2006年10月19日木曜日

積極 — 愛のうた

 書店によったら並んでいた谷川史子の新刊。私はこれまでも何度もいってきたように、谷川史子の大いなるファンです。本が出ているとあらばなにがなんでも買い、なにをおいても読み、そして心に兆すなにかに大きく揺さぶられる — 。こうした揺さぶられ体験をもたらしてくれる谷川史子は私にとってかけがえのない作家であり、その人の生み出す漫画もまたかけがえのないものに他なりません。そして、この『積極 — 愛のうた』もやっぱり私の大切な一冊となりました。まだ一度読んだだけです。けれど一度読めばそれで充分なのです。しんと胸に染みる悲しさや切なさ、それらを越えて人を愛したいという気持ち、愛するということの実感、そして愛したということそのもの。多様な感情が押し寄せる感覚。ああ私はこの人に、この人の漫画に出会えてよかったと思う瞬間です。

『積極 — 愛のうた』には、表題作である『積極』に『スパイラル ホリディ』、『風の道』が収録されて、先にのべたとおりのしんと胸に染みる切なさの光る作品があるかと思えば、どたばたと楽しく幸いのふるようなものもあり、またギミックに富んだ小品あり。それぞれは印象を違え、風合いを違え、けれどそのどれもから谷川史子らしさの感じられる、多彩にして嬉しい一冊となっています。

でも私には表題作『積極』がよかったのでした。シンプルな構図。繊細な描写。物語は淡々と進みながらも起伏にうねりを見せて、しかしそれらは決して爆発的ではなく、ナイーブに内面で揺れ動きながらひとつの終わりに向かって集束していく。寂しさや悲しさはあるけれど、けれどそれらを遥かに上回って大きな感情が包み込んで洗い流してくれるから、私の心は充足しつつ開け放たれて空っぽでもあるといったような不思議な感覚に満たされるのです。

私は思うのですが、谷川史子という人は日常を取り上げてそこに新しい意味を与えていく、そんな詩人に似た人ではないかと。だから、たとえそこに大掛かりなギミックなんてなくても、本当に日常の切り取りみたいな話であっても、そこに人があって、心があって、感情の動き出すきっかけが生まれれば、心動かされる愛らしく素敵な物語になるのだと思います。そして、その時には日常はただの日常ではなく、すべてがかけがえのない一瞬に変わっている。そんな作家であると思います。

まあ、ただの日常と言い切るにはあんまりに不思議で変わった人たち、できごともあるのですが、けれどこの人の本質というのはそういうエキセントリックではなく、誰しもが持っている普通の感情に芽吹くものではないかとそのように思っているわけです。だから、ぱっと見には派手さはなくとも、不意に心に触れ、涙を流させたり微笑ませたりする、そういう効用があるのだと思います。

  • 谷川史子『積極 — 愛のうた』(クイーンズコミックス・コーラス) 東京:集英社,2006年。

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