2012年5月1日火曜日

箱入りドロップス

 『箱入りドロップス』、これ、大変に素晴しい。ヒロイン西森雫は高校一年生。これまで、ろくに学校にも通ってこなかったという、箱入り娘。お爺様が厳しくて、成人するまで一切家から出さないという教育方針のもと育てられた、って、それ箱入り? 軟禁ないしは幽閉じゃないのんか? おかげで自販機も使ったことがない、どころか実際に見るのはじめて!? スーパーもコンビニも知識でしか知らない、知識は主に漫画やテレビから得ていた? 強烈にピュアなお嬢さんができあがってしまったというのですよ。雫の面倒をまかされた陽一、その状況を評して想像以上に過酷。これ、ほんと、そうだと思う。姉さんの計らいで家を出られて、本当によかったなあ。そう思わないではおられない、雫さんと友人たちの交流描いた、実に楽しい漫画であります。

しかし、おばさんから頼まれるままに雫の面倒を見ることになった陽一ですよ。見た目に怖く、なんだかいろいろ消極的? 面倒くさがり屋? そんな少年かと思っていたら、全然違うんですね。雫に対しすごく親身になってくれる。細々と世話を焼いてくれる。また想像以上に繊細な人で、雫にとってよくなるようにと、多方面に気を配ってくれているっていうんですね。でも、わかるわ。もし雫みたいな子に出会ってしまったら、陽一のようにありたい、そう思う人は多いんじゃないかなあ。それは雫の生い立ちがあまりに不幸だから、じゃないんですよ。なんでもないこと、それこそありふれたものであっても、雫にとってはそれらが本当に新鮮で、感動して、嬉しくて、楽しくて、きらきらと輝いてるみたい。ああ、こんなことでもこんなにも喜んじゃうんだ。見てるこちらが嬉しくなってしまう。だもんだから、もっといろいろなことを知ってくれるといい、もっと沢山の喜びを感じてもらいたい。いろいろしてあげたいと思わせてくれる娘、それが雫であるのですね。

雫の友達は、思えばみんなそうですよね。雫に嘘を教えたりして面白がってる萌や純、それから金髪少年相ノ木だって、雫を見守ってる。もっとこの子がしあわせになりますように。そうした気持ちをあからさまにしなくとも、ちょっとした行動に感じさせてくれて、ああ雫はいい友達に恵まれた。いや、けれどこれは雫自身が持つ思いやりの深さ、そのためでもあるよな。雫が向ける好意や優しさ、皆はそれを同じように返してるだけなんじゃないかな。ほら、あの世界史のエピソードで先生が見せたみたいにさ。なんていい子なの! 放っとけない、そんな気持ちでいるんだと思うんですよ。

この漫画は、読者からして雫のこと、見守りたくなる、そんなよさがある。暖かみ、彼女が得る小さなしあわせに、よかったよかった、そう思ってちょっと嬉しくなれる。それから、純情少年陽一と雫の、恋愛とはいえないよね、まだ。けどなんだかこのふたりの間に感じとれる情の温もり、それがゆっくりと育っていってくれたらよいなあ、応援したくなるんですよね。それはやっぱり、この漫画の登場人物、彼女ら彼らがとってもいい子だから、友達のしあわせを素直に喜べる人たちだから、なんだと思うんです。いや、友達というより、雫のしあわせっていった方がいいのかな? だって、相ノ木は結構酷い目にあってる、というかちょっと自業自得だけど、でもそうしたじゃれあいにも彼女彼らの気持ちの近さが感じられる、これもまたよさだと思います。

単行本には描き下ろし、追加のページが結構あって、時々のエピソードを受けて雫の学んだこと、ちょっと標語みたいにして描かれる一ページ、これが面白くて実によかったです。そして、巻頭、カラーページですね。雫が家を出るところ、それが描かれて、着の身着のままで家を飛び出した彼女が、不安、怖れでいっぱいになりながらも乗り物乗り継いで新天地を目指す。なにも知らない小さな雫が、車窓から眺める知らない街に、新しく出会う世界への希望を感じたのでしょうか、表情を柔らげる、その様子にはもう泣けて泣けて、いや、そういうのやりたいわけじゃないだろう、でも、ほんとそれだけのことがたまらなかった。ああ、これは雫の門出であるのだ。雫の姉が見せた笑顔、励ますかのように凛々しさ湛えて見送る、彼女のこの計らいこそは雫の本当の人生へのはなむけだったのだ。姉の妹に向ける深い愛情、これがまた素晴しかったです。

  • 津留崎優『箱入りドロップス』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社,2012年。
  • 以下続刊

引用

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