『世界樹の迷宮』、やっとこさ開始です。ということは、すなわちNintendo DS Liteが買えたということなのですが、ええとですね、実は先週金曜日の時点でDS探索は断念していたのです。それがなぜ買えたのかといいますと、ええと、至極単純な話。予約したんですよ。土曜に予約をして、最悪二週間待ちかななんて思っていたら、水曜には買えました。わお、最初からそうしたらよかったよ! 何日もゲーム店日参して(いや、たった五日ですが)、その日入荷した形跡はあれどものはなしなんて状況に面食らって、で予約したらあっという間。いやあ、今DS探している人は、売っているところを探すんでなく、予約を受け付けている店を探すべきであろうかと思います。いや、本当に。
『世界樹の迷宮』について書く前に、スクリーンガードについて少々。これ、すごく貼りにくいみたいにいわれてましたけど、さほどでもないかなあというのが貼ってみての印象です。確かに埃が厄介だというのには同意しますけど、これは一度に粘着面のシートをはがさないことで対応可能だと思います。液晶面の埃を、粘着力の弱いテープかなんかでとってですね、それから少ーしずつシートをはがしながら、貼り付けていく。貼り付けの際には、指で軽く押さえながら密着させてやればいいんじゃないかと思います。シートが斜めになる問題は、左の辺を合わせてやることで対応できるんじゃないかと思います。厳密にいうと、私のシートも少し斜めになってしまっていますが、はみ出るというほどのことはありませんでした。ただ、貼り直すと駄目ですね。貼り付け最初にちょっと手間取ったせいで、左側に少し埃が入り、そのため小さな浮きが認められます。でも、ゲームを開始すると見えないから、とりわけ問題になるようなことはないようで、まあいいや、次やったらきっと完璧だなと、そんな感じです。
さて、『世界樹の迷宮』ですよ。はじめましたよ、はじめましたね。これ、面白いですよ。Wizardryと違いロストがないから気楽に楽勝にいけるかなあなんて思っていたんですが、大間違い。力押しすると地下一階で死者の出るタイプのゲームであると思います。面倒くさがらずに回復させて、戦闘時も常に最大戦力で対処するくらいのつもりで取り組むのがよいのだと思います。とはいえ、本当に最大戦力で戦い続けたら全然先に進まないので、適度に調整してやらないといけないのは当たり前ですけどね。
とりあえず地下一階のマップは完了(いや、厳密にいうとそうじゃないけど)。マップ書いてみての感想は、こりゃ想像以上にいいよ、ってなものでした。ペンでぴーっと線を引いたら迷宮の壁がぴしっと入って、方眼紙に書くよりも楽です。けど、自分の位置というのがしっかりトレースされるから、楽すぎるかなって感じもします。でもまあ、オートマッピングになれた人からすればこれでもずいぶん難しいと思いますし、今風にちょっとくらい簡単になってもいいのかなあという感じです。あ、私はオートマップ、オフにしてます。
マップはただ線を引いて色を塗って、階段やらのオブジェを配置して終わりではなくてですね、自分なりのメモを残すことも可能なのです。これが面白い。メモは地図上で参照できるだけでなく、迷宮でそのポイント直前にくれば自動表示してくれるんです。だから、隠し通路見つけたときなんかにも大活躍。イベントポイントはその座標に立っただけでは不充分で、東西南北、ちゃんと向きを合わせてやらないといけないから、見逃しそうなやつを思い出させるための覚えに使えます。まさしくメモ。こりゃ実にいいと思います。
このゲーム、はじめたらまずギルド名を決めないといけないのですが、ここでちょっと迷いまして、結局「19の連座」に決めました。なんで19? フォークデュオ? いえいえ、むしろ『ヌイーゼン』を思い浮かべていただきたいところです。まあ、意味ないんですが。連座というのも、ギルドは一蓮托生って感じで適当につけて、イメージは円卓の騎士のはぐれもの版みたいなつもりでいたんですが、連座っていうのは一人の犯罪について特定範囲の数人が連帯責任を負って罰せられること。まきぞえ。
ってことだそうですから、こりゃもうなんだ、イメージ悪いなあ。でもいいです。結構気に入ってますんで。
