2006年12月31日日曜日

青い花

  過ぎてゆく年を振り返るという意味からもなんだか重要な気もする一年最後の日、大晦日の更新は志村貴子の『青い花』です。ええと、特に深い意味はありません。第1巻を書店で見かけて以来、ずっとずっと気になり続けていた漫画なのですが、それをついこの間まとめて買ったものですから。正直なところをいいますと、この漫画に関しては出遅れたという感じが強くて、だからなんだか買いにくかったんです。ところが、先達て第2巻が出ましたでしょう。そんときにですね、多分第1巻2巻そろいで入荷して新刊だけ売れたんでしょうね、いつも立ち寄る書店で第1巻が平で置かれていたんです。あれ? 1巻新発売? とすると、これまで見てたのって雑誌の表紙だったのかなと思って、新刊気分で第1巻を買ってしまった。その後、地上三十階の書店で第2巻が大々的に売られてるのを見て、ああそういうことかと理解、一日で1巻2巻を買ってしまうことになってしまったのでした。

でも、なんか日常の些事に追われて、今日まで読めなかったのです。今日、つまり一年の最終日、大晦日の日中、なんだかなにをするにもやる気の出ない昼下がり、そうだ『青い花』読もう。そして読みはじめて、この繊細に作り上げられた世界の細やかなディテール、鮮やかでけれどメロウな少女たちの感情の機微にとらわれて、ああいいね、なんとなくレトロでありながら、間違いなく現代的でもある、この端境に現れる混雑が淡くグラデーションを描くような感覚。素敵だと思いました。これはきっとはまる人にとっては堪え難くあらがえない魅力とうつるでしょう。

キャラクターの味付けも良い感じだと思うのです。みんな、なんだか一生懸命でかわいいよね。素直でまっすぐでそれが強さに繋がってるようなあーちゃんとナイーブで引っ込み思案でそれゆえに思いが胸中に醸成するような乙女ふみちゃんがヒロインなのかな、そして彼女らを取り巻く舞台装置が相まって、現代でありながらレトロモダンの空気を感じさせる。もしかしたらこういう空気を保った世界も、この世のどこかには残ってるのかも知れませんけどね、でも私には、ひたすらに美しい夢がかたちになったもののように感じられて、そう、私の思い描いた夢はこんな感じだったのかも知れないなあと思うのです。

で、ここでやれ美しい女として生まれたかっただとかなんとかいう与太話が続くのだけど、こんなの一年の最後に読まされてもどうしようもないし、なにより申し訳がないから割愛。けど、そうなのです。私はもう、女性同士の恋愛、特に少女期に見られるようなものを特段に美しいものとは思わないようになっているのですが、けどなんだか夢に描く少女期の恋愛は美しいもののように思える。まあいうたらロマンチストなんでしょう。潔癖に純粋培養するかのように閉鎖された空間で起こる、心と心が純潔性を手がかりに引きあい、求めあうような恋愛だなんて夢想したいのか、とにかくどろどろの愛憎劇なんて見たくない、けど心と心が絡み合い引き合い、別れもあらば傷ついて心千々に乱るるようなそんな恋模様なら別だと思っている。そういう恋愛のかたちというものをこうした漫画に投影して読んでいるのではないか、きっとそうなのだろうと思います。

それだけに、この漫画の中に投げ込まれたあの男性、井汲京子の許婚が怖ろしゅうて怖ろしゅうてたまらんのだよ。もう、兄貴の気持ちがよくわかるってやつさ。おそらくは、こうした異質な存在、 — この作り上げられた甘い夢をぶち壊しうる欲望 — がこの漫画の、特にあーちゃんを取り巻く物語の動因になっていくんだろうなと思って、楽しみでありながら心配です。けど、心配だからこそ読み進まないわけにはいかないと、果たしてどういった方向に進むのか、そうしたいろいろ全部含めて、この先に起こるだろう展開を心待ちにしてしまっています。

  • 志村貴子『青い花』第1巻 (fx comics) 東京:太田出版,2005年。
  • 志村貴子『青い花』第2巻 (fx comics) 東京:太田出版,2006年。
  • 以下続刊

2006年12月30日土曜日

嵐ヶ丘

iTunes Storeフリーダウンロードコード話、第六回。今回はALI PROJECTの『嵐ヶ丘』です。ALI PROJECTについては今回の選曲で知ったので、まったくどういったグループであるかわからないでいます。じゃあなぜそんな知らない人たちの知らない曲をダウンロードすることになったかというと、それはつまりお勧めをいただいたからとそういう理由です。アリプロがお勧めですよといわれまして、ほー、アリプロっていうのがいいのねと検索したら見つからない。残念、iTunes Storeには入ってないみたいだったよといったら、略称でなくちゃんとお教えしたほうがよかったですねと、すなわちここで初めてALI PROJECTという名前を知ったのです。では、なぜここで『嵐ヶ丘』を選んだのか!?

単純な理由です。ジッタリン・ジン『一人きりのクリスマス』を選んだのと同じやり方ですよ。そう、オーディエンスです! 多くの人に支持されたものを選んでおけばまあ間違いはないだろうと、おお、なんという主体性のなさでしょう。でも、わからないジャンルに飛び込むときは、このやり方が一番失敗しないと経験的に学んでいるものですから、これでいいんです。

さて、それでどうだったか。私はこの『嵐ヶ丘』という曲を聴いて、日本一ソフトウェアの『マール王国の人形姫』を思い出しました。なんでかというと、この『マール王国』シリーズはミュージカル演出があるというのが売りの極めて特異なゲームで、そこで歌われるちょっと大時代がかった豪華絢爛ナンバーに通底するものが『嵐ヶ丘』から感じられたからなのです。そして、私は『マール王国』のシリーズは大好きで、ということはこの『嵐ヶ丘』に関しても、割りといいじゃんかなんて思っているわけです。

