2008年1月23日水曜日

ウォーキング with ダイナソー — タイムスリップ! 恐竜時代

 年末年始に見た『プレヒストリック・パーク』が引き金を引いたせいで、この頃私は恐竜に執心しておりまして、BBC制作の恐竜ものDVDを買い込んでは見ていると、そんな次第であります。先日見たのは『ウォーキング with ダイナソー — 驚異の恐竜王国』。恐竜の跋扈した時代、三畳紀から白亜紀までのおよそ二億年をざっくりと見ることのできる良質の科学番組で、江守徹のナレーション。『プレヒストリック・パーク』のナレーションがNHKは渡辺徹、DVDは古谷徹、そしてここに江守徹まで加わって、恐竜ファンは徹ファンでもあるのか!? なんて思っていたら、『ウォーキング with ダイナソー — タイムスリップ! 恐竜時代』にはナレーションがありませんでした。残念! けれど、我らがナイジェル・マーヴェンは健在です。

『タイムスリップ! 恐竜時代』にはふたつのストーリーが収録されていて、ひとつは「巨大な爪の謎 (The Giant Claw)」、もうひとつは「地上最大の恐竜を追え (Land of Giants)」、両方とも時代は白亜紀、舞台は前者が今のモンゴル付近、後者は南米アルゼンチン付近とのこと。有名恐竜も出るし、近年発見されたような比較的新しい種も出るしで、見ていて非常に楽しいのですよ。たとえば「巨大な爪の謎」でいうと、プロトケラトプスが群生する中をナイジェルが駆け抜けたり、森の中ではヴェロキラプトルの狩の現場に出くわすなど、我々視聴者がいかにも見たそうな場面を選って構成してくれているのですね。

私は『驚異の恐竜王国』で書いた時に、これら恐竜ものは、それが制作された時のホットトピックが反映されるところに見どころがあるんだ、なんていってましたが、だとすると「爪の謎」のトピックはほかならぬ巨大爪の持ち主であるテリジノサウルス、プロトケラトプスとヴェロキラプトルの死闘、そして原始的な羽毛をもつ姿で復元されたモノニクスでしょうか。「地上最大の恐竜」においては、当時最大の恐竜ではないかといわれていたアルゼンティノサウルスでしょうね。それら注目の恐竜を、ただ姿を復元するだけでなく、生態についても紹介しようという姿勢がとにかく光っていまして、そしてそのレポートを普段現実の生物を紹介しているナイジェルがおこなうことによって、まるで恐竜に実際に肉薄しているように錯覚させてしまう。いやはや、素晴らしい企画だと思います。科学ものとしても質が高いうえ、エンターテイメントとしてもしっかりしていて、こりゃいいわ、何度も見たい、続きがあるならそれもと思わせる魅力にあふれています。

過去に恐竜ものの映像はいくつも見てきましたが、これほどまでに人間が接近しているものも珍しいと思います。『ジュラシック・パーク』みたいなエンターテイメントなら多いですけど、サイエンス系となるとがくんと減って、『恐竜惑星』くらいかなあ。けどこれはアニメだったので、どこまでも作り物感が抜け切らないという問題があります。対して、ナイジェルものはというと、生身の人間が恐竜に接近するというシチュエーションが、恐竜の存在感を強烈なものにして、プロトケラトプスってあんなに小柄だったのか! ヴェロキラプトルも小さいなあ。それに引き換え、こ、このテリジノのでかいこと。このタルボだって! いやあ、でかい。その大きさというのが、模式的でなく、生々しさをもって迫ってくる。ということは、アルゼンティノサウルスはどうなんだろう。とわくわくしながら待っていたら、あそこまででかくなるともうどうでもよくなってきますね。私の生物に関する大きさの把握限界を超えたんでしょう。もう唖然とするしかない大きさです。

このシリーズに問題があるとすれば、ナイジェルが実際に恐竜を見てきましたというスタイルをとっているために、紹介される恐竜の生態や特徴について、言い切らざるを得ないところでしょうね。まだそこまではわかっていない、だからいくつもある仮説のひとつでしかないのに、ナイジェルが見た以上、いやそうじゃないか、ナイジェルを通して私たちが見た以上、それは真実であると知覚してしまいがちになる、そういう問題点ですね。マニアはわかってるんですよ。仮説のひとつだって。色や鳴き声なんかはまったくの想像で、体表面なんかも多くは想像で、そうした想像が仮説を繋ぎ合わせて、こうだったんじゃないのかなあという恐竜の姿を、恐竜たちの時代を作り上げているって。けど、恐竜に詳しくない人、そうしたバックグラウンドを知らない人だと、ほら『ジュラシック・パーク』でディロフォサウルスが毒液を吐いたりしていたでしょう? そうしたらディロフォサウルス=毒吐き恐竜と固定されてしまう。『ジュラシック・パーク』というエンターテイメント映画でもそうなら、『ウォーキング with ダイナソー』のようなドキュメンタリータッチだとなおさらで、まあ制作サイドもこのへんは認識しているでしょうから、できるだけ正しそうな部分で勝負しているでしょうが、けどこれを正典みたいに押し頂いちゃう人も出そうに思います。まあ、マニア度が高まるにつれて、理解は深まり、背景についても理解できるようになります。いろいろ知って理解することで、『ウォーキング with ダイナソー』のとった戦略やその位置づけなんかもわかるようになると思うんですね。

『ウォーキング with ダイナソー』のシリーズ、特にナイジェルの活躍するものは、そうしたマニアの世界に誘う入り口として、まさしくうってつけの素材です。あんまり無茶は書いていない。ナイジェルこそは体を張って無茶しますけど、考証に関してはそんなにとばしていません。だからこれを見て、生き生きと躍動する恐竜たちに心引かれ、かつて地球上には興味深い生物が存在していたんだと知ることは、すごく意義深いことだと思います。そして彼らがすでに滅亡していること、我々人類は残された証拠をもとに彼らの姿や生活を思い描いているという事実に思いをはせることができれば、マニアの世界にようこそ! ってところでしょうか。それはつまりロマンだってことです。果てなく広がるフィールドに足を踏み入れたってことですからね!

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