Amazon.co.jpが最近リニューアルされまして、見た目がなんだかすっきりしたなあなんて思っていたのですが、とんでもない。必要な書誌情報がいくつか表示されなくなっているではありませんか。最初に気付いたのはシリーズ名です。シリーズ名というのは、例えば『バッハ叢書』みたいな一連のシリーズものもそうですし、後はなんとか文庫とかなんとか新書とか、なんとかコミックスとか、そういうのもシリーズ名に含まれます。これが、なんでかでなくなったんですね。見た目にはすっきりしましたよ、でもさ、これ、本を買う人には重要な情報じゃありませんか。古典ものなら複数の出版者から出ているのも普通で、その場合、好みの文庫とかがあったりするでしょう。あるいは、同一出版者から出ているとしても、装幀違いというのがあります。岩波文庫なら、通常のものと大活字版というように、けれどそうした違いがAmazonにはあらわれなくなって、なんじゃこりゃあ。だから私は、なんとかしてくださいとAmazonへの問い合わせに泣きついたのでした。
と、これで一息ついたと思っていたらさにあらず。まだあった。今度は共著者に関する情報です。うわあ、これは困る。例えば、『ライ麦畑でつかまえて』を読みたくなったとするでしょう。そうしたら『ライ麦畑でつかまえて』というのと『キャッチャー・イン・ザ・ライ』ってのと、二種類出てきた。どちらも日本語版、出版者も同じ。じゃあ、どっちを買おう? 新しいほう? それとも安いほう? でも普通、翻訳物を買おうかという場合には、訳者がだれかって見るでしょう。『ライ麦』の場合、前者が野崎孝訳、後者は村上春樹訳。ああ、そうだ、村上春樹が訳したっていって話題になってたよねー、じゃあ『キャッチャー』の方にしようかな、みたいな話ですが、なんでかAmazon.co.jpの各アイテムのページからはこうした重要な共著者情報、訳者情報が消えた! わーお。なんとかしてください……、マジで。
私が書誌に関して妙に神経質なのは、図書館員やってた時期があったということも関わっているのですが、それと同時に昔、漠然と研究者になりたいと思っていた時期があったからだと思います。研究者にとってなにが大切かといえば、それは論文です。自分の研究を人に伝える手段として論文があるのですが、その論文において、特に文系論文においては、先行研究への言及、他論文の参照というのが極めて重要な手続きになっています。研究者は他の研究者の論文、書籍をとにかく読みあさって、自分の研究の補強になりそうなものや、あるいはそれを批判(批判 — Kritik, criticismは研究における重要な手続きのひとつです)することで自説を明確にできそうなものを見つけだすのです。
大学のゼミにおいては、こうした手続きについて学んだりもするのですが、その際に教科書として使ったのがウィンジェルの『音楽の文章術』でした。この本は、タイトルを見れば明らかでしょう、音楽に関する論文を書く際に必要なノウハウを紹介するもので、研究の手続きについて書かれているかと思えば、文章の書き方のルールというようなのもあって、音楽論文を書かなくなった今でも、私はこの本を愛用しています。いつでも参照できるよう手もとに置かれていて、さて、それはなぜなのでしょう?
それは、論文において欠かせない、引用と出典の表示の作法を確認するためなのです。例えば、この記事の末尾にもちょこっと書誌がくっついていますが、この書き方にもフォーマットがありまして、慣れたものならちょいちょいと書きますが、ちょっとややこしいようなものとなるとこの本の出番です。巻末付録にですね、「文献(・資料)の書き方」というのがありまして、ウィンジェルの推奨するフォーマットに準拠した、日本語論文におけるフォーマットが提示されているのです。これの大本には『シカゴ・マニュアル』というのがあって、論文(には限らないけど)を書くときにはこういう書き方をしましょうというフォーマットが決められている。残念ながら日本語にはそうした権威あるマニュアルというのはないようなのですが、だからこそこの本が示してくれているいくつかの書式、これが役に立つのです。
典拠を示す際、書誌を載せる際、迷えば必ずこの本を参照しています。もちろん、この本がカバーしきれないような場合もあって、そうしたときにはなんとなくそれっぽい書き方で済ませてしまうこともありますが、できるだけフォーマットを統一したいというように考えています。でも、なんでフォーマットを統一する必要があるんでしょう? それは、典拠、参照文献を探す際の手間を軽減するためです。
研究者は、研究者に限りませんが、資料を探す際に、確実に目当てのものが見つけられるよう配慮するのです。そこにある本が目当てのものであるか同定するのに必要な情報が書誌です。書誌において重要なのは、著者名、書名をはじめとして、出版者、出版年、収録されているシリーズ、そして訳者である等の情報です。最悪同じ本が見つけられなかったとしても、同著者同書名同訳者であれば、同一資料とみなすことも可能となるでしょう。しかし、そうした情報が落ちていたとしたら!
図書館なみに書誌を扱えとはいいませんが、最低限の情報はどうか押さえて欲しい。これは、利用者として書店に望む、最低限のラインであると思います。
- リチャード・J・ウィンジェル『音楽の文章術 — レポートの作成から表現の技法まで』宮澤淳一,小倉眞理訳 東京:春秋社,1994年。
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