どこがいいかというと、ちょっと神経質さを感じさせる女性ボーカルの声の伸びでしょうか。ポルタメント一歩手前といったうねうね具合が気持ちいい導入に、さわりが過ぎたかと思ったところに現れる最終パート、器楽的な跳躍に翻弄されるあのファルセットがとにかくいいんですよ。それぞれの部分に違ったよさというのを持たせて、それが一曲にしっくりとまとめられている、実に良い感じに仕上がっています。くるくると回りながら踊り続ける夜の興奮が漂って、もし他の曲も『嵐ヶ丘』同等のクオリティを持っているというのなら、アルバムで持っても悪かなさそうだと、そう思うくらいの気に入りようです。

けどさ、そう思ったら『嵐ヶ丘』が収録されているアルバム『Dali』の価格高騰ぶりったらすごいね。Amazon.co.jpしか見てないから余計にそう感じるのかも知れないけれど、いくらプレミア価格といっても31,800円ってのはどうなのよ。でも、こうした簡単に入手できなくなったアルバムがダウンロードで買えるっていうのは嬉しいことだと思います。ジッタリン・ジンの『一人きりのクリスマス』を収録する『Moonlit Lane』も廃盤ですが、ダウンロードで手に入る。ここにダウンロード販売の真価が発揮されているぞと、CDというメディアに縛られるオールド・タイプ・リスナーである私にしても、なんだか嬉しくなってくるようなそんな出会いでありました。

2006年12月29日金曜日

普通の人々

 まんがタイムKRコミックス買いに書店に行ったらば、松山花子の新刊を発見。タイトルこそは『普通の人々』とあるけれど、表紙を見るかぎりあんまり普通とは思えません。こりゃ、きっとこの人特有の皮肉やなんかが満載された漫画なんだろうなと思って、即購入を決定。私、この人独特のシニカルなギャグが好きなのですよ。男尊女卑、マッチョに対するからかいがあったかと思えば、返す刀でフェミニズムにも一太刀浴びせるというような、どちらの価値にも足をとらわれない絶妙の立ち位置。理屈としておかしい事物、傍から見てこっけいなプライドやなんかを片っ端から笑っていく、そんな松山花子の漫画を面白いと思うようなのが私です。

で、実際に読んでみた『普通の人々』、マイナーな人ばかりで構成される社会に投げ込まれた普通標準大衆迎合的主人公一家が、その普通であるということをもって責められ追われ苦しめられるという漫画、なのですが、まあ基本ギャグ漫画ですから、そんなに責め方が苛酷というようなことはありません。

この漫画読んで、私は、そう、そうなんだよ、って思った。なんで普通の連中は、自分が多数派に属しているということだけを理由に、少数派を等閑視できるんだろうって、いつも思っている疑問に対するひとつの答えがここにあると思ったのです。まあ、マイナー同士が身を寄せあえば、そこに生まれるのはメジャーへの怨みつらみ鬱憤であって、そういう意味では私はこの漫画でもって少しばかり溜飲を下げたといってもいい。そう、この漫画を読んで面白いと思えるのは、これまで少数派に属してきた人なんじゃないかと思います。逆に、多数派から見たら一体なにがこんなにまでいわれなければならないのか、わからないんじゃないかと思います。

でも、このマイナー集団である地方都市において多数派少数派が逆転したことが、また問題を面白くしているんじゃないかなと思うのです。一般社会における多数派が少数派に追いやられて、そうなれば今度は結託した少数者による多数派疎外がはじまって、しかもその少数者のマイナー志向があんまりに極端なもんだから、ほのかに少数者の自分のこだわりに引っ込みたがるような頑なさなんかも揶揄されているようで、面白いなと。結局は多数だ少数だじゃなくて、人それぞれの違いを認識してやっていくのがいいんですね、とそんな感じだったのが松山花子の良心みたいでいい落とし所だったと思ったのでした。

けど、この漫画、ちょっと理詰めに走りすぎているようなところがあって、そこが残念なところだと思います。いつも読んでる四コマなんかでもそういう嫌いはあるのですが、四コマではそんなに理屈をがっつり展開するだけの余地がないから、いい具合にとどまっていたのかなとそんな感想も持ちました。ちょっと台詞がね、読んでて素直に流れないんです。これがいつもの四コマの程度ならアクセントとして効果的なんでしょうが、ちょっと多すぎてくだくだしかった。だから、この漫画、松山花子を知らない人には勧めにくい漫画だと思います。松山花子が好きな人でも、受け付けにくいと感じる人も多いんじゃないかと思うくらいでしたから。

  • 松山花子『普通の人々』(バーズコミックス) 東京:幻冬舎,2006年。

2006年12月28日木曜日

タイガー&ドラゴン (完全版)

 iTunes Storeフリーダウンロードコードにてダウンロードした五曲目は、クレイジーケンバンドの『タイガー&ドラゴン』でありました。この曲、確かドラマの主題歌だったんですよね。でも、私はドラマとか全然見ないからまったくそれがどういったものかもわからないでいるのですが、けどこの曲は結構耳にして、ああいいじゃんと思っていたのでした。ええと、どこで聴いたのかというと、主にコンビニですね。コンビニのBGM、あれは有線かなんかだと思うのですが、人気の曲が次々ローテーションしながらかかるんでしょうか、とにかくコンビニでこの曲をよく聴いたのでした。

で、私はこの曲が『タイガー&ドラゴン』というやつだとはまったく認識してなくて、てっきり『俺の話を聞け』とかそういうのだと思ってた。なんか、いいかげんだな! そう、私はいいかげんなんですよ。意外とタイトルとかどうでもいいと思っているから、好きな曲なのにタイトルは不明とかそういうことはよくあります。しかも悪いことに、アルバム持っていてもそうなんですから手がつけられない。こうなるとですね、カラオケで選曲できないんですよ。仕方がないから歌詞で探すのですが、私が覚えているのはさわりの歌詞であって、歌い出しなんか覚えてるわけない。だから探すに探せず断念する。こういうことはよくあります。

