なんだか買い物ノートのような様相を呈してきたこのBlogですが、そう、今日の買い物は『よつばと!』でありました。『よつばと!』、もう説明する必要はないかも知れませんが、翻訳家の父ちゃんと元気いっぱいの女の子よつばが暮らす町でのできごと。お隣さん、三姉妹、友人たち。ほのぼのとして、勢いもあって、明るくて、普通じゃないんだけどでもやっぱりどこか普通で、普遍? 私はこの漫画が大好きです。誰にでもお勧めできるいい漫画であると思っています。
と、ここでちょっと私は反省です。今日、若い人が昭和の高度経済成長のころとか、そういう時分のことをさして、まだ生まれていなかったこの時代のことはもちろん知らないけれども、それでも好きだとおっしゃった。それに対して私は、きっと言葉では伝えられないと冷たい物言いをしてしまって、ああ私はどうしていつもこう人情味のないことをいうのかな、反省しているのです。
でも、私の育って、見て聴いて感じてきた時代を伝えることは無理でも、そうした時代に対して抱くノスタルジーのようなものはきっと同じだと思ったのです。ノスタルジーというのは、自分がかつて包まれていた時代を思い出して懐かしむ思いであり、そしてそれは今の時代を舞台に描いた『よつばと!』からもどことなく感じられて、昭和の七十八十年代に少年時代を過ごした私がそうなら、今の時代を自分の時代として育った若い人にとっても同じかも知れない。そして、もしかしたら、私よりもずっと年上の人にとっても同じなのかも知れません。
なにがノスタルジーなんだろう。それは多分、私が変わってしまったと思っている時代のなかに、きっと変わらず保たれ続けているなにかであると思うのです。子供の頃、世界はむやみに広くて、時間はむやみにだらだらと流れて、けれど毎日はエキサイティングで、冒険と発見、遠征先で知りあう新しい友達、まみれた土や水の匂い、寝そべった地面の熱さ、太陽、ねだって買ってもらったアイスキャンデーを友達と一緒に食べた夏。私が子供時分を懐かしく思いだすとき、それはなぜか夏なのです。夏休みか。友人のうちの決して広いとはいえない庭いっぱいにテントを張って寝たこともあった、親戚と一緒にいった海、帰り際に砂浜で大きな山を作った。アメフラシ、シュモクザメ、海辺の珍しい生き物、乗りつけない国鉄にも興奮して、私のかつて感じた時間、そして今この文章を読む私の知らないあなたも感じた時間、そうした時間はおそらく今の時代に育つ子供も共有しているのではないかと思えて、ひとつひとつの体験は違っていても、毎日が新しい体験の連続であった子供時分の楽しさはきっと同じなんだと思ったりした。
そう、『よつばと!』を読めば、きっとそう思うんです。なんか、昔なじみと子供時分を懐古するような思いに近い、不思議な読後感の残る漫画で、そしてまだ見ない未来も見られそうな、そんな不思議な時間の流れる漫画です。
- あずまきよひこ『よつばと!』第1巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2003年。
- あずまきよひこ『よつばと!』第2巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2004年。
- あずまきよひこ『よつばと!』第3巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2004年。
- あずまきよひこ『よつばと!』第4巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2005年。
- あずまきよひこ『よつばと!』第5巻 (電撃コミックス) 東京:メディアワークス,2006年。
- 以下続刊
- Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 1. Texas : Adv Films, 2005.
- Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 2. Texas : Adv Films, 2005.
- Azuma, Kiyohiko. Yotsubato!. Vol. 3. Texas : Adv Films, 2005.
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