『月館の殺人』の下巻が発売されているのを書店で見て、にしてもしかし、この装幀の凝りに凝ったことったら! カバーにはエンボス加工が施されていて、そのカバーをはいでみたら今度は表紙がカラー刷りときます。こうなったらもう当然のように巻頭カラー。解明編からは紙質紙色が変わるし、最終話もまたカラー刷りからはじまるし、こんなのこれまでみたことがないというくらいの力の入りようで驚きます。いきなり愛蔵版といった趣で、正直なところを申しますと、ちょっとやり過ぎなんじゃないかと思っています。その価格1,200円+税。これっていつもの倍じゃないか! でも、これでもファンなら買ってしまうんですよね。そうなんです。私は佐々木倫子のファンだから、仮にこれが二千円だったとしても買ったと思います。同様に綾辻行人ファンも買うのでしょう。これが両人とものファンであったならば、もう買わないという選択はないんじゃないかと思います。
さっき、その装幀をさしてこれまでみたことがない感じだといっていましたが、中身も実にそんな感じなのであります。舞台は冬の北海道。夢の列車幻夜で起こった殺人事件に乗客たちは色めき立つ。犯人は誰なのか? そして次なる被害者は!? 吹雪の中、密室と化した状況において繰り広げられる心理劇。そのおかしさがきっと読者を虜にすることでしょう!
ん? おかしいってなによ。
そうなんですよ、おかしいんです。なにをさておいても、登場してくる人物がおかしい。ヒロイン、この人は世間知らずというだけでまあ普通です。けど、その回りを固める人たちったらないですよ。テツなんです。鉄道マニア。しかも極度の。まさしく人生すべてを鉄道に染め上げた男たちが集まった現場で起こった事件。ターゲットもテツなら容疑者もテツ。テツ入り乱れる緊迫の人間劇です。しかし、こんな状況だというのに、なんでこうまでみんなマイペースでいられるんだろう。このあたり、まさしく佐々木倫子の面目躍如といったところであろうかと思います。
だって、佐々木倫子の漫画といえば、マイペースが心情でしょう。そのマイペースぶりたるや非常識と言い換えてもいいくらいです。古くは漆原教授、菱沼聖子がそうでした。近作でいえば『Heaven?』のオーナーもそうでした。そもそも、佐々木倫子の漫画に非常識でない人がいたためしがないんです。マイペースで自分勝手で、どこかとぼけていて、けど憎めない。そうした人がどたばたと活躍するおかしみこそが佐々木倫子の真骨頂でありましょう。
普通ならシリアスにシリアスを重ねるような話になりそうなのに、佐々木倫子特有のキャラ回しに描き方が功を奏して、重さが可能な限りぬぐい去られています。だから、ミステリーはどうもというような人も読みやすいんじゃないかと思います。あるいは、犯人が誰か解いてご覧といわんばかりに配置されたヒント、伏線をたどって真犯人に迫るのもまたひとつの楽しみでしょう。佐々木倫子の独特の世界に引きつけられる人にも、綾辻行人からの挑戦に真っ向から勝負してみせようという人にも、それぞれの楽しみかたがある。多面多層的に面白さがより集められてそしてにやにや笑っている、まれにみる怪作であるかと思います。
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