2007年4月6日金曜日

おこしやす

 おこしやす、ゆうたら京言葉ですね。ようこそおいでになられましたという歓待の気持ちが感じられるいい言葉やと思うんですが、実際に耳にする機会はあんまりありません。ゆうても私が京都の中の人間やないからかも知れませんけど、確かに私の住んでるとこくらいになると、あんまり京都っていう感じはしないのでそれも致し方ないのでしょう。さて、そんな微妙な京都人(つまりちゃんとした京都の人間やないっていうこと)である私のお気に入りの漫画、久保田順子の『おこしやす』が単行本になりました。これ、漫画の舞台が京都っていうだけやなくて、テーマそのものが京都です。よそから京都にきはった大学生銀二が老舗の呉服屋の一人娘ゆいなとその友人あこと親交を深めるなかで知っていく京都。その京都の描き方、いろいろのできごと、風習の選び方が実に気の利いていて、へー、そんなんあるんやと驚くくらい。おもしろいなあと思って読んでたら、おおかたの人が同じ感想をもたはったみたいで、ついに単行本にまとまって、嬉しいなあ、まとめて読めます。

ここで扱われている京都は、永遠の古都であったり伝統と格式の異世界といった架空の京都ではなくて、まさに今私たちが生きて暮らしている、この時代の、現在の京都であるという、そこがすごくいいのだと思うのです。確かに漫画ではあるから、現実の京都よりもちょっと幻想の京都に踏み込んではいるんですが、でも幻想の京都を逆手にとってみせるようなしたたかさもあって、確かに京都においても買い物の中心はコンビニに移行してますわね。八坂神社の向かいにローソンがあるのも知られた話ですが、そんな感じでだんだんと昔の雰囲気、たたずまいを失っていく京都が、けれど実はちょっと踏み込めばやっぱり他のどこでもない京都であるということがわかる。この漫画には、そういうことに気付かせてくれる一コマがあって、そういうところがすごくよいなと思って、毎号を楽しみに読んでいました。

私は京都のそばに住んで、京都の風習も少しは知ってはいるのですが、けれどこの漫画を見れば実は全然知ってなかったということに気付かされて、そうかあ、そんなことがあるんだ、そういう意味があったんだと実に新鮮な気分で京都の暮らしというものが見えてきて、私の父は京都の嵯峨出身なんですが、この漫画に使われたネタについて聞いてみたり、そうしたら父も母も知らなかったり、ほんとそんな感じ。同じ京都でも、ちょっと場所が違えば風習習慣もまた違うみたいですね。京都の中に住んでいる人なら、そうそうというネタが、ちょっとはずれた人から見れば、そういうのもあるんだとなり、そして京都を遠くの場所として知っている人からすれば、京都というのはこんなに面白い土地なのかと、その立場見方でいろいろに楽しめる要素のある漫画であると思っています。

『おこしやす』には作者久保田順子のエッセイ漫画「京都見て歩記」も収録されていて、これってきっと『おこしやす』に描かれた京都があんまりによかったからエッセイも、ということなんでしょうね。このエッセイ漫画も面白く、作者の好きな京都、人気の場所なんだけど、あまりに京都京都していないちょっと気の利いた場所が紹介されるものだから、私もいってみたいなとそんな気持ちになって、いや、まだいったりはしてないんですが、けどいったことのある場所も多いんですよ。なんたって一時期は毎週とか週二回とかのペースで市内に出てましたから。鴨川べりを延々あるいて百万遍までいってみたり、美術館いった帰りにお寺まわってみたり、目抜き通りの変わりようにはがっかりすることもある私ですが、それでも京都には魅力があるんだと思ってきて、そしてこの作者はその魅力を伝えるのが大変にうまいのだと思います。

『おこしやす』本編は、全編に京都ネタがちりばめられているのではなく、まったく京都という土地から自由に練られたネタもあって、だから同色一辺倒といういやらしさがなくて、このへん、いい塩梅だと思います。いい塩梅といえば、銀二の淡い恋心、あれは成就せんね。このへんも、ほんまにいい塩梅やと思います。いや、冗談やなくて、なんでもかんでも恋愛恋愛みたいにもっていこうというんは好かんと思ってるもんですから、この点、この漫画は自分の持ち味をよく把握して、損なうことなく膨らませることに成功している。安心して読んで、楽しく読み終えられるいい漫画です。

余談

うちの近所が出てきたときには、びっくりして、けど嬉しかった。いや、ほんま。あ、この、いやゆうんはどうも私の癖みたいですね。京都の人は、ようゆう言葉やと思います。

  • 久保田順子『おこしやす』第1巻 (まんがタイムコミックス) 東京:芳文社,2007年。
  • 以下続刊

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