2006年9月29日金曜日

ヨイコノミライ

  待ちに待っていた『ヨイコノミライ』最終巻が刊行されて、もちろん買って、そして読んで、 — これは私にとっても大いに考えさせられる漫画であったと思います。読み終えて心が穏やかでないのです。前に私がいっていた心配、救いが漫画の登場人物にまんべんなくもたらされるのかということ。この心配がはっきりとそのとおりにかたちを成して終わったという気がします。でもこのラストはなるべくしてなったのだろうと、二度目を読んで多少の落ち着きを取り戻した私は、ある種の残酷を、そしてある種の現実味を受け入れようとしています。それらは苦く悲しいものかも知れませんが、それをあえて受け入れたいと思わせる、この漫画にはそれだけの力があると感じています。

『ヨイコノミライ』は、漫画好きの少年少女という一種特殊な人たちを扱いながら、けれどたどり着いた先はといえば、ひどく普遍的な、人の生きるということそのものであったのだと思います。私たちは誰もが内に不安や弱さ、コンプレックスを隠しながら生きていて、けれどそれをおおっぴらにはしないでいるというだけなのですが、この漫画の登場人物たちはそうしたコンプレックスとそこから引き起こされる問題行動をあらわに私たちに突きつけます。それはあまりにも剥き出しで、まるで読者に対する挑戦であるかのようなのですが、……でも多分そうなんでしょう。これは漫画家が漫画の読み手に突きつけた挑戦だった。それゆえに厳しくつらく、しかしそうした苦さを飲み込んで越えることができれば、読者にとって大きな意味を持ちうる、そういう漫画であるのだと思います。

この漫画のラストに現れた明と暗の分かれ目を考えてみてもそうなのだと思うのです。自身の問題を乗り越えて前に進むことのできたものがあれば、停滞に飲み込まれるままに沈んでいったものもあった。この差はなんだったのかといえば、自分自身の問題点 — 弱さでありコンプレックスであるといった、誰もが目を背けたいと思っているようなこと — を直視し飲み下すことができたかどうかという一点であったと思うのです。思えばこれは、自分の人生を振り返ってみても同様で、苦い現実を見据えてなおまっすぐに取り組もうとする覚悟があるかどうかが人生の質を決定していると、そんな風に思う私はけれどまだ自分の本気を出さずにいるような気がしてなりません。だから私は青木に「本気を出した自分はスゴイ」そういう事にしておきましょうとあざけられ、挑発される側の人間なのです。

本気を出さないというのは、なにも余裕があるからではなく、むしろその逆なのです。本気を出さずにいれば、負けたとき、失敗したときにいいわけも立ちますが、本気を出してしくじれば自分自身へのいいわけも立たない。だから本気を出さない、出せない……。口でだけはなにとでもいえるから、ああしたい、こうなりたいと夢のようなことばかりいっているけれど、そして今は準備している途中なんだといいわけをして、けれど実際には踏み出す勇気がないだけなんだ。こうしたことを自覚している私には、なおさらこの漫画はつらく痛ましく、そう、他人事ではなかったのです。

だから、漫画研究会の面々に煩わしさや嫌悪も感じつつ、同時に過剰ともいえる感情移入をしたというのも至極当然のことで、とりわけ一部の人たちに仕合せな未来がきてくれればよいと願うような気持ちを抱いたというのもやはり当たり前だったのです。なぜなら、彼ら彼女らは私の一面でもあったから — 。そして私の仕合せになって欲しいと願った人たちは、一部は前へ前へと歩みを進めて、そして私のもっとも引き上げられて欲しいと思った人は落ち込んでしまって、だからなんだか私の胸にはとげが刺さったような感じがしています。こんな気持ちになることも、私の場合まれではないですが、けれどこれほどに深く感じ入ることはやはり多くはないのです。きっと、折りに読み返して、希望や絶望や安堵ややり切れなさを噛みしめることだろうと、そんな予感がしています。そしてその読み返すたびに、また新しい光や闇を見つけ出して、より深く彼らの短い季節に分け入ろうとするのだと思います。

蛇足

青木の天原に投げ掛けた言葉、私、本当の批評家は大好きよ。作品への新しい読み方を提示して、作品と作家と読者に、新しい道を拓いてくれるからは、私をしたたかに打ちました。私は自分自身が批評家であるなどとは露とも思っていませんが、それでも解釈者として、彼女のいうような、新しい読み方を見つけられるような読者であるのだろうかと、これまで自問自答してきた一点を打ち抜かれたかのような気持ちがしました。

だから、きづきあきらは、サトウナンキはすごいと。私の見たいものも見たくないものも、がっさりと底からすくうようにしてあらわにする、すごい漫画家だと思います。

  • きづきあきら『ヨイコノミライ!』第1巻 (SEED! COMICS) 東京:ぺんぎん書房,2004年。
  • きづきあきら『ヨイコノミライ!』第2巻 (SEED! COMICS) 東京:ぺんぎん書房,2004年。
  • きづきあきら『ヨイコノミライ!』第3巻 (SEED! COMICS) 東京:ぺんぎん書房,2005年。

引用

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