2010年4月16日金曜日

となりの柏木さん

 これは、まさに夢の状況が描かれた漫画であるなあ。オタク系少年が、学内でも屈指の美少女と知り合い、仲を深めていくという漫画。まさにボーイ・ミーツ・ガールといった展開、それがひとつ目の夢であります。ひとつ目ということは、ええ、ふたつ目の夢もあるってことで、それはなにかといいますと、お絵描きSNSですよ。イラストSNSピクティアで好みの絵に出会った。その作者を応援する主人公、気持ちはだんだんに高まっていって、すっかりファンになってという、けれどこれがなんで夢なのだろう。ただファンになるっていうのなら、誰にだってありそうな、それこそ珍しくもない話ではありませんか。

ところがちっとも珍しくない。いやあ、世の中って狭いよねっていう話でありまして、けれどこれは漫画なんだから、こういうこともあってもいいよね、そんな気持ちにさせられて、一方の側はすべてを知って秘密にしている、もう一方は一部状況を伏せられた状態で、それゆえに本音を思いっきり吐露できたりしてね、この情報の非対称が生み出す状況が面白くて、だからこそ私はこの漫画を魅力的と感じているのですが、しかし、主人公に対し伏せられている事実、それこそが夢であるというのです。

好きな漫画家、好きなイラストレーター、どんなだっていいのですが、この人の作るものが好き! 応援したい! という気持ちがまずあって、それがちょっと暴走気味に加熱しちゃうっていうこと、あるでしょう。いや、あなたにはないかも知れないけど、私にはある。応援のコメント、感想でもなんでも、えらい沢山書いちゃって、それこそweb拍手の10回制限オーバーしちゃうくらい書いてしまうなんてことさえあるくらいで、しまったやってしまったあ! 病的なコメント送っちゃったよ! と申し訳なく思うのが私という人間です。だから、主人公、桜庭少年の気持ちはよくわかる。わかるからこそ、面白いのかも知れません。わかるからこそ、会ったこともない、声さえ聞いたことのない憧れの人に向けてしまう気持ち、その高まり、意識的に強く断固として否定しつつも、拭いきれないこの人に近付きたいという思い。そうしたものが、いろいろもろもろ、読んでいる私を苛んでたまりません。

現実において、そうした憧れの人と会って友人になって……、という展開は、まあないわけでもないけれど、そんなにあるわけでもないといったところで、だからこそこれは夢であり、こじらせるととてもとても困ったことになるもの、自制すべき感情であると私などは理解しているわけです。ですが、この漫画において桜庭くんは、実に理想的状況にあって、その夢をまさに描いてくれちゃうんですね。もう、なんともいえない気分で読んでいます。彼のやってしまった感には、ああわかるわかると、応援していた人が評価されて、遠くにいってしまった、自分だけが支えてるわけじゃないんだなと実感させられた瞬間のもやもや、ああ、わかるわかる — 。

こうしたちょっと寂しくさえある気持ちを共感しつつも、けれど桜庭くんはこのもやもやを超えていく可能性を掴んでいるんだなと、決定的な違いを認識している。だからこそ彼が事実を知る時のこと、情報の非対称が解消されるに際して、どういったドラマが用意されるのか、どういった感情の動きが描かれるのかと、がぜん興味も高まる。夢の夢にして、夢のごとく描かれるその様を、心待ちにしてしまっているのです。

  • 霜月絹鯊『となりの柏木さん』第1巻 (まんがタイムKRコミックス フォワードシリーズ) 東京:芳文社,2010年。
  • 以下続刊

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