに対してやってしまう微妙な嫌がらせというか辱め。自分の性癖、とでもいうんでしょうか、ちょいサディスティックな衝動を満足させるために、ダサさ満開の衣装を着せデビューさせたり、絶妙な外しっぷりが気恥ずかしい芸名を考えてみたり、とまあそんな感じなんです。しかし、もしこの人のこうした性格を最前面に押し出して、新人タレントいじめて終わる漫画なら、きっと私はつまらない漫画としてこれを槍玉にあげたことでしょう。ところが実際にはそんなことにはならず、むしろ面白い漫画と感じている。それは、こうした微妙な悪意が、悪い方向に向かうのではなく、好転してしまうから。それも、狙ってやったように、うまく転がってしまうからなんです。

所長を好きという一心からか、所長のいうことなんでも好意的に読み変えてしまう、マネージャー工藤氏の存在がよかったのでしょう。そして、そんな工藤氏に巻き込まれて、その気にさせられて、しかも結果を出してしまうヒロイン木村彩乃のお人好しさ加減が最高でした。所長の悪意がまるで善意であるかのように、ただの思いつきが周到な戦略であるがごとくに勘違いされて、木村彩乃、おおっと今はモクソンだっけか、の人気はあがるし、所長の株もあがるし、それはそれはいいことづくめ。でも、所長は不満。この、裏目なんだか表目なんだかわからない、思惑のはずれっぷりが面白かったのでしょう。

けれど、これは一話二話に限った話。もし所長の嫌がらせとその裏目が、その後も軸であり続けていたら、いい加減食傷して、その悪意のほどにうんざりしていたかも知れません。それがそうならなかったのは、音楽一色に打ち込んできたモクソンの、成長とサクセスストーリーに軸が移っていったからかと思います。モクソンは、このプロダクションに所属して、所長やマネージャー、そして同僚のタレント奥村、おおっと彼女はオクソンだったか、と関わっていく中、様々な思いを抱いて、割り切れない感情に悩んだり、苦さを味わったり — 、そうした彼女の思うところが情緒的に描かれる、そこがよいんですね。情の深みにはまることを拒否して、明るい地平にとどまろうとするモクソンは切なくて健気。そんなやわらかさ、しなやかさが素敵で、胸に染みます。この漫画のこうしたところが、『エール』の売り文句、男の子向け少女マンガ誌の体現であるなら、『エール』はいける。私には、そのように思われてなりません。

『純真ミラクル100%』は、思い掛けないサクセスストーリーに始まって、モクソン、マネージャー、所長の一方通行的恋愛のコメディ、そしてひとりの女の子の成長ものとして広がろうとする、その膨らみがたまらなくよい感じです。風をいっぱいに受けて豊かに広がる白い帆のような爽やかさ、ああこれが純真ってことなのかな。たとえ途中、心にざわつく展開があったとしても、きっと最後には — 、そう思って読めるヒロインの明るさ、前向きな様がよい漫画です。ええ、モクソンはじめとする登場人物の素直さ、それが気持ちいい漫画であると思います。

  • 秋★枝『純真ミラクル100%』第1巻 (まんがタイムKRコミックス エールシリーズ) 東京:芳文社,2008年。
  • 以下続刊

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