2012年2月5日日曜日

ちゃりこちんぷい

 そのタイトルまでは覚えていなかったのだけど、スチールボディのリゾネーターギターを抱えた制服の女の子、その印象だけはしっかり記憶に残っていたのでした。『ちゃりこちんぷい』。ギターを弾く女の子の漫画やなんかは最近とみに増えた、みたいな印象がありますけど、中でもリゾネーターは異色だよなあ。連載開始の告知広告を見て、なるほどこいつはブルーズものかと納得して、単行本が出た暁には読んでみたい。そう思っていたのですね。そして、先日、書店にて単行本を発見。おお、やっぱりばっちりリゾネーターを抱えてる。その表紙は、間違いなくあの時のあの印象そのもので、買わねばなるまい、買うしかあるまい、であったのでした。

第1話、のっけからサン・ハウスの『Death Letter』をギター、ピアノ、そしてハーモニカ、いや、ハープっていった方がいいのか? 女の子三人がセッションしているところからスタート。弾く、歌う、踊る、そのいきいきとした描写は楽しく軽快で、けどなんか軽すぎやしないか。いや、ブルーズたって重々しいばかりじゃないから、これでいいんだろうとは思うんだけど。みたいなことを考えていたら、なんだかちょっと様子が違ってきましたよ。黒田千代治という一年坊主。口ばっかりえらそうで、中身さっぱりみたいな小僧なんですが、フォーク&ロック部に向かう彼が、その『Death Letter』セッションを耳にする場面。鬼気迫るギタープレイ、ギタリスト奈良本希の姿。これはいかす。没入して弾いている、その熱さが感じられる描写であったのですね。

この、奈良本希、まれちゃんですが、子供の頃、おばあちゃんのギターをねだって貰って、以来リゾネーターを弾いている。って、リゾネーター持ってるおばあちゃんとかすげえな。十字路で悪魔と契約したとか、作中でも盛りすぎとかいわれてるまれですが、加えて極度の恥ずかしがり屋だから、人前で弾けない、歌えないという、おお、やっぱり盛りすぎな気はします。ハープ玉木未来マキミキ、ピアノ香坂陽子インチョー、このふたりと一緒なら、驚くような演奏、歌唱をしてみせるけれど、ここに黒田千代治チョコが加われば、とたんに駄目になる。バンドしようと迫るチョコに怯えて、けれど時に赤面して優しいこといっちゃったりしてさ、あ、これってもしかして、このだらしない男、チョコがブルーズ三人娘と微恋愛的関係をほのめかしちゃったりする、そういう漫画でもあるのか? いや、でも、こいつあんまりにあかん男だから、それこそわかってない人代表として、ブルーズの説明や解説を引き出す、そういう役割に徹してくれればよいというのが素直なところです。

作者もいっていますが、この漫画に出てくるブルーズは基本実際にある音楽です。サン・ハウスの『Death Letter』、J. B. ルノアー『Slow Down』、ウィリー・ディクスン『Nervous』、他にもいろいろ。そして、『ドラム御神楽』やら『ちゃっともんちーブギ』とか、奈良本希オリジナル、というか、即興でわいわいやってる、そういうのんが出てくるんですね。この即興でというの、わーっと弾いて歌って、踊っている、その描写がぴしっとハマるみたいな瞬間があるんですが、ああ、楽しそうだなあ。こういう音楽のありかた、すごくいいな、そう思わせるものがあってナイスなのですね。そしてもちろん既存のブルーズ名曲のカバー、それもいい。まれの人前でできないというために、観客と一体になって云々という面白さは描かれないのだけど、仲間うちで集まって、セッションして、楽しむ。そうした楽しみはしっかり描かれてる。あの『Stormy Monday』のエピソードみたく、鬱屈した気持ちをブルーズ通して吐き出す、まさにブルーズのブルーズらしさといってもいいんじゃないかと思うのですが、いいねえ、いいよ、そんなエピソードもいいアクセントになって好印象です。

ところで、ちゃりこちんぷいって一体なんなんだ。いえね、これ、ちゃんと作中で語られるんですが、まれの頭の中で鳴っている、ギターの音。そいつを言葉にしたらそうなるっていうやつなんですね。みゃみゃみゃ・みゃみゃみゃ・みゃーみゃん、とか、ぎゃっくぎゃっくぎゃっくぎゃっく、とか、すまん、よくわからん。いや、ぎゃっくぎゃっく、はわかる。でも、ちゃりこちゃりこちゃりこちゃりこちゃりこちんぷい、これは絶望的にわからない。多分、典型的なターンアラウンドのフレーズで、これじゃないかなあっていうのはあるんですが、どうしても自分にはちゃりこちんぷいとは聴こえない。いや、もう、あんがんがー、でありますね。

基本的に、弾いて歌って楽しんでる漫画。ちょっと解説もあって、ブルーズの知識がないとわからない、そんなことはないから安心して読めます。むしろ、ブルーズを知らない人が、ここから興味を持ってもいいんじゃない、そんな感じでさえあります。ただ、やっぱりブルーズにまつわるエピソードとか知ってると、ああ、なるほど、そう思えたりする仕掛けはあって、十字路で悪魔と契約はロバート・ジョンソンの有名な伝説ですし、まれが交差点でギターをうまく弾けるようにと願って以来、犬に追いかけられるようになったというの、『Hellhound on My Trail』だったりするんだろうなあ。いろいろ思わせてくれるようなのあるわけですが、けど基本はセッションして、仲間と気持ち通じあわせて、そうしたところにある。だから、なにも知らずとも読んで、へー、ブルーズ、こんななんだと、漫画に出てきたやつを試しに聴いてみるのがいいんじゃないかなあ。なんて思って、作中解説を頼りに知らないブルーズを聴いてみたりしています。

  • 坂井音太原作,玉置勉強漫画『ちゃりこちんぷい』第1巻 (ヤングジャンプコミックス GJ) 東京:集英社,2012年。
  • 以下続刊

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