今回この曲を選んだのは、実に単純な話で、ちょっと流行った曲の一曲二曲くらいは知っておきたいなと、そういう動機です。それでCKB。私は実際結構こういう感じの歌は嫌いでなくてですね、CKB以外でいうと大西ユカリと新世界とかもそうでしょうかね。べたな昭和歌謡を濃厚大げさに再現してみましたみたいな、ちょっとイロモノ色漂わせ、けれどその実際は結構の実力派で、笑いもとるよ、歌もキテるよ、けどよかったらじっくり聴いていってよ、ほら意外といいと思わない? みたいなノリといったらいいのでしょうか。大好き。思わずにやにやしながら聴いてしまいたい。けどふざけてるわけじゃないから、にやにやしながらもいいねと思ってしまう。このバランスはなまなかに出せるものではないと思いますよ。

『タイガー&ドラゴン』をダウンロードするにあたり、無印と完全版、iTunes Originals Version、いろんな版があって迷ったのですが、レア感からiTunes Originalを選びそうになるところを結局完全版にしてしまう、ここに私という人間の本性が見え隠れしているのではないかと思います。そうなんですよ。完全版とかに弱いのです、あとディレクターズカット。今までカットしてた部分も全部収録してみましたよ、これこそが本物なんですよというささやきに弱いのです。だから完全版をダウンロードしてみて、そしたらこれが最初に台詞入りで、実に怪しい昭和歌謡というかなんというか、微妙なナレーションを作り上げていて、そのうさんくささが最高で、そこにいやらしさ満点の歌い方で『タイガー&ドラゴン』が四分少々。この塩梅がやっぱりええのですよ。完成度高いわあ、とやっぱりにやにやしながら聴いてしまうのです。

2006年12月27日水曜日

天上の弦

 ずっと新刊が出るたびに楽しみに読んで、読み終われば読み終わったで、この続きはどうなるんだろうと楽しみにしてきた漫画『天上の弦』がついに完結しました。最終巻は十巻、なんか一気に老けられたなと思って、これで終わりかなと思っていたら本当にそうで、ちょっと残念に思うところもあり、けれど円満な終わりを余韻ふくよかに迎えることができて、読者としては非常に満足でありました。というか、すごいよね、この漫画。実際に動乱の時代を生き抜きついにマスターメーカーにまで達した陳昌鉉その人もすごいのですが、その波乱の半生を漫画という表現を縦横に駆使し表現する山本おさむもすごい。踏み込みの深い人であると思うのです。物語に、事実に、そして読者の内面に踏み込んでくる。私はうっとたじろぎながらも、踏み込まれるままに心を動かされている。本当にすごい漫画だったと思います。

私と山本おさむの出会いはですね、『わが指のオーケストラ』だったのですよ。この漫画を知らないのか、絶対に読んでおくべき漫画だと押し貸しするように文庫四冊渡されて、私はなんだか乗り気でなかったから長く置いたままにしていたのですが、ある日なんとはなしに読みはじめて、そのすごさに圧倒されたのです。一体これはなんなんだろう。漫画の向こうにある実感の深さ、情感の豊かさが、そこには確かに人間が息づいているのだと物語っていて、そうこれは語る言葉の強さだ。絵が、言葉が、すべてが一体となって、私の中にだくだくと流れ込んでくる。あらがいがたい強烈な体験といっていいかと思います。漫画というものはこれほどに力を持つものなのだと、思わされずにはおられない迫力です。

だから『天上の弦』を、一体どういう漫画かもわからず買いはじめたあの日、私にはいささかの不安もありませんでした。山本おさむが描いているんだから。好き好みでいえば実は山本おさむの漫画は私の趣味から離れているのですが、しかしそんなつまらない好き嫌いを越えた力のある人であることはもうわかっているから、まったく全幅の信頼を置くことのできる、まさしく希代の名作家であります。

そして『天上の弦』読み終えて、これはヴァイオリンづくりに一生を賭けた男の話なのですが、しかしただただ楽器づくりに没入するばかりでないというところに物語の深みがあったのだと思うのです。そこには人と人との繋がりがあって、ヴァイオリンこそを軸としながら、その周辺にあった人間の息吹が生々しく伝わってきて、ああ確かにこの人たちはいたんだ、この地上に生きていたのだとそうした実感をもって読み進むことができるのです。友情があり、愛情があり、喜びも楽しみもあったのだけれども、その裏に裏切りや憎しみ、悲しみ、不幸も描かれていて、人間の心の光と闇が交錯しながら、深い。そしてその流れの中心に基調低音のごとく奏されていたのが、母の息子に対する愛、息子の母に対する思慕であったのではないでしょうか。深く篤く時に激しく、呼び合い、引き合い続ける母と息子の魂の物語であったと、そして私はその情の確かさに感情を揺さぶられ、心から涙しました。一体、この物語を読んで心を動かされないものがいるものだろうかと、そう思うほどに確かな物語であったのです。

私は今年に完結した漫画、いろいろ読んできたと思いますが、その中で一番を選べといわれれば間違いなく『天上の弦』をあげます。今年一年と区切らなくとも、私はこの漫画を人生におけるベストの数作にリストするでしょう。この漫画に出会えてよかった。心からそう思い、感謝の気持ちを惜しみません。

  • 山本おさむ『天上の弦』第1巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2003年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第2巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2004年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第3巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2004年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第4巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2004年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第5巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2005年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第6巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2005年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第7巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2005年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第8巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2006年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第9巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2006年。
  • 山本おさむ『天上の弦』第10巻 (ビッグコミックス) 東京:小学館,2006年。

2006年12月26日火曜日

一人きりのクリスマス

iTunes Storeのフリーダウンロードコードを入手して、はてそれでなんの曲をダウンロードしたものか。悩んだすえにダウンロードした九曲、今日はその四曲目、ジッタリン・ジンの『一人きりのクリスマス』で書いてみようと思うのですが、実をいうと最初はこの曲をダウンロードするつもりではなかったのです。ええと、職場でねいろいろ相談したんですよ。ダウンロードコードをもらったが、なんかお勧めはありますか。私はオールド・タイプ・リスナーだからアルバムで聴くことにこだわって、だからできたらアルバムを買うかどうかは微妙だけれど、とにかくこの曲だけは聴いとけみたいなのでお願い。こうした無理難題ともいえる注文に、ジッタリン・ジンあたりはどうだろうというありがたい返事をいただいたのでした。

私が最初に思いついたのは『プレゼント』でした。今までもらったプレゼントを枚挙していって、最後に恋の終わりが明らかにされるというどんでん返しが印象的な曲ですが、でもこれを一から聴くというのもなんだかつらいななんていったらば、むしろお勧めは『打ち上げ花火』ですよ、あ、そうですね、あの曲、確かにいい曲ですもんね。で、帰ってから調べたら見つかんないんですよ。そりゃそうだよっていう声が聞こえてきそうですね。だって、その曲、タイトルは『打ち上げ花火』じゃないぜ、『夏祭り』だよ!

