未知の病原菌の恐ろしさ、まさにこれから私たちが経験しようというインフルエンザパンデミックがそれであろうかと思われますが、短期間に多数の命が失われるという未曾有の事態に直面したとき、私たち人類は、日本人は、そして私自身はいったいどのような振舞いを見せるのだろう。それが心配でなりません。これまでに確認されているトリインフルエンザ(H5N1)の感染者数は2008年1月3日現在で348名、死亡者数は216名。感染者に対する死者の割合はおよそ60%、致死率は極めて高いといわざるを得ません。今後爆発的に拡大されることが危惧される新型インフルエンザが、そのままこれだけの被害をもたらすものであるかどうかは、実際起こってみなければわからないでしょう。ですがもしそのウィルスが極めて致死率の高いものであった場合、この日本においてもさながら地獄のような状況が生じ、ともないパニックも起こるだろう、そのように思われて、そうした現場に立たされた時、はたして私になにができるのか、そもそも私は生き残ることができるのか。考えるだに恐ろしいことであると思います。
さて、今日紹介します本は、やっぱりSF。けれど今回は国産です。『LILY-C.A.T.』。宇宙船サルデス号に起こった事件、未知のバクテリアにより次々と命を失っていくクルー。はたしてこの異常事態下、残されたクルーは謎のバクテリアに対しどのように立ち向かうのか。というようなストーリーです。
これ、もともとはOVAだったんです。私とそして友人は、もう毎度のことでありますが、『アニメ大好き!』でこのアニメを見て、そうしたらその友人は本でも読んでたので、貸してもらったと、そうしたらおどろおどろしさ、ある種見た目のインパクトの強かったアニメよりも、みっちりと曰く因縁めいたことをつづった小説の方が面白かった。たとえば船の名前にまつわる因縁だとか(といっても、これは本質ではありませんが)、そして在郷軍人パーティに出席したもののあいだに発生した奇病について。これ、レジオネラですね。在郷軍人(Legion)に発生した病気であるため在郷軍人病(Legionella)と名付けられたというわけです。病原体は桿菌(bacillus)すなわちバクテリアであり、つまりこのストーリーにおける最悪最強の敵であるバクテリアはレジオネラ症と同じメカニズムでクルーに感染を広げたと、そういう話なのであります。
そして、こうした未知の病原体に対して、人類は打つ手がないんですね。宇宙船という密閉空間で起こる伝染性の疾病の恐怖。そうだ、月面のステーションで起こる新種の伝染病の恐怖に触れた漫画もあった。次々と倒れ死んでいく仲間、つのる無力感、本当に打つ手がないとなった時、人心は荒廃するのですね。そして、これから起こるというインフルエンザパンデミックに直面する時、私たちの敵はまさしく新型インフルエンザウィルスであり、また私たち自身、荒廃する人心そのものでもあると知るのかも知れません。
結局は運なんですね。感染するしないも運、毒性の強い弱いも運、そして生き残るかどうかも運です。もちろん、予防をおこなうことで感染リスクを下げることは可能でしょう。マスクの着用、手洗いうがいの励行、栄養、睡眠を充分にとり、人ごみに出ないなど、とれる手だてはいくつもあるけれど、それでもかかる時にはかかる。そうなればあとは運次第。まあ、これまでだって全員が死んでるわけでもないですからね、運がよければ生き残るでしょう。くよくよ考えてどうなるものでもないのなら、もう運頼みしかないわけだ。だったら、できるだけのことやって、後は成り行き、運を天に任すのみです。と考えたら、少しは楽になります。恐ろしいかと問われれば、そりゃ恐ろしいと答えます。けど、恐ろしがっていてどうなるものでもない。人間死ぬ時には死ぬ、運がよければ存えるさ、それくらいの気持ちで、けれど捨て鉢になるでなく、できることしっかりやって、その日を待つでもなく待つというのが一番なのではないかと思います。
そして、その運というのはまさしく『LILY-C.A.T.』のストーリーにおける重要な要素でありました。エピローグ見るかぎり、おそらく人類はその後ひどい目に遭うけれど、けれど運がよければ助かるものもあるでしょう。そしてそれはSFの世界だけでなく、パンデミックというひどい目を経験する、私たちにおいても同じであろうと思います。
- 鳥海永行『LILY-C.A.T.』東京:朝日ソノラマ,1987年。
0 件のコメント:
コメントを投稿