2006年9月16日土曜日

パールガーデン

 萩岩睦美の漫画はなんだか独特のファンタジー感覚に満ちていて、『パールガーデン』なんかはそうした路線の典型例なんではないかと思います。主人公は人魚の女の子ピア。彼女が人間の世界に父親を探しにいこうというところから物語ははじまるのですが、後はもう場面状況がくるくると変わっていく、まさしくジェットコースター的展開の魅惑です。しかしその転換の魅惑というのは、ピアだけの話ではないですね。最初にたまたまであった人間グリーンと町で出会ったマルコが大きく関係していまして、ふたりとも詐欺師だったりスリだったりとまったくもってかたぎじゃないんですが、けれどこんなふたりがなんだかいい奴で、こうした人の根っからの善良さが信じられているというのも萩岩睦美の漫画のよさなのかも知れないななんて思うのです。

けれど、この時代の少女漫画って本当にすごいですね。語られるグリーンの昔話。こうした大きな話の膨らませかたは、本当に少女漫画独特であると思うのです。ほら、児童文学の古典なんかに見られるようなちょっと不幸な前提みたいなやつですよ。バーネットなんかがその典型なんですが、両親を失っていたり、出生に秘密があったりといった具合で、萩岩睦美やその時代の少女漫画にはそういう児童文学古典のベースがあるんだと思うんです。

そういえば、ピアにしても出生の秘密ってやつですよ。お父さんに会いたいといって人間の世界にやってくる。そしてそこでの冒険。いや、本当にいろいろあるんですが、ネタバレしちゃうと読んだときに面白くなくなっちゃうからここには書けない……。この限られた条件でなにかいえるとすれば、この漫画に出てくる悪い人というのは皆どこかに悲しみや寂しさというのを抱えているということではないでしょうか。だからその悲しさつらさがいやされれば、きっと元のとおりの優しい善良な人に戻るのだろうと、そういうことを思わせてくれる暖かさに満ちているのです。

そして、物語はラストに向かって急転直下。たとえそこに安易な奇跡と批判できるような要素があったとしても、私はそれを受け入れたいと思います。物語が奇跡を要請していると、そのように思えるからで、 — それはさながら、昔話において幾度も起こされる奇跡が主人公を善く救うことに似ています。けれど萩岩睦美は主人公だけでなく、その他の多くの人も救って、この人の心の洗われるような物語性というのが萩岩睦美の魅力であるのだと、そして児童文学古典に似た味わいを残すところなのではないかと思います。

  • 萩岩睦美『パールガーデン』(集英社文庫コミック版) 東京:集英社,2006年。
  • 萩岩睦美『パールガーデン』前編 (りぼんマスコットコミックス) 東京:集英社,1985年。
  • 萩岩睦美『パールガーデン』後編 (りぼんマスコットコミックス) 東京:集英社,1986年。

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