いや、だから、『夏祭り』もないんですよ……。

ジッタリン・ジンで検索して見つけられたのは、ただ一枚のアルバム、『Moonlit Lane』だけでした。ありゃ、ちょっと残念。せっかくダウンロードするなら、やっぱりよく知られてる曲がよかったなあなんて思いながらも、もうジッタリン・ジンを聴きたくて仕方がなくなってしまっていた私は、ダウンロードを敢行するのでした。でも、どの曲を選ぼうか。うーん、と少し迷って、オーディエンス! そう、多くの支持を集めたものを選ぼうと思ったのです。こうして『一人きりのクリスマス』に決まったのでした。しかし、なんと主体性のない話だろう。

『一人きりのクリスマス』は私の知らない歌だったんですが、聴いてみて、やっぱ多くの人がダウンロードしてるだけはあるわと思いました。のっけからハローと高らかに、空向いて呼びかけるようにはじまる歌。出だしこそスローだけれども、すぐにテンポは軽快なものに、そしてメリークリスマス、メリークリスマスという連呼、再びハロー。この明るい曲調で恋の終わり、寂しさ苦さが歌われているというのはしみますね。やっぱいいですわ、ジッタリン・ジン。このあっけらかんとしたような明るさ、さっぱりとしてまとわりつかない気持ちよさ、けどそこにはいろんな感情があって、そのマッチングがいいですね。こりゃ、ジッタリン・ジン再ブームの兆しか? なんて思ったりして、つまりアルバムが欲しいなと思っています。

実は私、ジッタリン・ジン、好きなんです。あの、帰りにラムネを買ってきてって歌、『にちようび』でしたっけ、ああいうのも好きなら、もちろん『夏祭り』も好きで、こりゃいつか買いたいね。余裕があったらWhiteberryのアルバムも欲しいななんて、すっかりそんな気になってしまって、実際余裕があんまりないからいろいろ手を出せないというのが悲しいところです。

  • Moonlit Lane

2006年12月25日月曜日

Candlelight, taken with GR DIGITAL

Candlelight株式会社リコーが運営するGR BLOG恒例のイベント、トラックバック企画第15弾「冬の贈りもの」が開催中です。といいますか、本日が締め切り、私すっかり忘れておりました。けど、今回のお題、冬の贈りものというのはなんだか難しいなあと思いまして、だって冬になれば、外は寒いは日暮れるのは早いはで、写真撮るには厳しい季節だなあなんて思いながら被写体探しているものですから。実をいいますとよさそうな写真がないんです。でも、せっかくだからと慌てて撮った写真を漁ってみれば、まあこれならなんとかこじつけられなくもないなというのを見つけまして、やれやれこれでなんとかトラックバック企画「冬の贈りもの」に参加できます。

それはどんな写真かといいますと、クリスマスを目前に喫茶店店頭にともされたロウソクの明かりです。喫茶店の入り口脇に、竹が幾本か立てられていたのは気付いていたのです。これ、きっと門松の準備なんだろうななんて思っていたのですが、どうも門松にする前にひとつ役目があるらしく、それが次の写真:

Candlelight

水を張り、ロウソクを浮かべて灯をともしているようで、遠目に見れば斜めに切り落とされた竹の切り口がぼうっと明るくなっていて、近づいてのぞき込んでみれば、ロウソクの丸や花(星?)のかたちが見えて、そういうのが面白いなとそんな風に感じて撮った写真です。

竹はここいらの名産で、特に筍が全国的に有名です。その地元の名産品である竹を店先にあしらって、その時々に時々の装いをさせる、それが粋だなと思います。おそらくこの竹は、クリスマスを過ぎれば正月飾りになるのでしょう。その時にはきっとまた撮影するんじゃないかと思います。

2006年12月24日日曜日

悲しい色やね

 『悲しい色やね』では実は二回目。以前これで書いたときは、たしか人に会って、カラオケにいったその日だったんじゃなかったか。割りと受けたんですね。もともと好きな曲で、楽譜を前にピアノで練習し、ギターに持ち替えてからもまた練習してきた、その練習の成果が出たようです。けど、レコードは持っていないといっていました。欲しいと思ったことは何度もあったんだけど、その度にたくさんあるバージョンのどれを買ったらよいものかわからず断念してきた。そう、私の人生において『悲しい色やね』は断念の歴史を持っているのです。だから、iTunes Storeでのフリーダウンロードコードを手にして、なにをダウンロードしたものか大いに迷ったときに、これをと思った。いつかアルバムで手にしたいと思う日がくるかも知れないと思いながらも、それでも今もっておきたいと思ったのです。

これをダウンロードしたのは果たして正解だったのかどうなのか。アレンジはジャズの色がかかった派手なもの。コーラスなんかも入ってる。正直なところいいますと、こういうアレンジはあんまり好きじゃありません。もっと素朴なほうがいいと思った。特に、この曲に関しては。ブルースまでとはいわないけれど、声がそのまま届くような、そんな距離で歌われていると思えるような、そういう感じで聴きたい歌だと思っています。

けど、駄目だとはもちろん思わない。やっぱりいい曲だと思います。上田正樹は一体どれだけこの曲を歌ってきたんでしょう。最近テレビで聞いたものとはまったく違って、だからといって昔聴いたものとも違うと思うんです。その時々の、経てきた時間や歌われる機会の違いによって、まったく違ったように歌われる、そんな曲になっているのだと思います。上田正樹といえばこれだと思う。だけど、そのひとつのイメージにとらわれることなく、自由闊達に変容しながら歌い継がれていく、そういう歌のひとつの着地地点が私の聴いたそれぞれ異なる『悲しい色やね』なのかも知れないですね。

