
『ヨイコノミライ』の第3巻が出ていたので買ってきました。読めば物語がずいぶん動いていて、けれど第1巻2巻で受けたようなショックみたいのはずいぶんと薄らいでいたように感じました。いや、これはひとえに私が慣れただけなのかも。その後も続々出版されているきづきあきらものを片っ端からといってもいい感じでもって買って読んでいるのですから。でも、『ヨイコノミライ』第3巻に関しては、実際に衝撃的なところは少なかったのだと思います。むしろ蒔かれた種が芽を出すまでの淡々とした準備の時期という、そういう印象のある巻でした。じゃあ、面白くなかったのかといえばそうではなく、波乱を前に緊張が徐々に増していくという感触、こうなれば後は第4巻を待つばかり。どうなるんだろう。後一冊で、どんな風に盛り上がってどんな風に解決をみるのだろう。と、読み終えてからはそんなことばかり考えています。
でも実際どうなるんだろう。最後のシーンに向けてスパートを切れるだけの準備は済んだ。伏線となるようなできごとはもう充分に盛り込まれただろうし、ここから動きを出すには、しかもダイナミックに、そしてショッキングに出すには、誰がどう動いたらいいかというのもなんとなく見えてきて、けれどそうして動いた後に救いがあるんだろうか。いえ、私はこの漫画に関しては、必ず救い、カタルシスがあるはずだと踏んでいまして、そのあたりは心配していないのですが、ただその救いが漫画の登場人物にまんべんなくもたらされるのかということを心配しているのです。
この漫画は、以前にもいったように漫画研究部に所属する多かれ少なかれおたくである少年少女たちを扱っているのですが、それぞれがそれぞれに違った個性と問題を抱えていて、それらは読んでいて嫌になるほど誇張されているのですが、けれどある種リアルであるとも感じるのです。確かにいる、確かにいた、そして私にも多かれ少なかれこうした傾向はあった、いや今もなお持ち続けている……。読んでいて揺れますね。特に、私の持っていて乗り越えたいと思っていた(いる)ものと同じ問題を抱える人を見ればなおさらそのように思って、それはおそらくは詩織や萌絵に対しての感情なのですが、対して男性キャラについてはどうだ。天原はいっぺんひどい目に遭ったほうがいいなとか、瞬に関してもそうだなとか、けどきっと瞬じゃなく一輝がひどい目に遭うんだろうなあ。とにかく読者である私のひいきがすごい。こんなに読んでいて、キャラクターへの好き嫌いがガツンと強く出るのはまれなことだと思います。
でもそんなにも強烈に好き嫌いを出してしまうのは、きっとそれだけ漫画の中の彼らのことを皮膚感覚に引きつけるようにして感じているからなんだろうと思います。だから読んでいて痛ましく思うこともあれば、それはあんたの自業自得だわと突き放したく思うほどに嫌悪したりする。こうした少々特殊な感情移入の先には、きっと大きな感情の動きがあるだろうという予感がされるから、最終巻がより以上に楽しみになるのです。
きづきあきらだから、きっと肩透かしみたいなことはないはずです。私の予測を上回って見せるか、あるいは思ったままの展開であっても想像もしなかったような内面の描写を見せて、私の心を持っていってくれるに違いない。期待が大きすぎて失敗するかも知れませんが、けどきっと大丈夫に違いあるまいと思いながら、この一ヶ月を待ちたいと思います。
- きづきあきら『ヨイコノミライ 完全版』第1巻 (IKKI COMICS) 東京:小学館,2006年。
- きづきあきら『ヨイコノミライ 完全版』第3巻 (IKKI COMICS) 東京:小学館,2006年。
- きづきあきら『ヨイコノミライ 完全版』第3巻 (IKKI COMICS) 東京:小学館,2006年。
- きづきあきら『ヨイコノミライ 完全版』第4巻 (IKKI COMICS) 東京:小学館,2006年。
買おうか買うまいか直前まで迷っていたのが『ROM-レス。』です。あんまりに四コマ単行本の刊行点数が増えたせいで、今月なにが出るのかなんてまったくちっとも把握できなくなってしまったのはいつごろくらいからだったでしょうか。単行本の発売日近くなると
一見無秩序に見えることとねお試しBlogですが、これでも一応ルールといえるようなものがないわけではないのです。一例を挙げますと、複数タイトルが同時に紹介の候補として上がったときの優先順。過去に紹介されていないものが優先されるようにという配慮は一応しているつもりです。だから今回はちょっとイレギュラーです。8月29日はまんがタイムKRコミックスの発売日で、例によって複数冊買い込んできたのですが、ここで本来なら『

