2006年12月8日金曜日

デトロイト・メタル・シティ

  平積みにされた表紙のインパクトと帯に踊る惹句のミスマッチはずいぶん前から気になっていたというのに、なんとはなしに敬遠していたのが『デトロイト・メタル・シティ』です。面白いんだろうか、面白そうに思うんだけどと思いながらも、手にしなかったのは失敗することを怖れていたからかも知れません。けど、どうもこの漫画の評判はよいようで、『暴れん坊本屋さん』の3巻で番子さんの購入品にも見かけるし、もの子さんも購入してらっしゃるようだし、よっしゃこりゃ買うかと思ったら1巻が見つからない……。というわけで、今日まで延ばし延ばしになってしまいました。

読んでみて驚いたのです。これって各話完結なんですね。てっきり続き物だと思っていたので、思わぬ肩透かしでした。そしてもう一点。もっとシリアスな漫画かと思ってました。だって、想像以上の脱力系です。基本的にイージーな感じのこじつけが馬鹿馬鹿しくもおかしいというそういうタイプの漫画で、なんだえらい軽い感じじゃないかと思いながらもいきなり三度読み返してしまう。うう、ちょっと病みつきにさせる系統かも知れないですね。過激なわりに微妙にださく設定されたクラウザーさん率いるバンド、デトロイト・メタル・シティと他でもないクラウザーさん自身の暴走っぷりを、何度でも見てみたいというそんな雰囲気。基本的にはパターン漫画ですから、話がどういう展開するか大筋は確定してるんですが、それをどう馬鹿っぽく、勢いつけて見せられるかが勝負でしょう。今のところ、勝負には勝っていると思います。気弱な根岸青年が魔王クラウザーII世となって暴虐の限りを尽くす、その盛り上げ方がなんか侘びしくて嫌いになれないって感じです。

この、嫌いになれないというのは、主人公である根岸青年のキャラクターがうまく作られてるからなのかなあなんて思ったりするんですがどうでしょう。気弱で状況に流されやすく、もう後には引けないって状況になると人一倍はじけてしまう。こういう場の雰囲気にあらがえないという、多かれ少なかれ誰にもあって、もちろん私にもある性質がなんか生暖かい共感と笑みを誘うのですが、けどあの暴れっぷりはどうかと思う。本当は嫌っているはずなのに、きっと後で落ち込むに違いないのに、けどその心の奥底にはそうした衝動を隠してるんだよこの人は、みたいなアンビヴァレンスなあり方は悲しくっておかしいなあ。正直なところいいますと、私は普段の根岸よりも、クラウザーさんになって大暴れしている彼の方がずっと好きです。もっと、もっと激しくやってくれ。

この漫画読んで一番おかしかったのは、第1話(読み切り?)に出てくる作りかけの歌詞がちゃっかり第3話(ゲスト掲載?)で歌になってたところでしょうか。あ、没にしなかったんや。この実に無駄のない感じが小ネタながらも面白かったと思います。

ところで、この漫画ではメタルをはじめとしてポップやラップなんかも題材として使われるのですが、結構みんなおちょくった感じで描かれていたりするんです。実際の話、価値観を共有する人たちにとっては至極真面目にやってることでも、一歩引いて外から見たらおかしかったりキテレツだったり意味不明だったりするのかななんて思って、こういう外部からの視点というのは忘れんようにしたいものだな、なんて思ったのは内緒です。だって、この漫画、そんな真面目に読んじゃいかん漫画だと思う。一緒に馬鹿になって状況を楽しむというのが、きっと一番いい読み方だと思います。

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