私は一体どこで読んだものやら、楠桂の『鬼切丸』、ずいぶん細かいところまで覚えていて、一体どうしてなんだろう。うちにはない、買ったことは一度もなく、借りようにも友人でこれを持っているものはいないはずで、じゃあ書店で立ち読みかといえば、そういう記憶もないのです。そういえば、以前文庫で出たときに読んだことがあったのかも……、いや文庫で出るのは今回がはじめてだ。じゃあ、一体なんで知ってるんだろう……。多分、多分、増刊号を読んだんだ。私がはっきりと覚えている話は「半獣鬼の章」。子供の頃のみどりが母親に手を引かれているあのコマは、はっきりと覚えている。書店で読んだんだと思う。けどどこの書店でだろう。これらは平成に入ってからの漫画だから、私はもう引っ越している。引っ越してからは書店で立ち読みするようなことはなかった……。それに私は「半獣鬼の章」のみならず他の話も読んでいて、けど一体どこで読んだか思い出せない。記憶が混濁しています……。
アニメは見ました。これははっきり覚えています。『アニメ大好き』でやったはず。私の世代、関西に育ったアニメファンは大抵読売テレビ『アニメ大好き』の洗礼を受けていて、この番組は春夏冬の休みに一週間ほどかけてOVAをテレビ放送してくれる。『鬼切丸』もやっていたんです。でも覚えてない。本当に「小角の章」だったろうか。「大嶽丸の章」、「般若の章」、「怨鬼哀歌の章」だったろうか。「般若の章」は見たことがあるような気がする。けれどこれは本当に『アニメ大好き』でやったんだろうか。見れば思い出すようにも思うんですが、はっきりしません。こんなに記憶がはっきりしないことは私にとっては珍しいことです。
私が楠桂をはじめて知ったのはおおかたの例に漏れず『八神くんの家庭の事情』がきっかけで、あのどう見ても同い年にしか見えないというお母さんと息子の繰り広げるラブコメディ(いや、ちょっと違う)、結構好きだったことを覚えています。だって、『八神くんの家庭の事情』というタイトルをはっきりと今になるまで忘れていないのがその証拠。はじめて会った場所も覚えてる。国鉄アパートを越えたところのファミリーマートだ。その後、友人牧野がサンデーを買っていると知って、学校帰りに寄って読ませてもらうようになったんです。普通私はここまで覚えている。けど、『鬼切丸』については驚くほど覚えていません。
多分、それだけショックだったんだと思うのです。楠桂といったら、かわいい絵でちょっとナンセンスなどたばたを描くギャグの人という印象が強かったところへ、あ、楠桂の漫画だと親しみもって読み進めた『鬼切丸』のシビアさ。オカルト色の強い短編仕立てで、そこでは日常に鬼が跋扈して、人を虫けらのように殺してしまう。死ぬやつは死ぬ、いいやつだろうと悪いやつだろうと、次々と死んでいく、その描写があまりにもショックだったんだろうと思うんですが、けれどそれがために楠桂を嫌いになるということはなく、むしろ私は『八神くんの家庭の事情』よりもこちらの方がより好ましく感じたのです。甘さや手ぬるさが排除された、きりきりと引き絞った弦のように張りつめたテンションの厳しさ。けれど、厳しいばかりでは駄目、残酷ばかりでも駄目といわんばかりに優しさ、悲しさの差すことがあって、その塩梅の確かなこと、楠桂という人は勘所を良く心得ていると今読み返してもなおひざを打つ思いがあります。
私が『鬼切丸』を読んでいたのは、一体どこで読んだかさえさだかではないのですが、おそらくは中盤に差しかかるまででしょう。だから私はこの鬼切丸を携えた少年がその後どうなったか知らないのです。すなわち、この文庫が私のはじめて知る結末となるでしょう。ひと月に一冊、全八巻、最終巻の刊行は来年六月でしょうか。ああもう、一度に三冊ずつ出そうよ。と私は妙に落ち着きなくして、それほどまでに私は物語のラストを早く知りたくてたまらないのです。
- 楠桂『鬼切丸』第1巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
- 楠桂『鬼切丸』第2巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
- 楠桂『鬼切丸』第3巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第4巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第5巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第6巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第7巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第8巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
- 楠桂『鬼切丸』第1巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
- 楠桂『鬼切丸』第2巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
- 楠桂『鬼切丸』第3巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
- 楠桂『鬼切丸』第4巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1994年。
- 楠桂『鬼切丸』第5巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
- 楠桂『鬼切丸』第6巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
- 楠桂『鬼切丸』第7巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
- 楠桂『鬼切丸』第8巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
- 楠桂『鬼切丸』第9巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
- 楠桂『鬼切丸』第10巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
- 楠桂『鬼切丸』第11巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
- 楠桂『鬼切丸』第12巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
- 楠桂『鬼切丸』第13巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
- 楠桂『鬼切丸』第14巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
- 楠桂『鬼切丸』第15巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
- 楠桂『鬼切丸』第16巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
- 楠桂『鬼切丸』第17巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
- 楠桂『鬼切丸』第18巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
- 楠桂『鬼切丸』第19巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
- 楠桂『鬼切丸』第20巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2001年。
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