今日はちょっとショックな話。ええと、『鉄子の旅』、後三回で終わるんだそうですよ。
調べてみて改めて知る『QUIZなないろDREAMS 虹色町の奇跡』の人気。アーケード用ゲームとしてリリースされて、その後プレステにサターンにと移植。さらにはドラマアルバム、小説にまで展開されていて、人気あったんですね。私はというと、この当時は格闘ゲームが熱かったものだからクイズゲームにはまったくといっていいほど注意を払っていなくって、だからこのゲームは借りたその時まで知らないでいたのでした。
私のお友達が夜景をとるのに苦慮しているみたいだったので、今日は趣向を変えて、デジタルカメラで夜景を撮るコツみたいなのをやってみようかと思います。それにちょうどタイムリーでもあったのです。今、季節は夏から秋に向かい、どんどん日暮れが早くなっていきます。秋の日はつるべ落とし。気を抜けば帰り道はすっかり夜です。写真を撮るには光量が重要なのはいうまでもないことで、つまりこれからどんどん日常散歩写真家にとってうまくない季節に足を踏み入れつつある。こういうときにはどうしたらいいか。日中撮る。いや、それは仕事があるから無理だわ。いくらなんでも怒られます。そうなると方法はひとつ、光が少ない状況であってもちゃんと写真を撮れるように工夫するのです。


毎号買っている
子供の頃、夏休みになると朝に古いアニメが放送されるのが恒例で、『
私の好きな映画、『ゼイリブ』。以前紹介しました『
今では誰もが名作と認める映画『カサブランカ』。私も何度も見ましたよ。NHKのBSがちょっと古い映画を集中的に放送していたりしましたが、そういう機会に見て、あの極めて有名な主題曲As time goes byの演奏されるシーンにぐっときて、そしてラストシーンではヴィシー水というものがあるということを覚えました。
私はゲッベルスの手腕を大いに認めているものです。ゲッベルスとはナチスドイツの宣伝相であった人物であり、さまざまな手段でもってナチスドイツの思想をドイツ国民に浸透させていきました。その行き着く先が大空襲であったり殲滅収容所であったり、そしてドイツの敗戦であったりするのですが、しかしたとえ結果がそうであったとしても、それらは彼の宣伝の技術の高さをおとしめるものではないでしょう。内容を問わないという但し書き付きではありますが、私はゲッベルスの宣伝技術を買っています。あの技術は使える。だから、私たちは彼の用いた宣伝の手法を大いに知り、学ぶべきものであると考えます。
よく人のことを見ているね。私はそんな風にいわれることが多いのです。といっても、じろじろ眺めまわしてますっていうわけじゃないんですよ。身近にいる人の人となりをそれとなく察知して把握するという能力に長けているといわれることが多いのです。でもこういうのって、いろんな職場を点々としながら働いている人なら、誰でもやっていることですよね。つまりひとつ職場に長居してこなかった私もその例に漏れず、職場の雰囲気、周囲の人間模様の把握に努めてきたんです。でも、多分私の場合それだけじゃありません。これまでの奇妙な職業体験のなかにぽつりとある占い師という経歴。これが利いているのかと思います。

実は私は子供の頃からあくの強い漫画であるとかが嫌いで、熱血ものも嫌いで、スポーツものも嫌いで、とにかく敬遠していたんです。でもいつの間にか好みが変わってしまっていたようです。スポーツものには相変わらず好き嫌いが強いのですが、でも今好きで読もうという漫画はあくの強いものが多く、今日本屋で見つけた文庫、思わず手に取って第3巻を一気に読み通してしまって、そのまま書店にあっただけをまとめて買って帰ってきた漫画『編集王』なんてのは、あくの塊みたいな漫画で、しかも暑っ苦しい漫画で、でもちょっとでも見てしまうともう目が離せないという漫画で、面白いんです。もう馬鹿で馬鹿でしかたがないような漫画なんですけど、面白いんです。

『アームストロング砲』、司馬遼太郎の短編なのですが、これがまたべらぼうに面白い。時は幕末、佐賀は肥前鍋島藩において購入、研究されたイギリスの新兵器がアームストロング砲なのですが、日本という東洋の小国のまたその一藩に鬱屈するかのごとく垂れ込めた新技術新知識への渇望がひりひりするように肌にさして、はらはらもすればわくわくもさせて、私は正直『アームストロング砲』には期待していなかったのですが、結果的に大いに印象に残る一編となってしまいました。そういえば、私のはじめて触れた司馬遼太郎といえば『アームストロング砲』に同じく短編集である『
