『まつのべっ!』の始まったのは、まだ私が四コマ誌の沼にはまっていなかった頃のこと。初出一覧を見れば、『まんがタイムオプショナル』とありますね。私、この雑誌は買っていなかった、どころか、見たことさえありません。ただでさえ多い『まんがタイム』系列誌。その全貌を知ったのは、つまりすべての『まんがタイム』系列誌を買うようになったのは、『オプショナル』がなくなった後の『まつのべっ!』移籍先である『まんがタイムナチュラル』が刊行中のことでした。なぜこういう全誌買いをするようになったのかというと、四コマ誌に掲載される漫画は、後から遡って知ることが極めて難しいという事情にあります。基本的に読み捨てられることを前提に描かれる漫画群を好きになってしまった私の不運ですね。単行本がなかなか出ない、単行本が期待できないなら、雑誌を買うしかない。後から好きになるかも知れない、漫画を好きになるかも、あるいは作家か。いずれにせよ、一度取り逃せばもう遡れないのです。この危機感が、とにかく買って残すという、病的なあり方を加速させました。
上に書いたような事情は、実に『まつのべっ!』においても無関係ではありませんでした。『まつのべっ!』連載開始は『オプショナル』1998年8月号、連載終了は『スペシャル』2007年5月号。うへえ、10年近くやってたんだ。しかし特記されるべきは、この十年にわたる連載中に、一冊の単行本も出なかったということでしょう。人気があったのかなかったのか、少なくとも秋吉由美子は人気のある作家だと認識していたのですが、実際複数誌に連載を持ち、単行本も結構出ていた。けど、それが『まつのべっ!』に関してはまったく放って置かれたような状態で、しかも次回に続く続くで極めてストーリー色の強いこの漫画です、単行本にしないでどうするというような状況。だって、連載で追おうとしても、前提となる人間関係がすぐにはつかめないんですから。なら、ちょっと面白いかなと思わせた人には単行本で読んでもらって、はまってもらうかどうかしてもらったほうがいいんじゃないのか? しかし、そういう状況にはなかったのでしょうね。結果、連載終了から半年待って、なぜこの時期に突然!? というサプライズ刊行ですよ。いや、嬉しかったよ。嬉しかったですよ。けど、いくらなんでも時期を外しすぎてやいないか。同じ出すなら、連載終了時だろうよ。
いや、それでもこうして単行本化されたことを喜びたいと思います。十年分を一度に、上下二分冊で刊行されたために、各冊二百五十ページ超過という、まれに見る大冊となっております。というか、こんな分厚いまんがタイムコミックス見たことない。それが二冊も。圧巻だなあ。そしてそれは外観だけでなく、内容についても同様です。十年にわたり展開されたドラマが、ぎゅっとつまっている。四コマ漫画の体裁で、少しずつ、本当に少しずつ積み重ねられた物語は、二転三転として、思いがけない展開も見せつつ、そして大団円へ。これはやはり単行本で読むと格別であるなと、なにしろストーリー色が強いものですから、本当にそう思えます。
主人公、まつのべ、松延と書く。新人幼稚園教諭。男。彼が幼稚園教諭を目指したのは、幼少時、幼なじみの一言がきっかけで、そして受け持ったクラスには幼なじみを思い出させるような女の子がいて — 。
幼い日に別れた幼なじみは、今や押しも押されもせぬ人気女優としてドラマに歌にと大活躍。手も届かない世界の住人となった幼なじみとまつのべの、長い時間を経ての恋愛模様が描かれるのですが、いやあ、これがすごい。普通なら出会うこともないだろうまつのべと女優大園皇香は運命に引かれるように接近し、そして離れ、その紆余曲折がやきもきさせたものでした。まつのべは昔の憧れをともに皇香を好きになってるし、しかしじゃあ皇香はどうなのだろう。それが見えず、ゆえに心は揺れて、寄っては離れ、しかし忘れられず。この揺れる思いと、そして隠された謎。これが実に引っ張られましてね、すべてが明らかにされるのは最終回間近になってようやく。ああ、それは、そうじゃないかと思いながら、いやそれはさすがにないだろうと棄却した予想のまんまじゃありませんか! しかし、やられた。でもそのやられた感も含めて楽しく、そして面白かった。皇香へのまつのべの思いがあり、そしてまつのべを巡るもうひとつの恋愛模様もまた気掛かりで、いったいこのドラマはどちらの恋を終着地に選ぶのか、またやきもきですよ。そして、このやきもきが楽しかった。ええ、楽しい、いい恋愛劇だったと思います。
今、こうして単行本としてまとめて読めて、初期の頃から匂わされている伏線に、なるほどねえ、このへんからもう仕掛けてやがったかとにやりとして、一度結末を見てますからね、けど結末を知らず一気に読めたらきっとすごい盛り上がるだろうなあ、果たせぬことに思いをはせるのもまた一興でしょうか。でも、本当、一度まっさらな気持ちで読んでみたい漫画でありますよ。毎月の連載を待つことなく、気持ちのはやるまま先へ先へとページをめくる楽しさ。きっと想像以上だろうな、そんなことを思いながら、ゆっくりと味わうように読んでいる。ええ、急ぐのはもったいない。そんな風にも思える、待ちに待った単行本です。
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