『ハッピーとれいるず!』は、ご存じ荒井チェリーの新作で、けれどこれは1巻もの。続くかな、どうかなと思っていたら、意外とあっさり終わってしまって、ああー、確かに微妙だったものなと思ったものですが、こうして単行本でまとめて読むと、面白いですね。うん、面白い。正直なところ、これがもう少し、2巻3巻と続いたらば、今以上に面白さが出てきたんじゃないのかあ。そんな風に思うくらいで、だって美味しい設定がたくさん隠されてるみたいなのに、ほとんど語られることなく終わってしまっているんです。ほのめかされるだけで、踏み込まれることがなかった設定、これは本当にもったいないなと思います。それにキャラクターもたくさんいて、しかも個性的というか、今後動けばもっと魅力が感じられそうだと思うような、そんなキャラクターも多いのに、ああ、本当に残念だな。そう思ったのは、やっぱりこと漫画が面白かったからだと思います。
荒井チェリーの漫画では、『ワンダフルデイズ』が結構な大所帯でありますが、『ハッピーとれいるず!』も負けずというか、劣らずというか大所帯。メインのヒロイン、主人公の宝、見た目かわいいけれど中身は酷いという、実にいい感じのキャラクターであるのですが、彼女を筆頭に、魔法使いを目指し通信教育で夢をかなえつつある亜胡、見た目は抜群の男の子唯士(これでハイジって読みます)が続きます。そしてここからが面白い、前田克樹と辻一芽が参加しています。亜胡の、魔法を使って人助けしたいという望みをかなえるべく、便利屋クラブを創設した宝、部員として引っ張り込まれたのが克樹と一芽。克樹は『みおにっき』、『ゆかにっし』に出てきた、あの克樹です。そして一芽は『三者三葉』でひどい目に遭わされてるあの一芽 — 。
荒井チェリーの漫画は、舞台こそはそれぞれ独立しているけれど、少しずつ重なり合う部分を持っていて、そのため、横断的に多数の漫画に出てくる人が少なからずいます。こうした掛け持ちのキャラクターは、漫画によって位置付けが変わることで、新しい魅力、個性が発揮させられる、そんなふうに思います。知っている人には嬉しい仕掛けです。荒井チェリーの漫画の世界がより充実するような、そんな感じがするのですが、けれどこれは知らなくともかまわない、いわばプラスアルファに押さえられています。キャラクターの横断、世界の関連など、ギミックとしては楽しいけれど、凝りすぎることがなくさりげない、そういうところは美点であると思います。
さて、『ハッピーとれいるず!』ですが、先ほどもいいましたように、魔法使いになりたい亜胡の望みをかなえるべく作られた便利屋、クラブ活動なのですが、その能力の高さからスカウトされた克樹に、おそらくは頭数である一芽、そして霊の見える一年生シャノンにコンピュータや本など、情報の扱いに長けた鳩が加わって、これが部員一同。さらに生徒会の四人が関わってきます。メイン扱いのキャラクターで十人近いのですね。活躍するのは、もちろん主人公の宝、これ本当に酷い娘なのですが、そして克樹、さすが見込まれただけはあるって感じで大活躍していて、それこそ亜胡の出番を食ってしまっているんじゃないかと思うほど。そして重要な役回りを担っているのが、生徒会長井沢未琴と副会長小林祥太郎。クールな振りしてかわいいもの大好きな会長と、多分会長のことが好きなんだろうけど、そんなそぶりも見せずに会長をいじって楽しんでいる祥太郎、二人の掛け合い、やり取りも面白かったのでした。
この漫画の基本的な面白さは、表に見える顔、見せているものと、その実際のギャップだったのかなあと思います。優等生の上、会長も認めるかわいさの宝ですが、その実は行き過ぎた現実主義者、ちょっと守銭奴でありますし、美男美女の亜胡とハイジはどうにも危なっかしい天然さんであるし。みんなが見た目、中身にギャップを抱えているのですね。そして、その内面の奔放さであったりが、和気あいあいとした中に一味添えて、シビアさであったり、思わずつっこみ入れたくなる呑気さ、かみ合わない会話であったり、その揺れ幅、見せ方が面白かったのだと思います。
そして、もっとほころんで広がりそうな可能性が垣間見れた。そう思うから、冒頭にいっていたように、もったいないなと思うのですね。鳩なんかは、その見た目を変化させるネタに余地を残していたと思うし、またちょっと閉じ気味、引っ込み思案の性格もだんだんに変わっていくのではないか、また祥太郎との関係も興味を引いていたしと、そうした展開の芽の様なものがあちこちに見え隠れしていたと思います。
けれど終わってしまったものは仕方がない。残念だ残念だというのではなく、この一冊に感じ取れる面白さ、それをいっぱいに感じ取りたいと思います。
- 荒井チェリー『ハッピーとれいるず!』(まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2008年。
0 件のコメント:
コメントを投稿