パーティはソードマン(斧持ちだけど),パラディン,レンジャー,メディック,アルケミスト、つまりはもっともオーソドックスな編成です。名前は、きさらぎ,たまゆら,たかのは,それいゆ,るなーる、です。ええと、グラフィックは赤毛女,金髪おっさん,短髪女,眼鏡おっさん,眼鏡女、です。ええと、これって女の子なんだよね。私にはかわいい男の子にしか見えんのですが……。実は控えにダークハンターもいるのですが、ええとですね、6人でパーティが組めるのかなって思いまして、そしたらやっぱり5人パーティなんですね。前衛3後衛2か前衛2後衛3かが選べるのを、前3後3がいけると思って6人目を作ってしまったんです。ええと、名前はたちがけ(鞭使いなのに!?)、グラフィックは青髪男です。
遊んでみた感じは、非常にオーソドックスなRPGらしいRPGだと思います。先に進めばおそらくはストーリーというものも見えてくるのでしょうが、今はまだ単発のクエストをこなすのが精いっぱいで、とりあえずはひとりも死人を出さないことを目標に進めていきたいと思います。
あ、そうだ、これはいっとかなくちゃ。ファミコン版WizからPSに移り、かつXTHを遊んだ現在の私にとって、『世界樹』はちょっと操作性の面で問題ありと感じられて、例えばステータス確認時、次のメンバーに切り替えるショートカットとかあってもよかったんじゃないかとか、スキル使用のショートカットがあってももよかったんじゃないか、などなど。小さな不満ですが、ちょっとそうしたことを思うことがありまして。特に、キャンプコマンドがYというのは、まあ街でも同じ操作でキャンプに移行できるからいいとはいえ、じゃあ迷宮でほぼ使用しないBがもったいない。そんなことを思うんですね。
でも、遊びはじめて、なれればそのへんの不満はへっ込みます。むしろ問題は、十字キーの位置が微妙なために、親指付け根が痛くなることじゃないかと思います。
引用
- 『広辞苑』東京:岩波書店,第4版;1993年
私は占いなんて非科学的なこと、まったくもって信じちゃいない人間なのですが、けれどタロットで占ったりします。って、なんじゃその矛盾は。いやね、ずいぶん前のことなんですけど、
『
Wzardry XTH、クリアしました。ええ、ようやく。
ゲームにかぎらないのですが、そのハードを買いたいと思わせるものをさしてキラータイトルとかいったりしますが、私にとってはどうやらそれは地下迷宮ものが該当するようなのです。まあ、ファミコンを買った頃にはWizardryどころかRPGなるジャンルさえ知らなかったので、この例には該当しないのですが、PlayStationを買うと決めたのは
今更というべきなのでしょうか、Nintendo DSに興味を持ったのをきっかけにして、ゲーム店をうろつくようになりました。

実はずいぶん前に読んでいたんだけど、その時にはどうも書くに書けなくて、その感覚というのは、頭のなかには確かにあるんだけれどもどうにもつかみあぐねているというような、思うところはないわけじゃないんだけれどもそれがかたちにならないんだよというもどかしさといったら多分一番それっぽいんじゃないかと思うのですが、漠然とした思考が堂々巡りしながら行き着くところを見いだせないというような感じであったのです。多分、この感覚はこの本の独特の筆致に影響されてのことなんだと思うのです。ひとりの人間の思考のプロセスがそのままかたちになったような本です。ああでもないこうでもないと逡巡しながら進んでいく、そういう文体構成が読んだ私に影響したのだと、そんな思いがします。本を読むということは他人の思考法で考える行為であるだなんていいますが、橋本治の本を読んでいるときほど、それを実感することはありません。