私は、この歌はもうスタンダードの域に達していると思います。歌う人、それぞれの背負った背景の違いによっていくらでも姿を変えて歌われる歌。姿は違えども、大本に流れる歌の本質は変わらない、そういうベースになるような広がりを持った歌であると思っています。だから、私もいつかしっかりとこれを歌えるようになりたいものだと思うのです。歌に負けないだけの背景を持ちたいものだと思うのです。

2006年12月23日土曜日

ダーティペアFLASH3

  2006年11月22日に届けられた『ダーティペア』のDVD-BOXを見始めて早一ヶ月。ようやく本日、すべてのディスクを見終えることができました。今回の集中視聴においては、TVシリーズの時点でテンションはもう天井に達するかのごとく高潮し、『ノーランディアの謎』、『劇場版』と徐々に登っていったのを『OVAシリーズ』でたたき落とされ、その後『謀略の005便』で盛り返したと、そういう慌ただしいアップダウンでありました。心配していた『ダーティペアFLASH』も、最初の一話こそは、なんじゃこりゃー、と叫びたくなるほどの思いにとらわれたものの、見続けるうちにこれもありかもと思えるようになり、『FLASH2』になるともうなんの問題もなく楽しめて、だからこのBOXの印象は最後の最後『FLASH3』によって決まろうというものです。けれど『FLASH3』は一話三十分完結ものの短編集、正直私にとっては一度けちのついたスタイルであります。だから、ことのほか期待することないよう、努めて冷静に見ようじゃないかとそういう予防線が張られていたことをここに告白しておきます。

そしてすべてを見終えた今、ああよかったという思いに満ちております。正直、もう一度TVシリーズから見直してもいいかななんて思っていたりするくらいでして、これどういうことかといいますと、『FLASH3』がよかったといっています。

シンプルな一話完結型のスタイル、TVシリーズに準ずるかたちといってもいいかと思いますが、これが意外と悪くないスタートを見せて、途中、なんでダーティペアFLASHでこれをやる? と疑問に思うような話もあって多少の中だるみ感を感じたりしたのも事実なのですが、なんの、最終回がよかったんですよ。おいおい、これはこの有終の美を飾るために力をためていたのかいといいたくなるほどに力が入っているとわかる出来で、いや、面白かった。はじめて『ダーティペア』を見たときに感じた、チームが機能しているという実感がありましたよ。困難なトラブルに直面するも、与えられた条件の中、持てる最大火力を十全最善に振り回して屈服させるとでもいったらいいでしょうか。わくわくさせられた。本当に面白かったですよ。

そして私は、この余韻をもって、『ダーティペア』TVシリーズの第一話を思い出していたのです。叛乱したコンピュータを鎮圧しようという話。あれもまた持てる最大火力でもってトラブルを始末するという話の典型で、FLASHの最終話はあたかもここに繋がろうとするかのよう。かくして私の『ダーティペア』に対する感興は、さながら円を描くように流転して、永遠に終わりを見ることなく、アップダウンしながらぐるぐるとまわり続けるのかも知れません。

『FLASH3』の他の話についても少し。わざわざこれでやらんでも、みたいな感想を持ったとはいいましたが、これは別に、なんでこれでこんな話をやるんだとまではいかず、まあこういうのがあってもいいかもね、みたいな感じ。「ピンクの狙撃手」はもっとやり過ぎなくらいにやってくれてもよかったと思うし(やり過ぎの方向が違ってるって感じかな)、「薔薇色の美少年」は、ええーっ、結局コメディだけで終わりなの!? って感じで肩透かし。やっぱり、事件性のあるトラブルに取り組んで、銃器振り回して大立ち回りというのをみたかったなあと思うんです。でも、全体に見るものを楽しませようという意図みたいなのは感じられるし、致命的と感じられるほどの空回り感もなかったから、まあいいかななんていうのは、やっぱり最終話の盛り上がりのためであろうかと思います。

最終話についても文句がないわけでもないんですが、あの娘はいない方が話が締まったんじゃないか、とか、そもそも有色人種の主任の娘がなぜ白人種? とか、もしかしてこの人別居しちゃったの? それとも単身赴任? とか、まあなんのかんのいいながらでも、楽しんでいます。

ま、つまり、終わりよければすべてよしってことでしょうか。ともあれ、よい買い物であったと思いながら見終えることができたわけで、本当によかった、また見よう、そんな感じのいい気分であります。

関連

小説

2006年12月22日金曜日

最初から今まで

 思いがけずiTunes Storeで九曲もダウンロードできることになって、それでダウンロードした一曲目がBUMP OF CHICKEN『天体観測』、そして二曲目が『最初から今まで』でした。タイトルをいってもわからないという人もいそうですね。『冬のソナタ』の主題歌だっていったらわかってもらえますでしょうか。あの一世を風靡した韓流ドラマ。お嬢さん方におそろしい勢いで浸透し、それまでカセットテープやビデオテープの文化に暮らしていた彼女らを一気にCD、DVDにまで引き上げた立役者。いや、冗談抜きでそうらしいのですよ。『冬のソナタ』いただける? あら、これCDなの? ビデオじゃないのね、え? DVD? CDじゃ見られないの……。じゃあ、これ見る機械もいただけるかしら? みたいなやり取りがあったとかどうとかきいています。

なぜ『冬のソナタ』の主題曲をダウンロードしたのかといいますと、別にこの曲がとりわけ好きだとか、『冬のソナタ』を楽しみで見てたとか、そういうわけじゃないのです。実をいうとドラマは一度も見たことがなくて、世間に韓流吹き荒れようとも、うちばかりはエアポケットのように凪いでいた。だから、正直あの熱気というのは理解できないんですよね。でも、これがまあなんというか、営業ともなると別なのです。以前人に頼まれて演奏のサポートをしたことがあったのですが、その時にやったのがこの曲『最初から今まで』でした。それで目の当たりにしたのです。やっぱり受けるんですよ。そうかあ、本当に人気あったんだと思って、練習してみて割りと悪い曲でもない感じだから、ちょっと歌えるようにしようかなー、なんて思ったのが昨年のこと。楽譜はきちんと取ってあります。

楽譜があって歌詞もあって、けれどそれだけでは足りないのが歌あるいは言葉というものです。発音やイントネーションは楽譜及び歌詞ではわからない。そもそもこの歌詞というのが私の読めない文字ハングルで記されているわけです。カナで読みがふってあるとはいえ、それでは足りないこと必至。やっぱり音で聴かねばいかんのです。

というわけで、機会があったらちゃんと聴きたいねと思ってきて、その機会がついぞ今までなかったと、そういうわけなのです。けど、九曲のフリーダウンロード、その一曲を韓流ドラマの主題歌に費やしていいのか? 自問自答したうえで決定しました。このときを逃したら、この先一生入手することはないだろう、いっとけ!

