ピアソラがブームになって、弦の奏者も管の奏者もこぞってタンゴを取り上げるようになって、おしゃれな雰囲気、そして情熱的な様がとにかく受けたんでしょう。テレビでも演奏会でもとにかく聴いたという、そういう時代があったのですが、例によって私ははやりには抵抗するたちですから、ピアソラを聴くようになったのはそれから数年後のことでした。ちょうどピアソラのアルバムがいい感じに値崩れしたという事情もあったのかと思います。ヴァイオリンの名手ギドン・クレーメルの演奏するピアソラを安価に一度に買ってきて、一時などは本当にこればっかり聴いていました。大学の行き帰りの車内、当時はまだポータブルCDプレイヤーを使っていて、ディスクをいちいち取り換えるのも面倒くさいからと、まさしくピアソラのヘビーローテーション。その頃はまっていたライトノベルのBGMにピアソラが妙にはまって、今でもピアソラを聴くとその本を思い出すことがあるというのは余談。いずれにせよ、耳に残って、記憶にしっかり染みつくほどに聴いたのでした。
しかし、これらアルバムに収録されているのはそれこそどの曲もよいのだけれども、今日たまたま聴いたLe Grand Tangoの素晴らしいこと。最初は非常に落ち着いた、むしろ陰鬱といっていいような出だしを見せるのに、途中ヒステリックにかきむしるかのような高揚を見せて、しかしそれで破綻するような心配がまったくありません。畳み込むように繰り返されるフレーズもひしひしと迫ってくるようで、かといってどこかに落ち着きも湛えているから聴きやすいのだと思います。うまいなあ、いい曲だなあと、改めて感じ入ったのでした。
思い返せば、ピアソラブームの立役者といえば、ヨーヨー・マの存在も確かに大きかったのだけど、ギドン・クレーメルでありましたね。それまでクラシックを聴くような層には知られていなかったピアソラを取り上げ、一挙クラシックジャンルにおけるスタンダードといった位置を確保しただけでなく、一般層にまで浸透させてしまった。その最初期のインパクトがLe Grand Tangoを収録するアルバム『ピアソラへのオマージュ』だったのだと思うとその影響力に舌を巻きます。しかし、聴けばやっぱりわかるのですね。すごいです。こりゃ確かに人心を引きつけますよ。タンゴ界の異端であったピアソラは音楽の大舞台に躍り出て、ひとつのジャンルとして未だに確固たる地位を保ち続けています。それはひとえにピアソラの功績であるとはいえ、その足がかりを築いたのはやはりその音楽を紹介した演奏家の力もあってのことなのだと思います。
そう思えば、このアルバム、この演奏というのは、演奏家と作曲者の共同制作によって生み出された極めて幸福な結晶であるのでしょう。実際、名盤であろうかと思います。
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