2004年9月28日火曜日

薔薇の名前

  中世イタリアの修道院で起こる殺人事件をめぐる物語ですが、ただのミステリー仕立てではないところがさすが。謎を解く過程で明らかになるのは、事件のあらましというよりもむしろ、中世という時代とその精神でありましょう。

中世のヨーロッパにおいて、キリスト教とはどのような位置を占めていたのか。修道士たちの生活とはどのようなものであったのか。この本を読めば、一般に流布しているのは表向きの取り澄ました姿に過ぎないと分かるでしょう。異端と弾圧、審問、破戒、罪、権力への執着。修道院とはあくまで特権的な場であり、内部では欲やエゴが渦巻きつつもなお真理の光を求めようとする気高い精神が生きており、そしてその気高さこそが、相容れぬ者たちを異端に追いやり、残酷な拷問や処刑、弾圧を行う原動力でありました。これらは暗黒時代とも呼ばれた中世の一面です。

暗黒と呼ばれた中世ではありましたが、ですが個別の事象を見ると、新しい科学への興味、知を探求し研究することへの喜びがあふれていた時代でありました。レンズという光学の結晶にむけられる情熱、古典籍への愛惜、そして偉大なる図書館。物語中に現れるそうした事柄を知れば、中世が血なまぐさく野蛮な時代であったなど、一体だれがいいうることでしょう。ちょうど私たちの現在が、英知と理想と愚行と野蛮を合わせ持っているように、中世も多面的な時代であったのです。

本書だけで中世とその時代を取り巻く空気を充分味わえますが、実感を持って中世を追体験したい場合は映画も見ることをお勧めします。ですが、映画もいい線いってるのですが、残念ながら原作の多層的で多面的で複雑に入り組んで濃密な世界までは踏み込めなかったようです。なので映画は副読本ならぬ副視聴盤として、あくまで原作を理解するためのよすがとするのがよいのではないかと思います。

さて、実をいいますとこの物語は、男が二人出るだけで[中略]官能小説として読めてしまうようなお嬢さん方にもお勧めだったりします。というのも修道院というのは基本的に男しか存在しない場所ですし、禁欲を強いますが、人間はそういう風にはできていないので破戒してしまうわけです。そして美少年の存在! 後はご自身でお確かめになることをお勧めします。

  • エーコ,ウンベルト『薔薇の名前』上 河島英昭訳 東京:東京創元社,1990年。
  • エーコ,ウンベルト『薔薇の名前』下 河島英昭訳 東京:東京創元社,1990年。

DVD(映画)

引用

  • 野々原ちき『姉妹の方程式』第1巻(東京:芳文社,2004年),13頁。

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