2007年12月3日月曜日

イチロー!

  私は浪人はしたけど予備校とかはいってなかったので、もしかしたらこの漫画のらしいところをつかみきれていないんじゃないかなと思うところがありまして、『イチロー』、タイトルの示すごとく大学落ちて浪人している女の子が主人公の漫画なんですが、言外に要求されているかも知れない予備校ないしは一般大学受けるにおいての予備知識なんてものをですね、私はまったく持っとらんのです。とはいっても、1巻においてはぼちぼち出ていた予備校ないし受験に直結するネタも2巻あたりではずいぶん薄くなりました。むしろ要求されるのはおたく系知識なのかも知れないなんて思ったのはメイド喫茶の頃でしたが、あと携帯電話? いやなに、まったくそのへんの知識なくても、一般的常識があれば充分楽しめる作りにはなっているのでなんら心配はいらないのですが、やっぱり知っていれば違うのかも知れない。知識というものは、それを自信を持って評価するのに必要なものなのかもなあと思ったりしたのでした。

でもね、普通に読んで普通に楽しむに関しては、もう一般常識があればいい。あと、こうしたジャンルの四コマ(きらら系でいいの? 今どき萌え四コマってのもどうかと思うし)に対する受容体さえあればきっと大丈夫かと思います。女の子が絢爛に送る小市民的日常劇。こういうのを見るたび私思うんですが、キャラクターの魅力というのは本当に偉大だなあって。日常によくある出来事を拾い上げるにしても、あるいはちょっと日常には起こりえない特別なシチュエーションを描くにしても、キャラクターがそうしたもろもろをその特質をもってうまくすくい上げ、駆動させるに足る力量を持っているかどうかで決まる部分ってあると思うんです。キャラクターが弱いとどうしても空騒ぎみたいになるし、そのシチュエーションに対する説得力っていうのが違うわけですよ。『イチロー』を読んでると、実際にありそうなネタも、漫画的コミカルなネタも、どちらも自然に入ってきて、違和感なく最後まで読み切れるわけだから、それこそその舞台も含めたキャラクターの強さがあるんだろうなあって、つくづく思います。

『イチロー』、2巻では少し登場人物が増えました。兄貴はどこぞに追放された匂いがしますが、まあそれはどうでもいい。登場人物が増えるにつれて、少しずつ広がるななこたち浪人生の生活の範囲。先ほどもいいましたメイド喫茶もそうなら、押しかけてきた先輩のおかげで明らかになる性格なんてのもあって、でもこうしたの多分、事前に予定して展開するのではなくて、そのつどそのつど、それこそアドリブするように前の展開を受けて広げていったものなんですよね。

1巻を読み返してみても思ったのですが、中心的な人物は最初から予定されていたものの、後に出てくる人、たとえば進藤まい18歳おたくは予備校登校初回にすでに出ているのですが、あれははたして後にレギュラー入りする予定だったのか、それともその時点ではゲストにもならないモブ+程度の扱いだったのか、それがわからんのです。なんでこんなことをいいだすかというと、ななこの浪人仲間である茜が人見知りであることを引きだしたまゆらさん、この人、まいが連れていかれた即売会で売り子やってたうちの一人じゃないのかって、そんな気がしてて、いやさすがに考えすぎじゃないかとは思うのですが、逆にいうとこの漫画にはそういう風に思わせるなにかがあります。前に出たことをうまく拾って、どんどん組み込んでいくといったような感じといったらいいでしょうか。自己生成する作品世界というものを目の当たりにするような、そんな気がするといえば、 — やっぱり言い過ぎなのかも知れません。けど、そもそも茜の人見知りにしたってですよ、それが前回に予定されていた展開なのかどうか、もしそうならその構成に対し、違うのならそのリカバーの巧みさに対し、素直に感心します。いやね、後者ならさ、シャーロキアンと呼ばれる人たちが、コナン・ドイルの書いたことをすべて否定することなく合理的に解釈できる道を探して、結果より広範な作品世界を構築したりするでしょう。まさしく、そんな感じなんかもなあって、思っただけなんです。もちろん、すべての創作物はそうした側面を持ってますけど、特に私は『イチロー』にそれを強く感じます。

けど、そうして膨らみながらも、キャラクターの核になる性質なんかはそのままであるから、あるいは付け加えられたものがベースとなる部分をより補強するように働くものだから、ぶれとしては知覚されない。それが大きいと思います。それに、単体では弱いと思われたような回や唐突と思われる展開にしても、こうして単行本になってまとめて読めば、見えてなかった繋がりのあることに気付かされたりして、いや思い込みかも知れないものもありますけどさ。けれど、いずれにしてもよく作られていることには変わりはないから、こうした面がよりよく見えるという点に関しても、こと『イチロー』は単行本向きかもなあと思った次第でありました。

  • 未影『イチロー!』第1巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社.2007年。
  • 未影『イチロー!』第2巻 (まんがタイムKRコミックス) 東京:芳文社.2007年。
  • 以下続刊

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