甘く見ていました。聞きしに勝るとはまさしくこのことです。どこにいってもない。なにがないって、Nintendo DSですよ。大阪梅田で四店舗回って全滅。地元最寄り駅はもちろんのこと、途中下車までしたというのに、まるできれいに掃いたみたいに売り切れ。どこにいっても次回入荷は未定です。ああ、もう疲れた。しかしなにが疲れたかというと、ゲームをめぐる状況の変化だと思います。だってね、子供時代を除き私が一番ゲームを遊んでいた時期というのは前世紀末から今世紀初頭にかけての数年であると思うのですが、その頃にはむしろ乱立していたといっていいゲーム専門店が、もうことごとくありません。実際、私の最寄りの駅前にはゲーム専門店が三店舗ほどあって、ちょっと足を伸ばせば後三四店舗ほど見つかったというのに、今はただの一店舗しかありません。梅田にしても、紀伊国屋書店はゲームの取り扱いをとうにやめてるし、ホワイティ(梅田の地下迷宮)にあったゲーム店も、消えてなくなっていました。ええと、先週にはあったと思うんですが……。こういう状況見せつけられると、ゲームが娯楽の花形だった時代は終わったんだなと実感させられます。いや、その割りにはDS、
フィッツジェラルドについてはなんの予備知識もなしに、いきつけの本屋に見かけたタイトル、『バビロン再訪』という響きにただただひかれて買ったのでした。バビロン再訪。表紙には子供と連れだって歩くコートの男の後ろ姿。どことなく寂しげで、この表紙だけでなにか不安に耐えて人生を歩もうとする父子の悲しさがわかろうというもの。再訪という言葉の意味はなんなのだろう。そしてバビロンとは一体。こうした謎めいた言葉にひかれて買いはしたものの、この本は憐れ不遇にも私の書架の片隅を占めて数年かえりみられることもなく、けれどこれまたなにが私の背を押したのか、戯れに手に取られたことをきっかけとして、この年始に読まれることとなったのでした。
書店でこの本見かけて、なにかひかれるところがあって購入にいたったのですが、その判断は誤っていませんでした。しかし、私は気付いていませんでした。突然、いつも通りすがりに通り抜けていく書店の棚に現れたものだから、新刊書かと思っていたのですが、この本、実は昨年夏に出版されていたのですね。奥付を見れば第3刷。地味ながらも徐々に版を重ねているようで、実際この漫画はそういう着実な売れ方をする本であると思いました。決して派手にぱあっとは売れないだろうけれど、この本の持っている空気、真面目そうで、固そうで、けれどまっすぐにこちらを見つめ返してくる強さにその袖を引かれるものはきっとあると思うのです。ちょうど私がそうであったように、何気なく手に取って、どうにも捨て置くことができずに蔵書に加える、そういう出会い方をする本であると思います。
今朝新聞見ていたら、関西では本日深夜に『マルコヴィッチの穴』をやるみたいではありませんか。7.5階のオフィスで見つけた謎の穴。そもそも7階でも8階でもない中途半端な1/2階にオフィスがあるという点からどっかおかしいのですが、その穴です、穴がですよ、ジョン・マルコヴィッチの頭に繋がっているというとんでもない発想が実にきてれつで素晴らしい。マルコヴィッチ(実在の俳優です、しかも名優)がまずあってこの発想が出たのか、あるいはこの発想を実現するにあたってマルコヴィッチが選ばれたのか、そのへんちっともわからないのですが、でもこれ、マルコヴィッチというちょっと耳慣れない音の響きがすごく効果的に働いているように感じます。原題はBeing John Malkovich。ジョン・マルコヴィッチになるとでも訳したらいいのか知れませんが、しかしそれを『マルコヴィッチの穴』としてしまった邦訳スタッフの発想も素敵です。穴! タイトルを見て内容が想像できない映画のトップクラスではないかと思うのですが、しかし本当に穴なんだから仕方がない。シンプルにして力強い、屈指の名タイトリングであると思います。
私が一番児童文学に傾倒していた時期はというと、そりゃもちろん子供時分であるんですが、実はもう一時期ありまして、それは高校から大学卒業にかけての数年間。児童文学作家になりたかったのでした。一体なにが私に働き掛けたものだか、いろいろ読んで調べて、高校卒業してからお金を貯めてワープロ(シャープの書院でした)買ったら、とにかく書いては、投稿して投稿して投稿して、得られたものはというと独自の癖のタイピングだけ。力及ばずといった感じでありましたが、楽しかったといえば楽しかったのかも知れません。もしかしたら、あれが私の青春だったのかもなあ、そんな風にも思えます。投稿熱は大学が忙しくなるに従って薄れていったのですが、けど児童文学を読む楽しさは残りました。大学の図書館には福音館のシリーズがあって、次から次に読んで、その一冊が『
