2007年9月23日日曜日

ルリカ発進!

  今、部屋の片付けをしている途中なんですが、この片付けというのは積もりに積もったものを掘り起こすことで、記憶や思い出も新たに呼び起こさせる、そういう体験であるのですね、と再確認している次第です。例えば、昨日書いた『篠房六郎短編集』だってそうで、なに、忘れていたわけではないんですよ。ちゃんと覚えていた。しかも、大切な本は大切な本でわけてちゃんと集めてあったんです。ただ、周辺にうずたかく積もるものやらなんやらでアクセスできなくなっていただけ。それらを掘り出して、手に取って、ああ、好きだったと思う。閉じられていた窓が一気に開かれたかのように、さっと明るい日が差し込んで、風が吹き抜ける気分がする。そして心は一気に昔の日々にかえって、懐かしさも愛おしさもともにあふれるよう。そう、私はひらのあゆの『ルリカ発進!』が好きでした。わずか2巻で完結した漫画ですが、そこに描かれている事々は、まるで自分の人生に起こったことであるかのように、身近に、親しみをもって心の奥に跡を残していたのです。

(画像は『星のズンダコタ』)

なんてことを思っていたら、なんと『まんがタイムファミリー』に『ルリカ発進!』が再録ですよ。作者急病とのことなんですが、これ、多分、掛け値なしで本当だろうなあ。ちょっと心配です。無理なさらずに、ご自愛なされませよ、なんてここでいってもよもやご覧ではあるまいから、まあでも気持ちだけでも、思う心がなにかに働き掛けたらいいねと。

久しぶりに読んだ『ルリカ発進!』は、思ったよりも時代が古くて、そうかあ、二千年問題とか世紀の変わり目とか、それくらいの時期の漫画でしたね。今よりも不況の沈み込みは深刻で、とにもかくにも閉塞感で息苦しかった、そんな時分を思い出しますね。就職なんて笑っちゃうほどなくってね、そのせいというかおかげというかで進学を続けた私。将来暗いなあと思っていたあの頃、四コマ漫画の世界では派遣ものが元気でした。一種、世相を反映していたんでしょうね。フリーターや派遣社員が主人公の漫画があって、彼ら主人公たちは元気で前向きで、そうした元気をわけてもらって、私なんかもぼちぼち今までやってきたのかも知れないなあ、なんていったらちょっと大げさですね。

思ったよりも時代の古かった『ルリカ発進!』ですが、漫画からは古さを感じないというのがさすがといいますか。今読んでわからないネタ(外務省って、当時なにがあったっけ?)とかもあるにはあるんですが、そういったものは本当に珍しく、ほんと、どこを切り出してみても、すらすら読めて、楽しいやらほだされるやら。これ、ひらのあゆが小ネタで勝負してないってことなんだと思います。本質的なところ、大きな部分を取り上げて料理する、その腕が確かなんでしょう。

正社員ばかりの職場に、いわば異質な外部である派遣社員がやってくる。軋轢もあれば無理解もあり、また立場の違いが引き起こす様々なハラスメントも描かれて、それはきっといつの時代だってあったし、今もあり続けていることでしょう。けど、ひらのあゆはそれを描いて嫌な話にしない。最初はあんなにもかたくなであった課長が変わった。どこかぎすぎすしていた男子社員と女子社員を取り巻く空気もがらりと変わって、登場人物一人一人が柔らかくなった、温かくなった。いや、人間味が出たんだと思う。そして、この人間味というものを描かせたら、ひらのあゆは一級だと思います。どことなくとぼけた人たちが、その底にしっかり個性を持たされて、ときになれ合うように、ときにシビアにしのぎ削るようにして、その個性を戦わせているんです。けど、戦うといっても罵りあうわけじゃない、暴力振るうわけでもない。いうならば、より互いを高めあおうという切磋琢磨の関係で、だから私はこの人の漫画読むたび思うんです。人は人と出会うことで、新たな自分を見付けていくのだなって。より大きく、よりおおらかな、理想の自分になるには、多くの人と出会って、自分という人間を磨くことを怠けてはいけないんだなと思うんです。

『ルリカ発進!』は、そうした出会いと成長を強く打ち出してくれたから、なおさらですね。そして今こうして私自身を振り返ってみれば、定職就くわけでなく、腕を頼りにあっちこっちと職場を人間関係を変えていく生活を選んだのには、少なからずルリカの影響もあるように思います。それこそ、自分の可能性を開いていきたい、見付けたいだなんて思って、けど今の職場ももう五年か、長くいすぎかな、そろそろ次の可能性を見付けようかな、心の中にうずくそうした思いを、久しぶりに読んだ『ルリカ発進!』にくすぐられて、これはもう本格的に転職気分ですよ。ほんと、どうしようかなあ。

どんな職場でも、離れるときには独特の感慨があるんですよね。だからルリカの気持ちはよくわかる。確かにちょっと不安定で不安もあるけど、後悔はしません。吹き込む風のように、心機一転新たな気分で、走り始める時っていうのはやっぱりすがすがしいものなのです。

  • ひらのあゆ『ルリカ発進!』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2001年。
  • ひらのあゆ『ルリカ発進!』第2巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2002年。

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