2006年7月1日土曜日

鉄子の旅

   ナツノクモ』を読みたくて買いはじめた『月刊IKKI』。最初は『ナツノクモ』だけが目的だったのに、だんだんと楽しみにしている漫画が増えてきて、ついに『ナツノクモ』以外の単行本まで手を出してしまった! というのが『RIDE BACK』を買ったときの心境であったのですが、その後も順調に興味は拡大中。で、第二段は『ぼくらの』になるんじゃないかなあと思っていたんですが、ところがどっこい、予想もしなかった進路変更があった模様。なんと『鉄子の旅』に落ち着いてしまったのでした。

『鉄子の旅』。鉄道の偉人横見浩彦氏をともに漫画家菊池直恵が鉄道の旅をするという、鉄道メインの極めて珍しいドキュメンタリー漫画です。

しかし、私がよもやこの漫画を楽しみに読む日がこようとは思いも寄りませんでした。というのはですね、私は鉄道マニアに限りなく近くあったというのに、一向に彼らの趣味に混じることがなかったというような人間で、鉄道なんてのは移動手段としか思っていない。なるたけ旅費を安くあげたいという思いはあっても、鈍行で東京にいこうだなんて考えたこともありません。青春18きっぷ(ってまだあるの?)を買ったこともなければ、あの五枚つづりがあまるのもいやだしで手を出そうともしなかった(なんであれ偶数枚じゃないんだろう)。でも学生時代、私のまわりにいた連中は普通にこいつを使いこなしていて、大垣夜行で東京にいってみたり、下呂温泉を日帰りしてみたりと、かなりアグレッシブに鉄道の旅を満喫していました。そもそも彼らは筋金入りの鉄ばかりで、レールの規格だとか車両、モーターやらにやたら詳しいのがいるかと思えば、全国路線やダイヤを網羅しているようなのもいて、こういう人が友人知人にいると超便利なんですよ。だって、例えばですよ、どこかにいきたいという場合、その人に聞いたら即座に返事が返ってきます。鉄道のみならずフェリーなども視野に入れているから、もっとも安い経路、もっとも早い経路、などなど、でも一番いいのは彼お勧めの経路でしょうね。もうはっきりいって路線検索のサービスを上回っています。

けど、そんな環境にありながら、私は彼らとともに鉄道の旅に出たこともなければ、そうした趣味に歩み寄ろうともしなかったのでした。

ところが思いがけず『鉄子の旅』に興味を引かれてしまって、大回りをやりたいだなんて思うようになってしまったのですから、人間変われば変わるものです。これ、ひとつはRICOH GR DIGITALを買ったことが関わっています。毎日なにかしらの写真を撮っているのですが、いい加減そろそろ撮るものがなくなってきました(そう考えると、猫の人は本当にすごい)。で、ここで『鉄子の旅』で見た大回りが脚光を浴びるわけです。

実は、この大回り、私『鉄子の旅』を読む以前から知っていて、というのは身の回りに実際にこれをやっているのがいたからなんですが(つまりそれくらいポピュラーということ)、楽しそうだと思いつつも、私の面倒くさいからやめという性質がじゃまをして、やろうという気にはついぞなれずにいた。けどここにきてやろうかなあという気持ちが涌いてきてしまって、いやあ困ったなあ。

人間の興味というのはちょっとしたことがきっかけとなって刺戟されるものであると本心から思います。私にとってはカメラ、そして『鉄子の旅』。この『鉄子の旅』のよいところは、鉄の旅を体験し、それを紹介する漫画家が鉄道のマニアでないところでしょう。マニアというのはその楽しみが深い反面、一般に向けてその楽しさを発信することができないという宿命を抱えています。あまりに対象に向けての愛が深すぎるため、微に入り細をうがってしまうから、一般人からしたらハードルが高くなりすぎてしまうのです。ざっくりとした概要を示せない。ところが『鉄子の旅』においては、漫画家菊池直恵が主体となって経験したことを、楽しかったとこもいやだったところも含めて、読んで楽しいエンタテイメントとして表現しています。この、読んで楽しい、というところが大きいのだと思います。ひどい目に遭ったよ、ということなら、それを面白く描く。読者はというと、最初こそ、マニアックな旅につきあわされてお気の毒、こんなの私はごめんだわー、なんて気持ちで読んでいるのに、だんだんと、それはそれで面白そうかも、なんて思うようになってしまって、ついには自分でも大回りやってみようなんて考えるのです。

横見氏は、菊池さんというパートナーを得て、幸いであったと思います。きっと横見氏では鉄ヲタをメジャーにすることはかなわなかった。横見氏のコアな楽しみは、菊池さんというフィルターを通して、ようやく一般の手にとどく位置にまで降りたのです。

けれどこれは逆に、マニアからしたら物足りないようで、昨年同じ職場にて働いていたのに『鉄子の旅』について聞いたら、『浅い』の一言でした。そうしたマニア諸氏には横見氏の『JR全線全駅下車の旅』あたりがきっとよいのだと思います。

  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第1巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2004年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第2巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2004年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第3巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2005年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第4巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2005年。
  • 菊池直恵,横見浩彦『鉄子の旅』第5巻 (IKKI COMIX) 東京:小学館,2006年。
  • 以下続刊

引用

  • IKKI』2006年8月号 小学館,181頁。

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