2008年1月14日月曜日

デビルマン

 私がはじめて『デビルマン』に触れたのは、以前住んでいたうちの近くにあった古本屋ででした。『デビルマン』の単行本、とくになにを思ったわけでもなく手に取って、そして打ちのめされるような思いで立ちすくむことになりました。それまで、私にとって『デビルマン』とは、テレビのなかで活躍する変身ヒーローでしかありませんでした。それが、あのおそろしいラストを見せられて、私は動揺とともに本を伏せ、そのまま帰ってきてしまって、まさか原作ではあのようなラストが描かれていたとは露ほども知らず、そしてその残酷な真実に触れる場面は、私の中に焼き付くようにして残ったのです。通して読んだのは、その体験から数年後でしたか、すでに中学に上がっていたと思うのですが、あらかじめ覚悟していたというのに、それでも強烈な読後感が残って、ああ『デビルマン』はすごいや。その感想は、この一月に発行された『デビルマン』愛蔵版を読んで、それでなお同じであったのでしたから、よっぽどのものといわざるを得ないでしょう。人間の心の奥底に眠る怖れを貫き通すかのような、激烈な一撃を秘めた一冊。これを名作といわずしてなにを名作といえばいいのか、そのように思います。

『デビルマン』がおそろしいのは、デビルマン不動明の戦うものの正体が、日々私たちが向き合っている人間の心そのものであったからに他なりません。正直序盤の、デーモンという異形を相手にしていた頃の方が優しかった。人類という守るべき存在を背負い、孤独に死闘を演じるデビルマンという構図はわかりやすく、それゆえに入り込みやすく、受け入れやすいものであったと思うのですが、永井豪はそれではすまなくなったのでしょうね。

ジンメンとの戦いを終え、物語は急反転するかのようにがらりとその構図を変えます。敵はデーモン、しかし不動明が対峙させられるものはもはやデーモンというわかりやすい侵略者ではなく、本来守るべき存在であった人間であるという残酷。そしてそれは読者にしても同じで、なにしろ不動明を中心に描かれる物語です。明の葛藤はそのまま私たちに伝わってくるものですから、読者は人間にして、人間を理解しがたい敵として感じざるを得ず、その違和感は手のつけられないほどにまで膨れ上がります。しかしそれでもなお、この物語は他の誰のものでもない、まさしく自分の物語なのだ、自分を取り巻いている現実があらわにされているのだ、そう思わせるほどの強さを持って眼前に立ちはだかります。それはもう暴力的なほど。人間に絶望した明の叫び、憎しみとともに吐き出された明の叫び、地獄へおちろ人間ども!、人間の本当の敵はほかならぬ人間であるのだと、それをこれほどにまで突きつけてくるものもまた多くはなく、そして人間である私は、続く明の絶望を受けて、自分の心を自分の手で引き裂いたかのような苦しみに悶えるのです。

ああ、『デビルマン』を読むものは、いやおうなしに自身の心の底をのぞき込まざるを得なくなる。はたして自分は、あのような場、阿鼻叫喚の地獄において、人間性をひとかけらでも保ち続けることはできるだろうか。私は自信がない。けれど、それではいけないのだと、極限の場面におかれた時こそ、自分の弱さを正面から見つめ、それを越えていかなければならないのだと、場に立ちこめる恐怖、混乱、狂躁に身を委ねるのではなく、人間の心を捨てない、立ち止まり続ける勇気を持たねばならないのだと、『デビルマン』は、永井豪の描いた残酷な真実の一面は、いっているのだと感じます。

『デビルマン』は人間性の所在を問い続けています。容易に答えの出せない問は、読むごとに一層深まり、悲しみをともに読み終えるたびに決意を新たにさせて、そしてこれこそは性別、世代、立場を問わず、あらゆるものに読まれるべき物語であると確信させます。

  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』全5巻セット (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1998年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第1巻 (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1997年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第2巻 (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1997年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第3巻 (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1997年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第4巻 (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1997年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第5巻 (講談社漫画文庫) 東京:講談社,1997年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第1巻 (KCデラックス) 東京:講談社,1993年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第2巻 (KCデラックス) 東京:講談社,1994年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第3巻 (KCデラックス) 東京:講談社,1994年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第4巻 (KCデラックス) 東京:講談社,1994年。
  • 永井豪,ダイナミックプロ『デビルマン』第5巻 (KCデラックス) 東京:講談社,1994年。

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