2006年1月10日火曜日

大夫殿坂

 私は今、猛烈に新撰組に関する本を読みたくてたまらない。という書き出しもなんだか唐突ではありますが、だって本当にそう思うんだからしかたがないじゃない。そもそも私の新撰組に関する知識は極めて浅く、まとめて見たといったら、こないだの大河ドラマが関の山。あとは竜の印は正義の印ってやつと、ほんで士道不覚悟切腹よくらいかね(われながら偏ってるとは思います)。実をいうと、私は新撰組をはじめとする幕末ものはあんまり好きではなかった過去をもっていまして、それは多分父親の趣味を反映していると思うのですが、だって新撰組の小説とかもってないかと聞いたら、幕末ものはどこが面白いかわからないという力強い答えが返ってくるんだもんなあ。『鬼平犯科帳』とか全巻揃えてるくせに! というわけで、私は新撰組ものを自力で渉猟せねばならないはめに陥りそうなのであります。

そんな私が読んだことのある新撰組の小説といえば、ご存知司馬遼太郎の『燃えよ剣』、ではなくて、『大夫殿坂』だけなんですね。この話、新撰組がメインの話ではなく、けれど新撰組はばっちり関わってくるという、いわゆるサイドストーリーなのでありますが、私は実にこういうやつに弱いんです。メインのストーリーを追って、そしてそこに関わってくる多くの人たち。サイドストーリーが多ければ多いほど、メインの話を軸にした膨らみは豊かに広がるもので、その広がりこそが物語の質感になるのだと思います。あたかも、その時代、その場所に立ち会い、その人たちに出会った、あるいは直接伝聞したかのようにしっとりと手に感触が残るような気さえする! だから私は『大夫殿坂』にやられてしまった。これはもうずいぶん前のことで、NHKのドラマよりも前で、局を抜けたら切腹よを知るよりも前でした。

『太夫殿坂』では、いわゆる大坂角力事件に触れられていて、いやでもこれは主題ではありません。公事宿の手代が語る新撰組の行状、そこに件の事件が出てきて、これは初代局長芹沢鴨の仕業であったわけですが、その描写がすさまじい。

一団の首領が抜き打ちに斬りすてたのである。力士は斃れても笑顔のままだったというから、斬り手の腕は凄まじいものとみてよい。

私はこれを始めて読んだときには、ああお相撲さんがかわいそうだと思ったものでしたが、それと同時に、デカダン酔いしれる芹沢鴨のファンにもなった。いや、この物語中では芹沢の名は出てこないんですけどね。でも、この事件の記憶は私の脳裏にかっきりと残って、だからドラマを見たときには、この事件を起こすのは佐藤浩市演ずる芹沢だとわくわくして、いつかいつかと待っていて、その日がきたときにはやったと思った。ええ、ここにきて、かつての幕末音痴は消え去ろうとしていたわけです。

でまあ、私は新撰組に関する本を読みたいわけです。まずは『燃えよ剣』あたりでしょうか。でも全集は高い! だったら文庫で買え文庫で、って話なんですが、なにぶん文庫で買うとサイドストーリーを追い切れない可能性もあって、それは私の性格からすれば非常にまずいわけです。でも全集68冊は買えないなあ。

できればいろいろな本を読みたいと思っています。『大夫殿坂』ではおどけた力士は抜き打ちに斬られたわけですが、力士が暴言を吐いたところへ芹沢が殴りつけたという話もあるではありませんか。こんな風に、いろいろぶれのある物語をたくさん読んで、自分なりの幕末を描いてみたい。ええ、私は新撰組がとりわけ好きというわけじゃあないんですよ。そうじゃなくて、幕末という時代を感じてみたい。あの時代の空気がどうだったかを追想してみたいというのです。その手がかりとしてまずは新撰組。ええ、いい取っ掛かりであるとは思いませんか?

引用

  • 司馬遼太郎「大夫殿坂」,『人斬り以蔵』(東京:新潮社,1969年),316頁。

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