以前、京都は大宮の
一体どこで読んだものやら、その記憶は不自然なほどに希薄であるのに、物語に触れてみれば確かに読んだとわかる『
今日ちょっとお出かけしてきましてー、ええとですね、本を買いにいったのですが、その本というのは『
『
風邪を引きました。熱は計ってないけど(だって、誰も

世に遊戯はいろいろあるけれど、私がかかわりを持たないものといったらそれはギャンブル。馬船自転車には興味がないし、パチンコだって同様。だからコンビニ雑誌の棚を埋めるパチンコ、パチスロ誌のいろいろはまったくの素通り。理由は簡単。負けるのいやだから。もし確実に勝てるなら私だってギャンブルのひとつやふたつたしなみますわー、って勝率が100%になったらそれはもうギャンブルとはいいませんね。こんな感じにギャンブル遊戯に縁を持たない私ですが、かろうじて関わりを持っているとしたら、それは漫画だと思います。『ななみまっしぐら』。パチンコ店を舞台に繰り広げられる、ほのぼのアットホームコメディです。
四コマ誌というのは家族ものであったりオフィスものであったり、あるいは若い人向けのものなら学校ものと、そういうある程度決まった方向性というのが雑誌ごとにあったりするのですが、『パティシエール!』はちょっと単純にそういう枠ではくくれない感じです。製菓の専門学校を舞台に繰り広げられる学生たちの日常は、販売が中心になるケーキ店ものとははっきりと趣を違えていて、もう完全にプロフェッショナルの世界。ケーキ作りの裏側、苦労もろもろが面白おかしく、けれど真面目に伝わってくる専門職ものとしての雰囲気があるのです。でも、それだけじゃない。もう一度いいますと、舞台は製菓の専門学校。そう、主人公は学生です。専門職ものにして学生ものという、ハイブリッドが実現しています。
昨年末の購入なのか、今年明けての購入なのか。新年一日に到着したPCゲーム『
もうずいぶん昔のこと、友人にビジュアル系の好きなのがありまして、その彼がぜひ聞いて欲しいとCDを貸してくれたのです。一枚は確かMALICE MIZER(ピエロだったかも……)、もう一枚は、こちらはしっかりと覚えています、Plastic Treeです。思い起こせば、まともにビジュアル系を聞いたのはこのときが初めてだったかも。マリスだったかピエロだったかの方は、世界観ががっちりと作られているという感じで、こういったらファンの人は怒るかも知れないけど、男宝塚と思った。対してPlastic Treeはというと、アルバムと聴いたら想像するスタイルを保っていて、聴きやすいといえば聴きやすかった。だからというわけじゃないんですが、借りている間はPlastic Treeをヘビーローテーションしていて、それは気に入った歌があったからなんでしょうね。それが『リセット』です。いや、多分『リセット』だと思う。実をいうと、もうずいぶん前のことなので、はっきりとは思い出せないのです。思い出せるのは歌詞だけ、なのです。

今日の記事は私の友人のために書きます。私が彼と出会ったのはネット上に構築された仮想世界で、興味や発想がとても似ていたものですから意気投合し、さまざまな情報を交換しあったものでした。出会った時期は2006年初頭、具体的にいえば2月中旬です。その彼があるときいいました:自分のサイトがGoogleの検索結果から出てこなくなった。そのころ、ネット上で少し話題になった事件に、GoogleがBMWのサイトをインデックスから削除したというものがあり、そうした事例もあるらしいこと、その事例はBMWが検索エンジンSPAM行為をおこなっていたためになされた、いわば制裁であることを説明しました。でも、彼はそういうことはやっていません。彼のサイトを見ても、普通の日常雑記といった風で、とりわけSPAMやなんかに加担しているような訳でもないのです。そこで私はもうひとつの情報を出して、それはGoogleのインデックスを任意に削除する方法というのがあるらしいという話です。
本当は今日は、先達てちょっと紹介しましたゲーム『

年をまたいでお送りしています、
