2006年1月13日金曜日

だんだら

 私はきらという人の描く絵だけは知っていて、そしてその作風に触れたのは『シンクロオンチ!』がはじめでした。シンプルな描線によく整理されてわかりよいコメディ。この人が描く男は本当に色気があって恰好いい。そんな風に思っていたものですから、『だんだら』を読んだときには驚いてしまいました。わかりにくい。一筋縄ではいかない。題材として新撰組が選ばれているのはわかりましたが、新撰組はただの口実に過ぎないこともわかりました。沖田のうちに去来する、今現在私たちが暮らす時代の精神と、幕末動乱に生きた人斬り沖田のふたつの人格、記憶。いったいどちらが本物なのか、それは読んでみて、追想してはじめてわかるものなのかも知れません。

作者は表紙折り返しのコメントに、描きたかったテーマはひとつですという言葉を残していて、けれど私は思うのですが、そのテーマというのはあくまで作者にとってのテーマであって、解答ではないのだろうなと。おそらくこの漫画には明確なひとつの解というのはなくて、読んだものが、自分の読んで得たものをよすがにして、自分にとっての意味や結末を描くべき開かれた作品としてのかたちをもっているように思います。

題材としては新撰組をとっていますが、描かれるのは徹底的に現代的な意識であって、だから私はこの漫画を新撰組ものとはちっとも感じていませんでした。これを読んで、新撰組に思いをはせることはできない。だから、私は昨日の昨日まですっかり忘れていました。忘れていたではないですね。新撰組というキーワードでは『だんだら』を拾えなかったのです。

新撰組を取り上げて新撰組ものではないという『だんだら』ですが、ではなにであるのかというと、それは結局は私たちの時代の精神の問題が流れているのであると思っています。幕末なんかではなく、今の私たちの時代の物語であると思っています。

  • きら『だんだら』(マーガレットコミックス) 東京:集英社,2002年。

引用

  • きら『だんだら』(東京:集英社,2002年),表紙折り返し。

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