2006年7月3日月曜日

鉄子の旅

   本日、『鉄子の旅』の続きを購入。ようやく連載分までたどり着きました。実は続刊を買うときにはちょっと心配があって、それはAmazonのレビューにあった、巻が進むごとに単調になってくるうんぬん。だって作者自らもう飽きたっていってるじゃん。うん、確かにそうおっしゃってますね。でも、それでも読者を飽きさせない努力がよりいっそうなされているのが伝わってきて、私は読んでだれるということがありませんでした。むしろ最初の少々薄味だったころよりも、巻が進んでからの方が面白いと感じています。

面白みを増した理由は、多分、漫画家である菊池さんが鉄道についての知識をだんだん身に付けられているというのが一点。そして横見氏への遠慮がどんどんなくなっているというところもあるのかも知れません。しかし一番は、読者がこの漫画にどういうものを期待しているかが見えてきているという、そこなんじゃないのかなあなんて感じています。

一度やってみればわかることなんです。なんでもいいからひとつのことを紹介し続けるってことがどれほど大変であるか。一度使った表現は二度と使うことができない。しかしだからといって、以前よりもよりよいものを作り上げたい。腐心して腐心して、ようやくできたと思っても、最初の頃にはあった感動はだんだん薄れてくる。当たり前になってくるっていってもいいかも知れません。そうなるともう書けない。私は実感実感っていつも繰り言みたいにいっていますが、こないだと一緒、昨日と一緒、そんな薄い実感しかない時は、どうあがいたっていいものなんてできません。だから見方を変える、アプローチも変える、ときには挑戦的なこともやってみる。けど、人間引き出しがそんなにたくさんあるわけじゃないんで、じきに在庫はつきてくるんですよ。そうなるともう書けない。ああ、もうどうしようかなあって思う。

好きでやってることでもこんななんですから、当初鉄道に興味のない状態で、どこに違いのあるかわからないようなローカル線を回らされて描かなければならないというのは、本当に大変なことであったろうと思います。前回と同じじゃいけない。かといって大きく逸脱するわけにはいかない。既定路線内で、けど前回とは違う表現を、内容を、とにかく作らなければならない。

『鉄子の旅』を1巻から綿々と続けて読んでみればわかるんですが、そうした見せかたの工夫というのが実によく練られているんですね。結論を先に持ってきて、最後に謎解きをやって見せるようなのもあれば、鉄道をほとんど見せないような回もあって、その工夫ぶりは目を見張るほど。いや、あったことをありのままに描いてるのかも知れないんだけれども、でも私の経験上、あったものをあったままに描いただけではこんなには面白くならない。見せかたの工夫です。状況がどんなであっても、よいもの、悪いものひっくるめて、楽しく読ませようという練り上げあって成立している。読者の懐めがけてすぽっと投げ込まれるような気持ちよさが感じられるときなどは、本当によい漫画になっていると嬉しくなる。だから『鉄子の旅』は、まさしく苦心の作であるのだなあと感心するのです。

さて、一番最初に『鉄子の旅』の続きを購入といっていました。実は最近は一度に既刊を全部買いそろえるというのをしなくなりました。一冊とか二冊ずつ買って、少しずつ読むようにしているのです。それは、まとめて読めるだけの時間がとれないという現実的な理由もあるのですが、少し間をあけてやると面白い漫画がさらに面白くなる! 一度に全部買いそろえて、一気に読んでしまって、そりゃ達成感やらはその方が大きいのかも知れないけど、けどそれはあんまりにももったいない! 一巻だけ買って、面白くて、続き読みたくて、けど今手もとに二巻はないから一巻を何度も何度も読んで、で、二巻を購入。読んで読んで読んで、毎晩寝る前に読んで、本当なら土日に書店にいくつもりだったのが、雨がひどかったからいけなくて、しかたがないからその分また一二巻を読んで、雑誌連載分は去年の12月号から手もとにあるけど、順番に読みたいから我慢して読まずにいて、で、今日ようやく三巻以降を買った! 残り全部買った! したらめちゃくちゃ面白い!

実は、私はIKKIコミックスを買う書店を決めているんですよ。別に通勤途中に買ってもいいし、梅田に降りるのはしょっちゅうだからそこで買ったらすぐ揃うんですが、これというものはこれという書店で買いたい。漱石全集ならジュンク堂なんだ。NHKテキストなら市川なんだ。そんなわけでIKKIコミックスは恵文社なんです!

本なんてどこで買っても一緒じゃん! ええーっ、それが違うんだよ。わかんないかなあ。本はその本を手に取る瞬間の雰囲気で面白さが変わる。その時の空気の違いで、読みはじめるまでのわくわく感が違ってくるんですよ。本はページを開く前から始まってるんです!! それをどこで買っても同じだなんて、本に対して失礼じゃないかっ!!!

と、こんな風にいう私はきっと本のマニアなのでしょう(でもマニアとしては薄いほう。はっきりいって一般人レベル)。だから、鉄道に関しての思い入れをぶち上げる横見氏の情熱、その根源もわかるように思います。向かおうとする対象が違うだけで、その大本にある驚異のメカニズムは多分同じであるのではないかと思います。

なお、横見氏のおっしゃる行けばわかる。私もこれに似たことを何度もいっています。私の場合は、聴けばわかる。音楽なんざ、いくら言葉を費やしたところでなんにも伝わりゃしないんだ。だからとにかく聴け、聴けばわかる!

私と横見氏はきっと同類であると思われます。横見氏の方がずっとグレードが高いけれど……。だから私ももっと精進しないといけないなと思います。横見氏が全駅下車の偉業を達成された年齢くらいには、私もなにかひとつの里標にたどり着けてるだろうか。不安になります。だからこそ、全線全駅下車は誰にでもできることだといってのける横見氏は私にとっての希望の星であるのです。私のテーマ、私の目標地点は横見氏とは違うけれど、けど氏の姿勢は私に勇気を与えてくれます。

蛇足

書店員になってる菊池さんがどえらいかわいかったな……。いや、もちろんご本人にお会いしたわけではないのだけれども。

  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第1巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2004年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第2巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2004年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第3巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2005年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第4巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2005年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第5巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2006年。
  • 以下続刊

引用

  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第3巻 (東京:小学館,2005年),119頁。

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