かくして『最初から今まで』はダウンロードされたのです。改めて聴いてみると割りといい歌ね。それで楽譜出してきて歌詞確認しようと思ったら、楽譜をどこにやったのか思い出せないときた。あー、なんで私はいつもこうなんだろう。というわけで、私が『最初から今まで』を歌う日は、まだまだ先になりそうです。

2006年12月21日木曜日

鬼切丸

  私は一体どこで読んだものやら、楠桂の『鬼切丸』、ずいぶん細かいところまで覚えていて、一体どうしてなんだろう。うちにはない、買ったことは一度もなく、借りようにも友人でこれを持っているものはいないはずで、じゃあ書店で立ち読みかといえば、そういう記憶もないのです。そういえば、以前文庫で出たときに読んだことがあったのかも……、いや文庫で出るのは今回がはじめてだ。じゃあ、一体なんで知ってるんだろう……。多分、多分、増刊号を読んだんだ。私がはっきりと覚えている話は「半獣鬼の章」。子供の頃のみどりが母親に手を引かれているあのコマは、はっきりと覚えている。書店で読んだんだと思う。けどどこの書店でだろう。これらは平成に入ってからの漫画だから、私はもう引っ越している。引っ越してからは書店で立ち読みするようなことはなかった……。それに私は「半獣鬼の章」のみならず他の話も読んでいて、けど一体どこで読んだか思い出せない。記憶が混濁しています……。

アニメは見ました。これははっきり覚えています。『アニメ大好き』でやったはず。私の世代、関西に育ったアニメファンは大抵読売テレビ『アニメ大好き』の洗礼を受けていて、この番組は春夏冬の休みに一週間ほどかけてOVAをテレビ放送してくれる。『鬼切丸』もやっていたんです。でも覚えてない。本当に「小角の章」だったろうか。「大嶽丸の章」、「般若の章」、「怨鬼哀歌の章」だったろうか。「般若の章」は見たことがあるような気がする。けれどこれは本当に『アニメ大好き』でやったんだろうか。見れば思い出すようにも思うんですが、はっきりしません。こんなに記憶がはっきりしないことは私にとっては珍しいことです。

私が楠桂をはじめて知ったのはおおかたの例に漏れず『八神くんの家庭の事情』がきっかけで、あのどう見ても同い年にしか見えないというお母さんと息子の繰り広げるラブコメディ(いや、ちょっと違う)、結構好きだったことを覚えています。だって、『八神くんの家庭の事情』というタイトルをはっきりと今になるまで忘れていないのがその証拠。はじめて会った場所も覚えてる。国鉄アパートを越えたところのファミリーマートだ。その後、友人牧野がサンデーを買っていると知って、学校帰りに寄って読ませてもらうようになったんです。普通私はここまで覚えている。けど、『鬼切丸』については驚くほど覚えていません。

多分、それだけショックだったんだと思うのです。楠桂といったら、かわいい絵でちょっとナンセンスなどたばたを描くギャグの人という印象が強かったところへ、あ、楠桂の漫画だと親しみもって読み進めた『鬼切丸』のシビアさ。オカルト色の強い短編仕立てで、そこでは日常に鬼が跋扈して、人を虫けらのように殺してしまう。死ぬやつは死ぬ、いいやつだろうと悪いやつだろうと、次々と死んでいく、その描写があまりにもショックだったんだろうと思うんですが、けれどそれがために楠桂を嫌いになるということはなく、むしろ私は『八神くんの家庭の事情』よりもこちらの方がより好ましく感じたのです。甘さや手ぬるさが排除された、きりきりと引き絞った弦のように張りつめたテンションの厳しさ。けれど、厳しいばかりでは駄目、残酷ばかりでも駄目といわんばかりに優しさ、悲しさの差すことがあって、その塩梅の確かなこと、楠桂という人は勘所を良く心得ていると今読み返してもなおひざを打つ思いがあります。

私が『鬼切丸』を読んでいたのは、一体どこで読んだかさえさだかではないのですが、おそらくは中盤に差しかかるまででしょう。だから私はこの鬼切丸を携えた少年がその後どうなったか知らないのです。すなわち、この文庫が私のはじめて知る結末となるでしょう。ひと月に一冊、全八巻、最終巻の刊行は来年六月でしょうか。ああもう、一度に三冊ずつ出そうよ。と私は妙に落ち着きなくして、それほどまでに私は物語のラストを早く知りたくてたまらないのです。

  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2006年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (小学館文庫) 東京:小学館,2007年。
  • 楠桂『鬼切丸』第1巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1992年。
  • 楠桂『鬼切丸』第2巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第3巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1993年。
  • 楠桂『鬼切丸』第4巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1994年。
  • 楠桂『鬼切丸』第5巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第6巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1995年。
  • 楠桂『鬼切丸』第7巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第8巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第9巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第10巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1996年。
  • 楠桂『鬼切丸』第11巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第12巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第13巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1997年。
  • 楠桂『鬼切丸』第14巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第15巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1998年。
  • 楠桂『鬼切丸』第16巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第17巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,1999年。
  • 楠桂『鬼切丸』第18巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第19巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2000年。
  • 楠桂『鬼切丸』第20巻 (少年サンデーコミックス) 東京:小学館,2001年。

