『失踪日記』でもって再び三度ブレイクした吾妻ひでおの日記もの。といっても、この本、『失踪日記』とはずいぶんと雰囲気を違えていまして、淡々とした吾妻ひでおドキュメントといったような趣のある一冊になっています。もともとはコミックマーケット等で販売されていた少部数誌、いわゆる同人誌であったのだそうですね。私はその存在は知っていたのですが、ついぞ手にする機会がなく、けれど可能ならば読みたいものだなあと思っていたから、この度の出版は実にありがたいことでありました。
ところで、この記事を書くに当たって書誌をまとめてて気付いたのですが、この本、角川書店から出てるんですね。オレンジ色の、ちょっと荒い感じの手触りの表紙だものだから、『失踪日記』と同じくイースト・プレスから出てるのかと思いました。いや、そうじゃないな、ちょっと違和感は感じてたんです。大書された吾妻ひでおの文字の感じとかに、なんか亜流感を得てて、だからこれはきっと二流三流の出版かも知れないと思っていたらそれが天下の角川書店。ちょっと驚きました。まあ、出版なんぞ虚業であるのだから、これでいいんです。
買って、なんか寝っ転がりながらだらだら読むのが良い感じの本かも知れません。どこから読んでもいい。どこでやめてもいい。淡々と日常に思うところをただつづりましたというこの本は、あんまり、さあ読むぞと意気込んで取り組むようなものではないでしょう。そんなハイテンションは似合わない。ローテンションでもって、だらーっと読む。そんな読みかたしたものだから、二度も三度も読んだページがある反面、多分一度も目にしてないページもありそうで、まあいいや、いつか全ページ目を通す日もくるでしょう。こないかも知れませんけど。
途中にインタビューが数回に渡って挿入されてまして、私、これ、蛇足だなあなんて思いながら、文字ばっかりだから妙にしんどくて、飛ばそうかなあなんて思いながら読んで、けどこれを読んだほうがこの本に描かれたことの背景やらなにやらもわかるわけで、だからやっぱり読んだほうがいいのかも知れません。
インタビューにも触れられているのですが、吾妻ひでおの読書量はすごいなと思ったのでした。本人も漫画の中で触れてるんですが、日記というより読書記録みたいになっていて、著者と書名、丸バツ三角、それでときに感想がちょっとついて、この感想というのが貴重ですね。いや、別に吾妻ひでおが有名人だから貴重なんじゃない。ひとりの人間がどのように本を読んで、それでどう思ったか。レビューやなんかじゃなく、本当に思ったことが淡々と記録されて、こうした私的な記録というのはなかなか目にすることはない。インターネットとかでも自分の読んだ本について記録している人がいますけど、ああいうので、あらすじや肩肘はったレビューとかじゃなくて、端的に自分の中に生じたものを記録しているものは面白いです。吾妻ひでおはこの本でそれをやってるのかもなあ。いずれにせよ、なんでもないものをじっと観察して飽きないタイプの人には、すこぶる面白い漫画であろうかと思います。
日記には読んだ本のことが出て、見たテレビのことが出て、お笑いやら格闘やらを好んでみてらっしゃるみたいですね。で、そうした感想に、自分も読んだことのある、知っているものが出ると妙に嬉しかったりしまして、例えば吉田美紀子の『女子校育ち』とか出てて(模写あり、かわいい)、けど残念なことに、私の読書範囲と吾妻ひでおの読書範囲はあんまり被ってないんですね。知らない本がいっぱいあって、タイトル知ってるけど読んだことのないのもいっぱい出てて、なかにはやっぱりちょっと読みたくなったものもあって、こうしたちょっとしたことがささやかに働き掛ける影響というのは意外に大きいなあと実感したのでした。
感想と生活雑感と美少女イラストが入れ替わり立ち替わりの漫画だけど、たまに出てくるシーンがドッキリさせてくれて、図書館で『漫画の描き方』を借りてしまうというエピソード、笑ってしまったんですけど、よくよく思えば切実な話で、こうしたさらりとした描写に深い闇を思わせるところがまれに出てきて、人間というものの悲しさとかおかしさとか、そういうものが垣間見える。馬鹿にできない本だ、そんな風に思います。
さて、美少女イラスト。吾妻ひでおの絵は着衣の方が断然かわいいと思います。で、スカートの下にジャージは駄目ですか!?
- 吾妻ひでお『うつうつひでお日記』東京:角川書店,2006年。
0 件のコメント:
コメントを投稿