私はギターを弾くのですが、そもそもなんでギターをはじめようと思ったのかというと、歌の伴奏をできるようにしたいという思いがあったからなんです。歌の伴奏というのはどういうことかというと、誰かのバックでというのじゃなくってですね、自分が歌うときの伴奏です。私は自分のつまらない人生を送るにあたって、ささやかな楽しみとして歌くらいは歌いたいと思っていたんです。そしてその伴奏をしたいという一心でギターを手にしました。当初歌いたいと思っていた歌というのは、フランスの歌、シャンソンでした。当時私はフランス語を結構熱心に習っていて、フランス語というと歌で言葉を覚えましょうなんていう風潮があるものですから、とにかくいろんなフランスの歌に触れる機会があって、そうして知ることになったのがボリス・ヴィアンの『脱走兵』でした。私はこの歌を、ギターを持ってかなり初期の段階から歌っていて、そして最近になって改めて歌い直そうと思うようになったのです。
これこれ、これですよ。左の男の子がルウ、右の女の子がミント。『デュープリズム オリジナル・サウンドトラック』が
私が楽しみに読んできた漫画『D-LIVE!!』がついに完結です。全然意識せずにいたのですが、もう三年も続いていたんですね。そりゃあ、斑鳩も卒業するわけだわ。ってなんだか間違った感想のような気がしますが、けど本当に思いがけない早い完結で、正直あともう少し続くものだと思っていたんですよね。師を乗り越え、数段ステージがあがったところで活躍する斑鳩の姿があって、そして終わるものだと思っていたら、確かに後日談はあったとはいえそれはあくまでもさわり程度であって、だからちょっと残念かなあと。でも、きっとこれでよかったんだと思います。ずるずると引き伸ばすのではなく、すっぱりと終わらせて、相も変わらず斑鳩は元気にやってますよというところを匂わせて、これまでの話が躍動感に溢れて面白いものばかりだったから、この先の斑鳩の活躍も見えてくるようで、これはこれでよいラストでしょう。
私のひらのあゆ初遭遇はまさしくこの『ラディカル・ホスピタル』でありまして、衝撃でした。私の購読している『まんがタイムラブリー』に突如あらわれたかと思うと、それがもう面白いのなんのって。私はそれまでは『ラブリー』一誌しか買っていなかったのですが、『ラディカル・ホスピタル』求めて他誌まで買いはじめるようになって、そして今に至る。大量の四コマ漫画誌に埋もれるような生活を送るきっかけとなったのは、間違いなく『ラディカル・ホスピタル』との出会いであったのです。
私にとって阿部川キネコとは、『
私は四コマ漫画をよく読みますが、それでもあえて手を出さないジャンルがあるのです。それはなにかといいますと、いわゆる実話系といわれるジャンルで、読者から寄せられた体験談をもとにして構成された、赤裸々体験談を漫画化したものといえば伝わりやすいかと思います。なんでこれには手を出さないかというと、見るに堪えない、読むに堪えないというようなものがままあるからで、身近にこんなおかしなことがあったんです、というのならよいけど、こんな嫌なやつがいるんです、というのならまだしも、だからこんな復讐をしてやりました、みたいなのになると、笑えないよなあなんてことにもなりかねなくて、だから基本的にこのジャンルには近づかないようにしているのです。
『
アマゾンに注文していた『スヌーピーとチャーリー』が到着しました。原題がA Boy Named Charlie Brown。私はかつてNHKで放送されたときのタイトルである『
突然ですが、数独にちょっとはまってしまったようです。発端は水曜日のこと。電車で隣り合わせたおじさんが数独をやっているのを見て、一体これはどういう仕組みになってるんだろう、興味が出て、
こないだ、モン・スールじゃなくてマ・スールなんじゃないのかなんて
この八月でiTunes Music Storeは一周年。というような訳で、一周年御礼のフリーダウンロード曲が五曲用意されております。そのうちの一曲がケン・イシイの『Sunriser』。ケン・イシイ、懐かしいなあ。実は私は、一枚だけケン・イシイのアルバムを持っているのです。それは『Jelly Tones』、当時購読していた雑誌『MACLIFE』で紹介されているのを見て、こいつはちょっと買ってみようと思って、お初天神近くのフコクパレットをあがったところにあったDISCPIERで買い求めたのでした。思い出しますね。邦楽フロアにいってイシイ・ケンのこれこれというアルバムはありますかと聞いたら、洋楽フロアにありますよと案内されていってみたら、あっという間に売り切れたんですよ、という話でした。でも、メーカーが増プレスするとアナウンスしていますというので、注文してそして買って、これが私の初テクノとなりました。