DVD

VHS

2006年12月20日水曜日

天体観測

  私がBUMP OF CHICKENを知ったのは、おそらくおおかたの人と同様、『天体観測』という曲がきっかけです。一体この曲をどこで聴いたのか、知ったのかは正直今やさだかではないのですが、でもこの曲があたった頃は、テレビでも街中でも、とにかく耳にする機会が多く、その聴くたびにいい歌じゃないかと思っていました。若々しさがあるというか、まっすぐにかけだそうとするかのような溌溂とした躍動があって、階段駆け登り、夜空にばんと躍り出るような興奮めいた感覚を覚えることもしばしば。だから、私の友人がこの曲のPVを録画してくれたときは嬉しかった。今ではもうビデオの時代は終わってしまったけれど、あれらの映像をまた見たいと思う日はまた来るんじゃないかと、そんな風な気もします。

けど、アルバム買うまでにはいたらなかったんですね。他の曲を知らなかったというのも大きかったんだろうけど、次に聴いた曲が『天体観測』ほどのインパクトを持たなかったというのが大きかったのかも知れません。むしろ『天体観測』の印象から逃げ切れてなかったというべきか、とにかく私にとってBUMP OF CHICKENというと『天体観測』がイコールで出てくる、そんな風になっています(ファンの人ごめんね)。

しかし、久しぶりに聴いてみると、ほんと、いい歌だと思います。まっすぐな、ちょっと若さや青さなんてのも感じられる歌詞に、前へ前へ進もうとする力に溢れたメロディ、アレンジ。走りだす若さっていう感じで、その若さにちょっと辟易する部分もないわけじゃないんだけど、けどその辟易で立ち止まらせない勢いがあって、いい感じに引っ張ってくれるのが嬉しく思う、そんな曲であります。しかし、いいね。歌詞がいいわ、メロディがいいわ。聴くたびに、自分はもうおじさんだなあって思わされるんだけど、けどそうした世代性なんてのがはっきりしているまっすぐさというのは嫌いじゃない。そしてこの世代性が受けたんでしょうね。本当、あれだけの人気をもって迎えられたのも、至極当然であると今まさに再確認する思いです。

2006年12月19日火曜日

よつばとしろとくろのどうぶつ

 よつばと!』6巻と一緒に『よつばとしろとくろのどうぶつ』も出るというから、これはぜひ買わねば! と意気込んで、意気込みすぎて買い忘れ。あれー??? でも、この本、どこの本屋にいっても売ってなかったんですよ。でもきっと梅田の地上三十階の書店だったらあったはずなんだけど、ここでは『観用少女』を探すのに一生懸命で、さらには他にもいろいろ『レモネードBOOKS』とか『殺し屋さん』とか買ってしまったりしたので、絵本についてはすっかり忘れてしまったんですね。ああ、駄目だわ。この自分の物忘れのひどさは駄目だわ。

『よつばとしろとくろのどうぶつ』は、漫画『よつばと!』の主人公よつばがいろんな動物と出会う絵本です。なんで白と黒の動物なんだろうと思ったら、「よつばとあめ」で父ちゃんがいってた、白と黒なのがかわいいがかかってるんですね。うん、白と黒なのはかわいいかも知れないねえ。実際、この絵本、ページをぺらりぺらりとめくりながら、なんだかすごく嬉しいような気分になってきて、知らず知らず口元に笑み浮かべていて、いや本当にいい絵本だと思います。見開きに動物、そばにはよつば。台詞やト書きは一切なし。あるのは絵と動物の名前、和名と英名それから学名。図鑑みたい。けど図鑑じゃない。絵本。図鑑みたいで絵本。面白い。よつばが動物たちに感じてることみたいなのが伝わってくるようなそんな楽しさがあるのだと思います。

あれだよ。子供と一緒に動物園にいったりするとわかるんだけど、面白いんだ。大人だけでいくよりもきっと面白いと思う。これ、多分、子供のもつセンス・オブ・ワンダーが伝染するんですよ。自分一人でいったらば、わあ動物だ、でかいね、くさいね、てな感じにとどまるのが、子供がいると、あんなことをしてる、こんなこともしてると、動物の生命がはっきりと彩られる、そんな思いがします。

『よつばとしろとくろのどうぶつ』の動物はあくまでも線画、白と黒の二色だけで影なんてのも描いてない平面的な表現で、それ自体は実に静止した落ち着いたものであるのですが、そこに子供が加わるだけでダイナミズムが生まれます。このダイナミズムには、よつばというキャラクターの力もあるように思いますが、けどおそらくは『よつばと!』本編を知らずとも伝わるものはあるだろうと思います。

あずまきよひこはなんだかいい作家だなあと改めて思いましたよ。もっと、もっと絵本を出してください。冗談やなんかでなく、本当にこれがシリーズになったら嬉しいです。

  • あずまきよひこ『よつばと!』第1巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2003年。
  • あずまきよひこ『よつばと!』第2巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2004年。
  • あずまきよひこ『よつばと!』第3巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2004年。
  • あずまきよひこ『よつばと!』第4巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2005年。
  • あずまきよひこ『よつばと!』第5巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2006年。
  • あずまきよひこ『よつばと!』第6巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2006年。
  • 以下続刊
  • Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 1. Texas : Adv Films, 2005.
  • Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 2. Texas : Adv Films, 2005.
  • Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 3. Texas : Adv Films, 2005.

引用

  • あずまきよひこ『よつばと!』第5巻 (東京:メディアワークス,2006年),132頁。

2006年12月18日月曜日

The Songs I Downloaded from iTMS

先日いっておりました、iTunes Music Storeのフリーソングコードですが、本日がダウンロードの締め切りでした。なので慌ててなにをダウンロードするか決めて、かくして無事九曲ダウンロードすることができました。選曲にあたりいろいろ相談に乗ってくださった皆様にお礼申し上げます。ありがとうございました。さて、今回の選曲にあたって少々条件を設けておりました。ひとつは、自分の聴きたい曲、好きそうな曲を選ぶということ、まあこれは当然として、二つ目は、アルバムで購入するのはためらわれるがその曲は欲しいというようなものを選ぼうと、つまりこの曲欲しいなと思いながらも、どうせならアルバムで買いたいと考えたためにダウンロードを見送られたものが存在します。では、栄えある今回のダウンロード曲目を公開します。

