ガーシュウィンの『ラプソディー・イン・ブルー』は実際名曲だと思うのです。ジャズとクラシックの融合を目指して書かれた作品で、あの印象的なクラリネットの低音トリルから高音に向かって駆け上がるグリッサンド、そしてポルタメント。もちろんこの曲の魅力はここにとどまるものではなく、オケとピアノの息詰まるような掛け合いもあれば、軽妙なパッセージの小気味よさもあれば、中間部のゆったりとして美しさの溢れる叙情もあって、そんなに長い曲ではないのに、多様性に富んだ音楽世界を作り出しています。このことだけをもってこの曲は名曲だということも可能かと思います。けど、本当にこの曲を名曲たらしめているのは、この曲をベースとして多様な演奏がなされているというそのことなんだと私は思っています。
ひとつの作品世界をキャンバスとして繰り広げられる多彩なパフォーマンス。演奏者の感性、解釈の違いによって、作品はまた違った表情を見せて、聴き手である私たちを魅了するのですが、『ラプソディー・イン・ブルー』においてはそのあらわれかたがどれほどに多様であるか、ですよ。これは、ジャズとクラシックの融合という、この曲のできあがった経緯が関わっていて、すなわちクラシックスタイルでの掘り起こし、演じ直しがあったかと思えば、ジャズスタイルによるインプロヴィゼイションの熱く咲き乱れるスリリングな演奏もあって、そうです、Marcus Robertsの『ポートレイト・イン・ブルー』に収録されたものは、まさしくそのジャズスタイルによるものなのであります。
私もいろいろな『ラプソディー・イン・ブルー』を聴いてきましたが、あの冒頭のクラリネットを大胆に置き換えたのはこれがはじめてじゃないかな。最初、本当になんの曲かわからないんですよ。あ、この曲なんだっけみたいな感じで思っていたら、ああーっ、『ラプソディー・イン・ブルー』だったんだ、って途中でいきなりわかる。その意外性がまた曲を際立たせて魅力的に見せて、そうなんですよ、すごくスリリング。うわ、『ラプソディー・イン・ブルー』ってこんな風にもなるんだって圧倒されて、そう思ったら今度は、次々とあらわれるソリストの演奏に魅惑されて、いや、これ本当にすごいですよ。名演中の名演であると思います。クールで、けれどときにすごく突っ込んで展開してみせるから、ドキドキする。こういう体験をさせてくれる演奏というのもなかなかに珍しいんではないかと思います。
しかし、あまりにも自由に演奏されるがゆえにオリジナルとは大きく違ってしまった『ラプソディー・イン・ブルー』。しかしそれでも間違いなく『ラプソディー・イン・ブルー』であるのですよね。こうした、多様な演奏を許す作品の懐の深さったら素晴らしいなと。私は思うのですが、本当の名曲、名作というものは、どこまでも多様に展開されて、それであってもその曲の自身を失わない作品のことをいうのだと思います。なら、『ラプソディー・イン・ブルー』は疑いなく名作、そしてこの演奏も名作に真っ向から取り組んで負けない屈指の名演であると、そのように思います。
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