ダウンロードした曲のリスト:

  1. BUMP OF CHICKEN「天体観測」,『jupiter』(J-Pop)
  2. ユ・ヘジュン「最初から今まで」,『冬のソナタ〜最初から今まで〜(韓国ドラマ) - Single』(サウンドトラック)
  3. 上田正樹「悲しい色やね」,『Best Selection: 上田正樹』(J-Pop)
  4. ジッタリン・ジン「一人きりのクリスマス」,『Moonlit Lane』(ポップ)
  5. クレイジーケンバンド「タイガー&ドラゴン (完全版)」,『Soul Punch』(J-Pop)
  6. ALI PROJECT「嵐ヶ丘」,『Dali』(ポップ)
  7. 坂本美雨「THE NEVER ENDING STORY (フルバージョン)」,『THE NEVER ENDING STORY (フルバージョン) - Single』(ヴォーカル)
  8. 坂本美雨「Never Ending Story (CM Version)」,『Never Ending Story (CM Version) - Single』(ポップ)
  9. 庄野真代「飛んでイスタンブール」,『庄野真代ゴールデン☆ベスト: シングル・コレクション & 筒美京平作品集』(歌謡曲)

以上の九曲、並びはダウンロード順です。

今回の経験は、私にはちょっと刺戟になったようで、このところ遠ざかっていた音楽を選ぶという楽しみを再び思い出すことができたように思います。今回の選曲では、『天体観測』を思い出せたというのが大きかったと思っています。あ、そうだ、あの曲好きだったというようなのを思い出そうとすることで、その時々に聴いていた音楽を思い出して、買ったものも買いそびれたものも、また聴きたいものも、いろいろ浮かんできたというのは実に楽しい経験でした。

で、なんで一体二曲目が『最初から今まで』? ってな感じですが、これはまあほら営業に使えそうな曲でかつこういう機会を逃すと絶対買うことはなさそうというわけで選ばれたのですが、あとはいろいろ相談しながらですかね。ジッタリン・ジンとALI PROJECTは相談の結果選ばれて、本当は『打ち上げ花火』を欲しかったのですが、なかったので『一人きりのクリスマス』。アリプロは今回教えてもらうまでまったく知らなかったのですが、とりあえず皆がダウンロードしているみたいなので『嵐ヶ丘』を選びました。坂本美雨は友人が少し前にこの曲を買ったといってたのを思い出して。確かに綺麗な曲だもんな。実際私もあのコマーシャルは結構好きなんです。

とそのような選ばれ方をした曲です。それぞれの曲については、書くかも知れませんし書かないかも知れません。思うところがあったら書かれるでしょうという、そんな感じで今回は曲目の紹介までにとどめたいと思います。

2006年12月17日日曜日

ONE KNIGHT STANDS on films

 やしきたかじんのDVDを買いにレコード店にいってみたらば、山崎まさよしの『ONE KNIGHT STANDS on films』を発見。おおっ、あの今やレアになってプレミアもついているとかいう『ONE KNIGHT STANDS on films』が再版されていたのか。その日は他に買うと決めたDVDもCDもあったので、正直どうしようかと迷ったのですが、いや思い切って買おう。ギターを弾く人には示唆に富むDVDであると誰かいってた気もするし、それにおそらくギター弾く弾かない関係なしに楽しめること請け合いでしょう。ということで購入決定。なに、ボーナスも出たんだ、少ないけど。そんなこんなで、気が大きくなっていたのも幸いしたようですね。

実をいうと、CD版の『ONE KNIGHT STANDS』は持っているのですよ。たまたまよったCD店でこのアルバムがかかっていたのを聞いて、これは一体誰のなんというアルバムですかとレジで聞いたら、これですと差し出された『ONE KNIGHT STANDS』、買います、即決の衝動買いでありました。だから、内容に関してはもう頭にすっかりはいっているような勢い。何度聞いたかわからないくらい聞いて、一時期などはまさしくヘビーローテーション。毎日毎日聞いていましたからね。けど、それほどCDを聞いてきた私でも、DVDとなると新鮮。というのは、別テイク、テイクというのは変か、ツアーの別日の収録なんですね。

『ONE KNIGHT STANDS』はCDで聞いても素晴らしい臨場感、山崎まさよしのツアーの熱気や興奮が伝わってくるかのような思いがしたものでしたが、これがDVDともなるとやっぱり格別です。音楽を目を閉じて聴くものは愚か者であるって誰が言った言葉だっけかなあ。確かシェーンベルクあたりだったと思うんですが、でも実際これ至言だと思う。私は以前、音楽に映像がついている必要なんてそれほどないなあなんて思っていたのですが、 — いや、そりゃついているものなら見たいよ。けれど、ライブのビデオとか、余計に金を払ってまで見たいようなもんだとは思わない、なんて思っていたのです。このことが誤りだと心の底から思ったのは、BAHOの『BAD HOT SHOW』のDVDに出会ってでしたね。いやあ、ライブビデオ面白いですよ。それから私はちょこちょこライブビデオの類いを買ったりするようになったのですが、もし、もしもですよ、『ONE KNIGHT STANDS』が出た当時に私がDVDの再生環境を持っていたらずいぶん違ったかも知れません。もしかしたら買っていた、そうしたら私のライブビデオ観を塗り替えたタイトルは『ONE KNIGHT STANDS』だったかも知れない。考え方を変えてしまうくらいの衝撃を与えてしまうほどに面白い。迫力が違っている。視覚に聴覚に迫ってくる音楽の躍動。それは本当に面白く、楽しく、そして感動的な素晴らしい体験であると思います。

さて、このDVDにはおまけがついてまして、ライブが終わったあと、なんか音楽室みたいな場所でまさやんがギターもって、伴奏だけを淡々と弾いてくれるトラックがあるんですよ。曲目は『セロリ』、そして『Fat Mama』。わあ、これは嬉しいわ。ギター弾いてる人間には、特に上達半ばの連中には、なかなかに嬉しい贈り物であると思います。ラッキーでした!

おまけ

初のマルチアングルDVDです。こういうところもなんだかちょっと嬉しいね。

DVD

VHS

CD

楽譜